scene-19
 
 餃子を中央に置き、僕とドSは静かに睨み合っていた。
 空になったチャーメンの皿は、どちらも下げられている。テーブルには餃子一皿とタレの入った取り皿が、僕とドSの前に一つずつ。コップに水差しもあるがそれは問題じゃない。
 問題なのは、餃子が七個なのが問題だった。なぜ、七個なのか。何故、八個ではないのか。
 僕とドSは箸を手に餃子を食い入るように見つめていた。
 
「さて」
 静かにドSは会話を始める。やや半身に構え、盛り上がった胸を強調するように、自慢するかのように見せつける。
「君はその華奢な身体で、まさか餃子を四個も食べようとしているのかい?食べ過ぎだろう?もうチャーメンだけでお腹がいっぱいなんじゃないのかい?」
「いや、ふざけるなよ。誰の金で餃子を頼んだと思っているんだ?僕の、だ。当然、僕が四個貰う。それは当然の権利だ」
 僕の主張を聞き、ドSは余裕の笑みを浮かべる。
「何か勘違いをしていないか?私は君の胃腸を心配してやっているのだよ。食べ過ぎだろう?もう」
「余裕だね。なんならもう一杯チャーメンを食べたっていいくらいだぜ?」
「ふっ。無理をするな。そんなに食べてもAカップの胸は大きくはならないよ」
 な、と僕は自分の平坦な胸を反射的に隠す。いや、自分でも意外なほど女の子らしい仕草に驚いたが……急いで男らしく胸を張る。いや、確かに今は女の子だけど。
「くっくっく。いや、このスタイルを維持するのに以外とカロリーが必要でね」
 確かにドSの胸はでかい。細い身体の割に胸が極端にでかい。アンダーのサイズは僕とさして変わらない感じなのにトップは明らかに違う。Dカップ……いや、Eくらいはありそうだ。
 せいぜい僕は贔屓目に見てもBカップだった。いや、測ったことは無いけど、Bだと手の平が入っちゃうような気がする。普段はノーブラだけど。
 一度、学校に居たときに着替えにブラを用意してくれてた事があって、それがBカップで。スポーツブラだったけど……サイズが合わなくて。いや、それはもう忘れよう。
 とにかく!この戦いで僕は絶対に負けるわけにはいかないのだった。
「胸のサイズは関係ないだろう。餃子と胸は関係ない」
「そうかね」
 そう言うと同時にドSの持つ箸が餃子を一気に取り上げた。
「え?」
 知っての通り餃子は一つずつ個別に皮で包まれているが、焼き上がったときにその皮と皮は引っ付いている。丁寧にその引っ付いた皮を剥がさないと皮が破れ、中の具が零れてしまう。
 いま、ドSは餃子を下からすくい上げるように四個までしっかりと箸を入れ、重そうに持ち上げる。そりゃそうさ。重いだろう。餃子を七個全部を一気に持ち上げたんだから。
「ちょっと待て!おい、やめ……」
 僕の制止も聞かず、ドSはリスのように頬を膨らまし餃子を七個全部頬張った。
 もぐもぐとドSのリスは嬉しそうに目を細めている。
 ごくん、と派手に喉を鳴らし嚥下する。
「美味しいな!これは」
「お前……」
 涙目の僕の様子に気付いたようにドSは悪びれた風もなく言う。
「ああ、餃子の皮が引っ付いていたんだったね。ちゃんと四個三個で分けようと思っていたのに、全部引っ付いて来てしまった」
 失敬失敬、とドSは全く反省の色がなかった。
「しかし、タレ無しでも美味しいものだな」
 僕はドSの顔を恨みのこもった眼で睨む。この餃子の件、絶対に忘れんぞ。

