scene-20
 
 結局、僕はドSは手を取らずに店を出て……ドSの案内でベースキャンプに向かっていた。ドSにストーキングをされるのも鬱陶しかったし、撒くのも面倒だったからだ。
 ベースキャンプと言うのは獄卒の休憩所みたいな物で、いまは安いビルを一個丸ごと借りているらしい。もちろん、ベースキャンプと言っても、ここからどこかに進軍するってわけじゃないようだ。
 僕の荷物はビデオ屋に置いたままだったが、ベースキャンプの場所がビデオ屋の近所だったので、こっちに住むのなら後で取りに行けいいと思った。
 道中、思い出したようにドSが聞いてきた。
「ところで、その犬君の名前は何と言うのだい?」
「僕の犬じゃないから知らんよ。っていうか、名前なんかあるのか?」
 言いながら後ろを歩く黒柴の方に目を向ける。
「しかし、君と同居をするとなると飼うことになるのだろう?そもそも首輪もしていないのだから飼い主不在だろう」
「そんなの知らんし」
 飼い主の存在を知らんし、飼う気も無いという意味だったが……ま、通じないだろうな。ってか、そんな思いは無視されるのだろう。
「飼うなら名前くらい決めておくべきだと思うだよ」
「名前……ね」
 黒柴から視線を前に戻して、僕はぼんやりと考える。
「朽……クッキー」
 朽木と言い掛けて慌てて別の言葉で濁す。ってか、なんであの禿茶瓶の名前が出てくるんだよ。
「クッキーか。存外に可愛い名前だね。乙女チックな良い名じゃないか」
 瞬間、僕は派手な舌打ちを響かせた。
黒柴……クロだ。こいつの名前はクロだ」
「クッキーじゃないのかい?」
「クロ。クッキーは間違い」
「ふむ。クロもシンプルで素敵な名前だと思うよ」
 ……本気か?
 内心の苛立ちのまま前を歩く黒柴……クロを睨み付ける。
 クロは馬鹿にした目付きで振り返り、小さく鼻で笑うみたいにクシャミをした。
 腹が立ったので蹴る真似をしたら、ギリギリ僕の足が届かない距離で尻尾を振った。
 バ~カバ~カと笑われている気分だったが、まぁいい。犬如きに本気になったりはしないのだ。
 と、ドSが生暖かい目でこっちを見ていた。
「こっち見んな」
 ふふ、と薄く笑い「失礼」と必要以上に良く響く声で言いやがった。
 大人しくドSの案内で道を歩いていると、ふと路地の奥が気になった。
 何もない。ただの路地だ。誰も見向きもしない路地。ビルの裏口とゴミ捨て場があるだけだ。
 足を止め、何かに焦点を合わせるように目を眇める。
 ……何も見えない。が、何かある。
 何がある?わからない。わからないが、なにかある。
「君の目には見えないのかい?」
 不意にドSに声を掛けられ、驚いたように振り返っていた。
 信じられないくらい心臓が激しく脈打っていた。
「大丈夫だよ。あれはまだ無害だよ。と、言っても君にはあれが見えていないだね」
 ドSはいやらしい顔でほくそ笑んだ。
「いや、見えていないのではないな。目では見えているが、脳が解析できていないのだろう。その目は生来の物ではないのだろう?」
 そう聞かれ、僕はどうだっけ?と考えていた。
 頭蓋を移植した際に眼球も移植したのだろうか?以前と微妙に目の色が違っているような気もするが……。
 ふん、と鼻で返事をする事にした。
「目で見えているのに脳が解析できない。……頭が悪いのだね」
「ケンカ売っているのか。貴様は」
「失礼。……いや、本当にあれに関しては問題は無いよ。黴みたいな物だよ」
 カビ?
「天使と言う者もいるがね。だが、あれは黴と思ってくれて問題無いよ」
 さあ、行こう。とドSは歩き出す。
 僕は路地の奥をいじましく見ていたが、やはり何も見えないので諦めてその場を離れた。
 
