短編小説

空蝉 彼女が……悪い病に憑かれていると聞いたのは、初夏の風の緩い午後だった。 その日は、窓を開け放ち、長くなった前髪を遊ばせながら、本を読んでいたのを憶えている。 「あれだけ御執心だったんだ。見舞いにくらい行ってやりたまえ」 古い友人は、扇子で…

BANG! 窓越しに外が明るくなってくるのを見て、上着を手に取り、そっと階段を下りる。静まりかえった家の中で、私の立てる音だけがやけに大きく響いた。 玄関で上着の袖を通し、履き古したスニーカーに足を入れ……ゆっくりと、できるだけ音を立てないように…

月曜日の怒り 一週間で一番憂鬱な月曜日。 私は気乗りのしないまま電車に乗っています。 右にふらり……左へふらり……。 背の低い私に吊革は合いません。 朝のラッシュを過ぎてはいても、座る席は無いこの時刻。私は、ふらふらと揺らされています。 がったん、…

aquarius いつもの場所で、ぼくは身体をゆっくりと返した。背中に当る水が、柔らかく身体を支えていた。 澄んだ藍に近い色を内に隠した水にぼくは浮かんでいる。 空は水よりも透明な青で世界を包み、水平線で交わることなくどこまでも続いているように見える…

雨 買ったばかりの本で雨を避けながら小走りに走る。 読み捨てにする雑誌だったのをラッキーと思うべきなのか……それとも、サイズの大きさに感謝するべきなのか。 この空の明るさだと通り雨っぽいけど、雨宿りできそうな場所はどこにも見当たらない。さすがの…

2nd ぼんやりと寝惚けた頭を起こし、私は右手で顔を擦りながらベッドを下りた。 随分と長い夢を見ていたような気がする。それも奇妙な夢だ。 だが、どんな夢かは思い出せない。 ……まぁ、いつも夢を憶えているわけではないので、それほど不思議なことでもない…

七夕 七夕だから……と言うわけではないが、久しぶりに会おうという事になった。 葉菜とは恋人同士だ。名目上は、そうなっている。だが、親同士が知り合いで、付き合いも生まれる前からになると……ま、何て言うか 、ちょっと面倒臭くなる。 付き合っていても、…