 取り皿の上に箸を置き、ドSは両手を顎の下に組み、真っすぐに僕を見る。
 僕は箸をドSの顔にぶつけたい気持ちを抑えつつ、震える手で箸をテーブルに戻す。
 視線をドSから外し厨房の方に向ける。追加の注文と勘違いしたお姉さんがこっちを見たので、慌てて手でそれを制止しあいまいな笑みを浮かべる。
「君の分の餃子を注文しても良いのだぞ」
「僕の金でだろ。いらねえよ」
 そうかいとドS答える。
「さて、君は私達について、どこまで知っているのかな?私達の生態や生活、習性に嗜好……食事などだ」
「何にも知らねえよ」
 ぷいっと顔を横に向け言い捨てる。
「そうかい?」
 ちらりと横目でドSの様子を伺うといやらしい顔でにやにやと薄ら笑いを浮かべていた。
 内心舌打ちをし、僕は大きくため息を吐く。
「僕が知っているのは、お前たちはいわゆる地獄の鬼でこの世界の治安維持をしている……くらいかな?」
「ふむ。それは概ね正解だね。それだけではないが、それでいいだろう」
 ドSは箸を手にし、何かを書くように餃子のタレを上をなぞる。何だろうと自然と僕の視線も箸の動きを追う。
「そこで問題は……そう問題があるのだよ」
 怪訝な顔で視線を皿の上の箸からドSの顔に上げる。
「我々が生活をするのに最低限の物資は上から届く」
「上から?」
「上からだ。今はそれ以上の詮索は無しだ。非常にややこしい問題だし何かとトラブルの元になる問題なので、ここは『上』で納得したまえ」
 非常に気になったがドSが口調が有無を言わさぬ調子だったので僕は頷く。
「あ、ああ。ま、上から届くなら問題はないだろう?」
「問題はない。物資に付いては、だ。問題なのは……」
 躊躇うようにドSは言葉を切り、一気に言い放った。
「我々はどうやってお小遣いを得ればいいのだろう」
 畳みかけるようにドS言う。
「金銭が流通貨幣がお金が、上からの支援物資には含まれていないのだ。わかるか?喉が渇いても缶ジュースの一本も買うことが出来ないのだぞ?」
 そんな事を言いながらドSはタレをなぞっていた箸を舐める。いじましいな。ってか、舐め箸は行儀が悪いぞ。
「喉が渇いたなら水を飲めばいいだろ?」
「ふざけるなよ。喉が渇いてるだけだと思うか?疲れた身体を休め、心身を最新したいと思うのが人の性だろう?リフレッシュと言うものだよ」
 拳を握りしめドSは立ち上がって言った。
「とにかく、快適な暮らしを送るために我々には金銭が必要なのだ」
 ドSは背後を振り返りながら胸に掲げていた拳を開く。
「お金を稼ぐ!それが我々の命題なのだ」
 くるっと振り返り両手をテーブルに着く。寄せられた両胸の厚みに圧迫感を感じずにはいられない。見せ付けてるのか。
「可及的速やかに解決すべき問題なのだよ」
 そして、「我々に取っては」と付け足した。
「いやいやいや、何で我々なんだよ。僕を巻き込むなよ」
 ふむ、とまるで納得したかのように頷き、テーブルから身を起こし両手を胸の下で組む。乳房を強調するかのようなポーズだった。さっきから何なんだ。いや、僕が気にし過ぎなのか。
「何故、我々なのかだね。それは私達獄卒には色々と意見してくれる者が必要だからだよ」
 ドSはゆっくりと椅子に座る。
「私達獄卒と君ら一般人とはやや味覚の作りが違うのかも知れないのだ。もし君が私達と協力をしてくるのなら後で配給のレーションを味見してく……」
 そこまで言ってドSは慌てたように言葉を遮った。
「あ、ああ……まだこれを話してなかったね。私達は流通貨幣を得るためにアニマルメイドカフェを始めようと思っているのだよ」
 にやり、とドSは口の端を歪めて笑った。
 
 アニマル冥途カフェ?
 いやいやいや、この場合は普通にアニマルメイドのカフェだろう。アニマルメイド?
「いや、普通にアニマルメイドなんかあり得ないだろ?ってか、特殊な嗜好の殿方ばっかり来るぞ?」
「違う違う」
 ドSは笑顔を浮かべながら否定する。珍しいなこいつの普通の笑顔。
「アニマルなメイドじゃなくアニマルとメイドだよ」
「なんだそっちか。じゃ、アニマル「・」メイドかアニマル&メイドって言えよ」
「ふむ。確かにその方がいいな」
 言いながら懐から出した手帳に書き込む。
「つまり、こう言う事なのだよ。私達じゃ人の生活に対して理解が乏しいのだ。小さな問題から大きな問題まで全く理解の及んでいないのが問題なのだよ」
 僕は眉間に皺を寄せながら話を聞く。
「問題に気付いていないのが問題なのだよ」
 こいつの言わんとするところは理解する。理解するが……何で僕なんだ。
「だから、オブサーバーとして君に協力を求めているのだよ」
 勿論、とドSは言葉を続ける。
「私達に協力をしてくれるのなら、今人の活動範囲に出されている反乱分子その生き残りの捜索を終了させる……と言うのはどうだい?」
 それに、と言葉を続ける。
「住むところの確保というのはどうだい?勿論、給金は支払わせてもらうよ。君が時給1000円。外の犬君が時給1500円」
「何で僕が1000円で犬が1500円なんだよ」
 どうでもいいことだが、ちょっときになったのでぼそっと呟く。
「実際に客を呼べる実力の差だね。君よりも犬君の方が明らかに人気が出そうだからね」
「ほぅ?」
 ちょっとイラっとしたぞ……いや、人気なんかいらんけど。
「いや、そういう意味じゃないよ」
 目ざとく僕の感情を読みドSは言葉を挟む。
「人である君よりも犬君の方が一般受けをするだろうという事だよ。彼のように犬種が分かりやすいのは人気者になりやすいのだよ」
 店の入り口に目を向け、ドSはその外にいるであろう犬の様子を伺うように見る。
「非常に訓練の……いや、躾のされた犬君のようだね。彼は君の犬なのだろう?」
 いや、違うが。でも、ちょっと待て。時給1500円?あの犬が???
「どうした?何故無表情になる?」
「む、う〜ん……いや、正直に言うと正確には僕の犬じゃないんだ」
「なんと!」
 ……何だその白々しい反応は。
「あの犬は朝、どこかからやってきて僕に付いて回り夕方にはどこかに帰って行くんだ。こうやって店に入ったりしてると外で待ってるんだけど……僕の飼い犬じゃないんだ」
 納得したようにドSは頷き、「でも、それは君が家に招かないからじゃないのかい?」と言った。
 だから、と僕は不機嫌そうな声を出す。
「僕は住所不定の無職なんだよ」
「だから、私達が君にその住所と職を与えようと言っているのだよ」
 ガタっと席を立ち、ドSは誇らしげに手を差し出してくる。いや、この手を掴んだらアカンでしょ?
 うん。マジでヤバい橋に渡らせられる予感がする。