 ドSが僕を案内したのは、小さな三階建てのビルだった。
 小さいと言ったが、それは階数だけの話で敷地面積は結構あるようだった。
 一階はキャンプ用品やサバイバルゲームの道具が売られるショップで、例のメイドカフェが二階。で、三階は職員の寝所だとドSは言った。
「で、この四階フロアが君の為だけのスペースだよ」
 両腕を広げ誇らしげにドSは言い放った。無駄に良い笑顔で。
「屋上じゃねえか!」
「ま、そうとも言うね」
「そうとしか言わねえよ。こんなとこで寝泊りしろってのか?」
「その点は問題無いよ。見た前。我が隊の最新式のテントとタープ、それに寝袋とコットもある」
 屋上のど真ん中に小さくはないテントが張られ、その前には布の天蓋が広げられたスペースがあった。
 天蓋の下には簡易テーブルとキャンプ用の椅子が広げられ、小さな焚き火台もセットになっていた。
 一階のキャンプ用品売り場から展示物を一式屋上に持って来ただけじゃないのか。
「気に入らないのかい?」
「いると思うのか?」
 と、僕が憤然と腰に手を当てているとクロが天蓋の中に入って行き、小さな犬用の椅子みたいなのにすっぽり収まった。ま、収まるまで三回転ぐらいしてたけど。
「気に入ったみたいだね」
 僕は忌々しそうに舌打ちをする。
「後、トイレとバスは三階の我々と共通で、犬君はお店に出る前にトイレを終わらせて置いてくれ」
「犬のトイレって、どうやるんだ?って言うか、そんなの出来るのか?」
「おむつをしてやると自然と出来るんじゃないのかな?で、出したら褒めてやると良いはずだよ」
 綺麗好きな犬だと家の中だとしたがらないので、散歩のときなどが良いらしい。犬の世話は飼い主の義務とドSは誇らしげに言った。お前、実はドMなのか?
「それと……」
 一階で渡されていた買い物袋の中身を簡易テーブルの上に広げる。
 ちなみに、ドSは一回り小さな椅子をなんかの道具箱の中から引っ張り出し座っている。僕は天蓋の下の元々セッティングされていた椅子に座る。微妙に天井が低いのが気になる。
 ドSは簡易テーブルの上にドサドサと怪しげな商品を並べている。
「これは?」
 いや、だめだ。聞くな。と脳が危険信号を発していたが、僕は聞かずにはいられなかった。だって、それは食べ物には見えなかったから。
 でも、この流れなら……キャンプ一式の寝泊り所の説明の後は、当然、その夜の食事ってなるじゃないか。でも、だけど、出されたのがモスグリーンの袋に怪しげなパウチだったら気になるだろ?
 普通の……僕のイメージなら、キャンプの食事はカレーが定番なんだよ。カレー粉にジャガイモ、人参、玉ねぎetc etc。最悪、レトルトのカレーと焚く前のお米のはずだ。
 それが何だ?何で怪しげなパウチやモスグリーンの袋になるんだ?
 もしかして、これは食料ではないのか?僕の卑しい勘違い?
 そう思っていると、ドSは真剣な表情で「これは我々の遠征用の食糧なのだよ」と言った。
「食料?」
「食糧……任務時に用いる携帯用の食料パックだよ」
 怪訝な顔の僕に説明してくれるが……正直、説明の続きを聞きたくないと思った。 
「先ず、これが……」
 500mlのペットボトルを前に出し、
「経口式栄養補給水SSS-r、だ」
 指先で弾きながら、何故か、視線を逸らした。
 スリーエスアール?って、何であっちを向いたままテーブルの端に避ける?
「ちょっと待て。何でそれそっちに避けているんだよ」
「ん?これかい?これは……まぁアレだよ。アレ」
「アレって何だよ?」
「これは非常に性能が良く、これ一本で一日分の栄養と水分の補給を完了し、活動が可能になるがくぁzwsぇdcrfvtgbyhぬjみk、おl。p」
「あん?今、早口で何て言ったんだ?活動が可能になるの後、何て?」
 ドSは僕の質問には答えず、にっこりと微笑んだ。
「君は知らなくて良いんだよ」
「そんな訳行くか!テーブルの上に毒物を置かれているかも知れないんだぞ」
「毒物か。……ある意味そうかもだね。何しろこれは一日分の活動が可能になる代わりに二日間行動不能になるからね」   
「毒物じゃねえか!」
 思わず叫んでいた。
「いや、丸っきり毒でも無いんだよ。獄卒なら体調が万全なら無事……かも知れないんだが」
 端にやったペットボトルをまた真ん中に持ってきながらドSは言う。
「一般人が飲めば、血圧が300mmHgまで跳ね上がる程度だよ」
「300って……どれくれいだよ」
「正常な数値が130mmHg以下が普通の最高血圧だから、まぁ鼻血を噴き出して脳の血管が破れまくるね」
「飲めるかあ!」
 思わず叫びながら立ち上がっていた。クロがうるさそうに僕を睨む。
「まぁ、それはともかく……これが経口式栄養補給水SSS-γだ」
 書体の関係か丸っきり同じに見えるんだが?アールとガンマの違いか。
「この経口式栄養補給水SSS-γは先のrの改良品で味が付いているのだよ。匂いもね。勿論、飲んでも大丈夫だよ」
 僕は胡散臭そうに経口式栄養補給水SSS-γを手に取る。キャップを開け、鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。
「何の匂いもしねえぞ?」
「そんな事は無いだろう。かすかなアイソトニック飲料のような匂いがするはずだが?」
 ドSは僕の手からペットボトルを手に取り、軽く鼻を近付ける。
「ふむ。君の脳の具合の所為だね。微妙な匂いは脳が認識が出来ないのだろう。さっきの黴と同じだよ」
 獄卒じゃないと分からないほどの匂いなのか。じゃ、味も無いかもな。
 ドSからペットボトルを受け取り、一口飲んでみる。
 ……予想通り何の味もしない。
「何の味もしねえぞ。普通の水だ」
「そんな筈はないだろう?恐ろしく不味い筈なんだが。のた打ち回る程度には不味いだろう?それとも君は味覚も馬鹿なのかい?」
「ケンカ売ってるのか?」
 言いながらペットボトルを乱暴にドSに押し付ける。
 ふとドSが押し付けられたペットボトルを不思議そうに見ている。ゆっくりとその頭が丁度45度の位置で止まる。
「どした?」
「すまん。許してくれ。これは経口式栄養補給水SSS-rだ」
 僕は大声で叫びそうになった。叫びたかった。毒の方じゃねえか!と叫びたかった。
 しかし、僕は両手で口を押えたまま何も言えなかった。
 その僕の鼻からどろりとした血が指先に流れていった。
 ゆっくりと視界が歪み、指先から手の甲に伝う血液の生暖かさを感じていた。
 白く霞み歪んだ世界でドSが歪んだいやらしい笑みを浮かべていた。
 ちくしょう。騙したな、この野郎。
 助けを求めるようにクロを見る……と、クロもんだ笑みを浮かべていた。
 犬っころめ。人間を嘲笑うんじゃねえ。
 白く歪んだ世界が一瞬で闇に染まった。
 暗転って、本当に真っ暗になるんだ?
「本当に、許してくれ給え」
 誰かがどこか遠くで囁いていた。

    scene-19
 
 餃子を中央に置き、僕とドSは静かに睨み合っていた。
 空になったチャーメンの皿は、どちらも下げられている。テーブルには餃子一皿とタレの入った取り皿が、僕とドSの前に一つずつ。コップに水差しもあるがそれは問題じゃない。
 問題なのは、餃子が七個なのが問題だった。なぜ、七個なのか。何故、八個ではないのか。
 僕とドSは箸を手に餃子を食い入るように見つめていた。
 
「さて」
 静かにドSは会話を始める。やや半身に構え、盛り上がった胸を強調するように、自慢するかのように見せつける。
「君はその華奢な身体で、まさか餃子を四個も食べようとしているのかい?食べ過ぎだろう?もうチャーメンだけでお腹がいっぱいなんじゃないのかい?」
「いや、ふざけるなよ。誰の金で餃子を頼んだと思っているんだ?僕の、だ。当然、僕が四個貰う。それは当然の権利だ」
 僕の主張を聞き、ドSは余裕の笑みを浮かべる。
「何か勘違いをしていないか?私は君の胃腸を心配してやっているのだよ。食べ過ぎだろう?もう」
「余裕だね。なんならもう一杯チャーメンを食べたっていいくらいだぜ?」
「ふっ。無理をするな。そんなに食べてもAカップの胸は大きくはならないよ」
 な、と僕は自分の平坦な胸を反射的に隠す。いや、自分でも意外なほど女の子らしい仕草に驚いたが……急いで男らしく胸を張る。いや、確かに今は女の子だけど。
「くっくっく。いや、このスタイルを維持するのに以外とカロリーが必要でね」
 確かにドSの胸はでかい。細い身体の割に胸が極端にでかい。アンダーのサイズは僕とさして変わらない感じなのにトップは明らかに違う。Dカップ……いや、Eくらいはありそうだ。
 せいぜい僕は贔屓目に見てもBカップだった。いや、測ったことは無いけど、Bだと手の平が入っちゃうような気がする。普段はノーブラだけど。
 一度、学校に居たときに着替えにブラを用意してくれてた事があって、それがBカップで。スポーツブラだったけど……サイズが合わなくて。いや、それはもう忘れよう。
 とにかく!この戦いで僕は絶対に負けるわけにはいかないのだった。
「胸のサイズは関係ないだろう。餃子と胸は関係ない」
「そうかね」
 そう言うと同時にドSの持つ箸が餃子を一気に取り上げた。
「え?」
 知っての通り餃子は一つずつ個別に皮で包まれているが、焼き上がったときにその皮と皮は引っ付いている。丁寧にその引っ付いた皮を剥がさないと皮が破れ、中の具が零れてしまう。
 いま、ドSは餃子を下からすくい上げるように四個までしっかりと箸を入れ、重そうに持ち上げる。そりゃそうさ。重いだろう。餃子を七個全部を一気に持ち上げたんだから。
「ちょっと待て!おい、やめ……」
 僕の制止も聞かず、ドSはリスのように頬を膨らまし餃子を七個全部頬張った。
 もぐもぐとドSのリスは嬉しそうに目を細めている。
 ごくん、と派手に喉を鳴らし嚥下する。
「美味しいな!これは」
「お前……」
 涙目の僕の様子に気付いたようにドSは悪びれた風もなく言う。
「ああ、餃子の皮が引っ付いていたんだったね。ちゃんと四個三個で分けようと思っていたのに、全部引っ付いて来てしまった」
 失敬失敬、とドSは全く反省の色がなかった。
「しかし、タレ無しでも美味しいものだな」
 僕はドSの顔を恨みのこもった眼で睨む。この餃子の件、絶対に忘れんぞ。

 取り皿の上に箸を置き、ドSは両手を顎の下に組み、真っすぐに僕を見る。
 僕は箸をドSの顔にぶつけたい気持ちを抑えつつ、震える手で箸をテーブルに戻す。
 視線をドSから外し厨房の方に向ける。追加の注文と勘違いしたお姉さんがこっちを見たので、慌てて手でそれを制止しあいまいな笑みを浮かべる。
「君の分の餃子を注文しても良いのだぞ」
「僕の金でだろ。いらねえよ」
 そうかいとドS答える。
「さて、君は私達について、どこまで知っているのかな?私達の生態や生活、習性に嗜好……食事などだ」
「何にも知らねえよ」
 ぷいっと顔を横に向け言い捨てる。
「そうかい?」
 ちらりと横目でドSの様子を伺うといやらしい顔でにやにやと薄ら笑いを浮かべていた。
 内心舌打ちをし、僕は大きくため息を吐く。
「僕が知っているのは、お前たちはいわゆる地獄の鬼でこの世界の治安維持をしている……くらいかな?」
「ふむ。それは概ね正解だね。それだけではないが、それでいいだろう」
 ドSは箸を手にし、何かを書くように餃子のタレを上をなぞる。何だろうと自然と僕の視線も箸の動きを追う。
「そこで問題は……そう問題があるのだよ」
 怪訝な顔で視線を皿の上の箸からドSの顔に上げる。
「我々が生活をするのに最低限の物資は上から届く」
「上から?」
「上からだ。今はそれ以上の詮索は無しだ。非常にややこしい問題だし何かとトラブルの元になる問題なので、ここは『上』で納得したまえ」
 非常に気になったがドSが口調が有無を言わさぬ調子だったので僕は頷く。
「あ、ああ。ま、上から届くなら問題はないだろう?」
「問題はない。物資に付いては、だ。問題なのは……」
 躊躇うようにドSは言葉を切り、一気に言い放った。
「我々はどうやってお小遣いを得ればいいのだろう」
 畳みかけるようにドS言う。
「金銭が流通貨幣がお金が、上からの支援物資には含まれていないのだ。わかるか?喉が渇いても缶ジュースの一本も買うことが出来ないのだぞ?」
 そんな事を言いながらドSはタレをなぞっていた箸を舐める。いじましいな。ってか、舐め箸は行儀が悪いぞ。
「喉が渇いたなら水を飲めばいいだろ?」
「ふざけるなよ。喉が渇いてるだけだと思うか?疲れた身体を休め、心身を最新したいと思うのが人の性だろう?リフレッシュと言うものだよ」
 拳を握りしめドSは立ち上がって言った。
「とにかく、快適な暮らしを送るために我々には金銭が必要なのだ」
 ドSは背後を振り返りながら胸に掲げていた拳を開く。
「お金を稼ぐ!それが我々の命題なのだ」
 くるっと振り返り両手をテーブルに着く。寄せられた両胸の厚みに圧迫感を感じずにはいられない。見せ付けてるのか。
「可及的速やかに解決すべき問題なのだよ」
 そして、「我々に取っては」と付け足した。
「いやいやいや、何で我々なんだよ。僕を巻き込むなよ」
 ふむ、とまるで納得したかのように頷き、テーブルから身を起こし両手を胸の下で組む。乳房を強調するかのようなポーズだった。さっきから何なんだ。いや、僕が気にし過ぎなのか。
「何故、我々なのかだね。それは私達獄卒には色々と意見してくれる者が必要だからだよ」
 ドSはゆっくりと椅子に座る。
「私達獄卒と君ら一般人とはやや味覚の作りが違うのかも知れないのだ。もし君が私達と協力をしてくるのなら後で配給のレーションを味見してく……」
 そこまで言ってドSは慌てたように言葉を遮った。
「あ、ああ……まだこれを話してなかったね。私達は流通貨幣を得るためにアニマルメイドカフェを始めようと思っているのだよ」
 にやり、とドSは口の端を歪めて笑った。
 
 アニマル冥途カフェ?
 いやいやいや、この場合は普通にアニマルメイドのカフェだろう。アニマルメイド?
「いや、普通にアニマルメイドなんかあり得ないだろ?ってか、特殊な嗜好の殿方ばっかり来るぞ?」
「違う違う」
 ドSは笑顔を浮かべながら否定する。珍しいなこいつの普通の笑顔。
「アニマルなメイドじゃなくアニマルとメイドだよ」
「なんだそっちか。じゃ、アニマル「・」メイドかアニマル&メイドって言えよ」
「ふむ。確かにその方がいいな」
 言いながら懐から出した手帳に書き込む。
「つまり、こう言う事なのだよ。私達じゃ人の生活に対して理解が乏しいのだ。小さな問題から大きな問題まで全く理解の及んでいないのが問題なのだよ」
 僕は眉間に皺を寄せながら話を聞く。
「問題に気付いていないのが問題なのだよ」
 こいつの言わんとするところは理解する。理解するが……何で僕なんだ。
「だから、オブサーバーとして君に協力を求めているのだよ」
 勿論、とドSは言葉を続ける。
「私達に協力をしてくれるのなら、今人の活動範囲に出されている反乱分子その生き残りの捜索を終了させる……と言うのはどうだい?」
 それに、と言葉を続ける。
「住むところの確保というのはどうだい?勿論、給金は支払わせてもらうよ。君が時給1000円。外の犬君が時給1500円」
「何で僕が1000円で犬が1500円なんだよ」
 どうでもいいことだが、ちょっときになったのでぼそっと呟く。
「実際に客を呼べる実力の差だね。君よりも犬君の方が明らかに人気が出そうだからね」
「ほぅ?」
 ちょっとイラっとしたぞ……いや、人気なんかいらんけど。
「いや、そういう意味じゃないよ」
 目ざとく僕の感情を読みドSは言葉を挟む。
「人である君よりも犬君の方が一般受けをするだろうという事だよ。彼のように犬種が分かりやすいのは人気者になりやすいのだよ」
 店の入り口に目を向け、ドSはその外にいるであろう犬の様子を伺うように見る。
「非常に訓練の……いや、躾のされた犬君のようだね。彼は君の犬なのだろう?」
 いや、違うが。でも、ちょっと待て。時給1500円?あの犬が???
「どうした?何故無表情になる?」
「む、う〜ん……いや、正直に言うと正確には僕の犬じゃないんだ」
「なんと!」
 ……何だその白々しい反応は。
「あの犬は朝、どこかからやってきて僕に付いて回り夕方にはどこかに帰って行くんだ。こうやって店に入ったりしてると外で待ってるんだけど……僕の飼い犬じゃないんだ」
 納得したようにドSは頷き、「でも、それは君が家に招かないからじゃないのかい?」と言った。
 だから、と僕は不機嫌そうな声を出す。
「僕は住所不定の無職なんだよ」
「だから、私達が君にその住所と職を与えようと言っているのだよ」
 ガタっと席を立ち、ドSは誇らしげに手を差し出してくる。いや、この手を掴んだらアカンでしょ?
 うん。マジでヤバい橋に渡らせられる予感がする。

   scene-18
 
 困った。いや、別に困ってないけど……まぁ、困ったなと思う。
 よく考えたら呼び名を知らなかったが、朽木のグループが壊滅させられたのだ。
 僕は運良く整備の終わったカブに飛び乗り早々に逃げ出せたが、他の面々は壊滅させられたようだった。
 逮捕、捕縛ではなく壊滅と言ったのは、ぶっちゃけ虐殺されていたからだ。
 多分、生き残った者はいないだろう。ってか、あの日からグループのメンバーとは誰とも出会っていない。
 僕が見逃されたのは、僕の顔が学校の名簿には載っていないからだろう。それとメンバーの皆が口を噤んでいたのだろう。
 律儀なやつらだと思う。ま、僕が最後の一人になるのは予想できたのだから、喋らないのはあいつらなら当たり前なのかも知れない。
 しかし、全員を学校のグランドに引き摺り出し、その場で一人ずつ銃殺にするってのはエグイよな。
「何か隠している事はありませんか?教えていただけたら……ここに残された方々の復学を認めましょう。つまり、最後のチャンスを上げましょう。どうです?」
 藤堂がそう言ってたけど、自分の命だけじゃなく仲間の命も秤に掛けようってのがいやらしいよな。
 ま、それでも誰も口を割らなかったのは、あいつが信用されていないからだろうな。生半可な人望のなさじゃないからな、あいつ。
 その後、拠点にしていた学校は襲撃の傷跡を消すように再び整備され、そこを中心に町が開かれていった。
 まだ治安は良くないが(ゾンビがうろつくのを治安がよくないと言うのなら)、学校周辺の商店街や学生寮など徐々に町は広がりを見せていた。
 寝床を失くした僕は町外れの(かなり治安の悪い地域の)……何だろう?寝泊りのできるビデオショップ?ネットカフェ?マンガ喫茶???そんな変な感じの店を寝床にしていた。
 ちなみに、メンバーカードの会員になれば割と自由に部屋を取れた。ま、空き部屋があれば、の話だろう。いっつも空きだらけだが。
 あ、メンバーカードの会員証は偽造の学生証であっさり作れた。この時ばかりは朽木に感謝した。カブも有難かったが。
 あの日から僕は、夜は寝床代わりの変な店に帰り、昼間は広がった住人の生存範囲を探索して回っていた。
 
 暇を持て余した住所不定無職の未成年風な感じで、軽やかな足取りで階段を降りて店の外に出る。
 僕の生きていた時代ならフリーターの女の子って感じだろうけど、この時代ではまだフリーターは一般的じゃなかったように思う。
 ちなみに……二階が店の入り口で、普通の客はエレベーターを使う。僕はエレベーターの扉が開いたら銃口を向けられたっていうパターンが嫌で階段を使ってる。
 大丈夫だとは思うけど、さすがにあの虐殺シーンを見た後では小さな箱の中に自ら閉じ込められようとは思わない。
 普通の雑居ビルの一階フロアに出る。一階はテナント募集中で床もなんだか埃っぽい。だから、この店の怪しさは半端ないんだよな。床ぐらい掃除すればいいのに。
 雑居ビルの外、じめっとした暑さの外に出る……と、いつものように黒い犬が待っていた。
 犬。黒い柴犬である。けど、僕は柴犬に知り合いはいない。
 いや、そもそも、猫派である僕は犬に知り合いはいない。猫派……猫好き、だよな?いや、犬も嫌いじゃないよ。コーギーとかハスキーとか好きな犬種もあるよ。
 でもなあ。ぶっちゃけ黒柴は好きじゃないんだよね。
 好きじゃないし好かれる理由もない。
 なのに、この犬はいつも僕を待っている。ってか、付きまとわれている。今日、どこかで撒いても、翌日にはまたここで待っているはずだ。
 生前、僕の飼っていた猫が生まれ変わり、黒柴になって僕を守護するために顕現したって……ないないない。
 僕の愛した猫ならばシベリアンハスキーになっているはずだ。僕に愛されるためならなっていてくれているはずだ。
 よしんば柴犬になっちゃったにせよ。柴犬なのは仕方ないとしても黒はない。黒猫は好きだが黒柴は嫌いなのである。柴犬なら茶色がいい。茶柴なら許す。
 僕の愛した猫たちが僕の好きじゃない黒柴になるなんてあり得ないと言いたい。いや、絶対にあり得ない。
 だから、この犬は僕の知り合いじゃない。知り合いじゃないはずだ。ないはずなんだけどな。……でも、だったらなぜ?僕に付いてくるんだ?
 僕は横目で黒柴の様子を見ながら、犬の横を擦り抜けていく。真正面に座られていたから、僕が横に避ける形だ。
 僕の歩調に合わせ、黒柴は静かに立ち上がる。その無駄の無い動きは訓練された犬の動きに見えるんだけどなぁ。
 ま、こいつが何者なのかはその内わかるんじゃないかな?わからないかもだけど。
 黒柴と一緒に商店街のアーケードの下を歩く。ま、アーケードって言ってもテント地の雨よけが貼ってあるだけの薄っぺらい天井だけど。
 梅雨っぽい湿気に人気の少ない埃っぽさもあって、閉まったままのシャッターが多い商店街は、どことなく不衛生な感じだ。
 ふと気になって細い路地の奥に目を向ける。止めた足を半歩戻し路地に奥をしっかりと正面に見る。見る……が、何だ?
 黒柴も僕の足元に来て、一人と一匹で一緒に何もない路地に奥を見る。
 何が気になったんだ?路地に奥に不審な物はない。背の低い商店風の建物と建物の間の普通の路地だ。
 ここに来るまでに何度も素通りして来た路地と同じはずだ。なら何故、ここで足を止めた?
 そう。まるでそこにゾンビでも立っているかのような不安感がある。思わず路地に突っ込んで拳銃を「それ」に向かって乱射をしたくなる。
 が、「それ」はどこにも見えない。そこにあるはずの脅威が見えない。
 目を眇め、僕はもう一度路地の奥を見る。
 濃いグレーの湿っぽい路地だ。日も射さない埃っぽい路地の奥だ。
 僕は諦めて顔を商店街に戻す。見えないモノに神経を使うのは時間の無駄だ。僕は疲れたように目頭を揉む。
 やっぱ、例の虐殺を見た後だから神経質になっているのかな?
「行こか?」
 無意識に黒柴に声を掛け、僕は誰の姿も見えない商店街を歩きだす。
 
 商店街の奥にその店はある。
 中華飯店『湖畔』である。
 その店の内外装にそぐわない優美な店名である。
 そう、湖畔は不愛想な両開きのガラス戸の入り口にその店内の様子を隠すような暖簾のある店だった。
 その濃紺の暖簾に書かれた白い店名が『湖畔』である。
 僕は黒柴を店の外に残し(飲食店だから動物の入店は原則禁止だ)、客の入りを見ながら店に入る。
 今日も僕以外の客の姿はない。
「いらっしゃいませ〜」
 店のお姉さんの声に軽く会釈をして、入り口傍の席に座る。
 ま、いつもの席だけど。
 この薄っぺらい内装だと店のどこに座っても即死確定だからな。バズーカ砲どころか普通の拳銃でも壁越しに狙えるからな。
「いつもの?」
 明るくお姉さんに聞かれ、「うん」と僕は答える。
「いつもの。超ハードで」
「超ハードなんかないよ」
 お姉さんが笑いながら言い、僕も自然と顔をほころばせ……ガラッと店のドアが開かれると同時に無表情になる。
 それはその奥に立つ新たな客が誰なのかを知ったからではなく、他の客の前でにやにや笑っている顔を見られたくないからだった。
 実際、入り口を背に座っている僕には客は姿は見えない。ってか、見たくない。ワタシハシラナイヒトデス。話しかけるな……頼むから。
「おや?おやおや?珍しいところであうな?」
 僕はゆっくりと振り返り、顔を苦々しく歪める。
「ナンバー……10524」
「その変なナンバーで僕を呼ぶな」
 ふむ、とドSは面白そうに微笑む。
「では、どう呼べと?」
 お前にはどんな名でも呼ばれたくない。と言いたかったが、無駄な会話が長く続きそうだったから短く僕は答える。
「シゴ……だ」
「死後?」
「死後じゃない。死語でも死期でもない。カタカナでシゴだ」
「ふむ。変わった名だな。まぁ良い。さて……」
 と、ドSが壁にあるお品書きに目を向けると同時に僕は言う。
「奢らないぞ」
「……」
 ドSの動きが止まる。と同時に真っすぐに僕を見つめる。穴の開きそうなほど強い視線だった。そしてその視線をついっと店の入り口に向ける。店の入り口、店の外で待つ黒柴に視線を向ける。
「外に……黒い柴犬がいたが?あれは君の犬かな?」
「違う。あれは僕とは無関係だ」
 いや、実際に僕とは無関係だけど、こう聞かれると何か関係があるみたいじゃないか。
「首輪をしていなかったな。この界隈には珍しい野良犬かな?」
「さあな。知らない」
「野良犬なら……捕まえて殺処分だが……さて……どうしたものか、な?」
 にやにやとドSは僕を見る。
 勝手にすればいいだろ、と言い掛けたとき「チャーメン、お待ちぃ」とお姉さんが僕の前に注文のチャーメンとウスターソースを置く。
「あ、私もそれと同じ物を」
 と、ドSが当たり前のように僕の前に座る。
「ここで食事をする間に……詰め所に野良犬の報告を忘れる事になりそうだな」
「いや、忘れるなよ」
「ふふん。そう言うな」
 ドSは僕の顔を見らながらにやにやと笑う。はっきり言って、いやらしい顔だった。
 こいつの相手は腹が立つので黙っている事にする。
 そして、無言のままドSのチャーメンが運ばれて来るまで黙ってやった。
 黙ったままウスターソースをチャーメンにかけ、八宝菜風のタレを混ぜる。だが、混ぜ過ぎないように気を付ける。
 このウスターソースの中途半端な混ざり具合が僕の好みだった。
「それは……ウスターソースだろう?それに、これは揚げ麺か?」
 ってか、こいつ僕が何を頼んだのか解らないまま同じ物を頼んだのか。
「チャーメンだ。揚げ麺にチャンポンの具を掛けた料理だよ。ちなみに掛かってる具を八宝菜と言うと店の奥からオヤジが出て来て小一時間説教を食らう事になるから気を付けろ」
 不思議そうにドSはウスターソースを持ったまま料理を見ている。
ウスターソースは……ま、好みだな。僕は好きでよく掛けているが」
 ふむ、とドSはウスターソースを大量にぶちまける。僕はそれを見てうへぇと顔をしかめる。いや、明らかに掛け過ぎだろう。
「ちなみに、チャーメンは揚げ麺と柔らかい中華麺の二つから選べる。あと、チャンポン麺……汁有りのラーメンタイプと鉄板焼きの焼きそばも注文可能だ」
 ほほうと言いながら、もうしっかりとドSはチャーメンを食べている。
「色々とあるのだな」
「ま、この店の売りらしいけどな。売りって言えばこの店の炒飯と餃子も……」
 ん、ドSは顔を上げる。
「高菜が入ってて美味いぞ。って言っても奢らんぞ!金が無いなら注文すなよ」
「そう言うな。今日は金になる話を持って来てやったんだ。……聞くかい?」
 くっ……聞くなら炒飯もしくは餃子か。両方は金銭的に厳しいぞ。
「餃子……半分ずつなら」
「商談成立だ。すいませーん。餃子を一つ追加で」
 くっくっく、と喉の奥で笑いながらドSは注文をする。

発表するかは不明だけど、ずっと決まっていなかった小説のタイトルが決まりました。
『DEAD/ALIVE』に決定しました。
格闘ゲームを思い出すタイトルですが、まぁ気にしても仕方のない事ですので。
まぁ、これでもうもやもやすることもないでしょう。
ほんとはこんな事してないで、さっさとゾンビの続きを書けと自分でも思うんですけどねえ。
書けないんだからしょうがない。
いや、ほんと。

ワカコ酒のススメ。
最近、土井勝さんの言う一汁一菜がいいと思う。
一汁一菜だけで、氏の言う他の意見・・・トーストをお味噌汁の具にするとかは除けておく。
そもそも、一日三十品目一汁三菜は多過ぎると思う。
成長期ならともかく成人したらもうそんなには食べなくてもいいんじゃないかな?
ってか、無理w
それに一品に付きある程度の調味料も使うから塩分過多にもなるし。
ちなみに私の面倒臭がって塩を使わずに調理をするけど、はっきり言って美味しくないです。
あ、でも発酵食品の塩っけはいいと思う。
直接塩を振るよりも身体には優しんじゃないかな。
話を戻すと、一日に三十品目採らなくても一週間や二週間などの長いスパンで三十品目採ればいいと思う。
食事が偏らない目安にはなるんじゃないかな。
朝食は、ほうれん草のおひたし。昼は茄子とひき肉の煮物。夜は鮭のムニエルとか。
これにお味噌汁+漬物or梅干しでもう食事は十分だと思う。
夕食は肉じゃがにしてもいいよね。
ま、一汁一菜でいいとして・・・悩むのが一菜の菜の量です。
一汁一菜がいいと言いながら食べ過ぎてたら意味がないですから。
少なくても良くないと思う。
そこでおススメがワカコ酒です。
ワカコ酒で食べられているおかず一品が一菜にちょうど良いんじゃないかな?
私はお酒は呑まないですが、ワカコ酒で紹介される料理にご飯と漬物が嬉しい組み合わせです。
色んな料理を食べているし。
後、一汁一菜が良いと思うのは、一菜であれば旬の食材を取り入れ易いんじゃないかと思うからです。
一つのおかずを楽しく作って、楽しく食べてるのが一汁一菜の良いところです。
三十品目一汁三菜のどこか似たような料理よりも旬の一汁一菜がいいと思う。
 
ま、あくまで私個人の意見ですけど。

生存報告です。
ま、誰に報告してるんだって気もしますがw
元気ではありません。
病院と家とを往復するだけの生活が続いています。
っていうか、家ではワンコのような生活が続いています。
相変わらず、一日十六宇時間くらい寝ているし。
いや、睡眠時間だけなら猫みたいにというべきか。
何が楽しくて生きているのか自分でも首を傾げるような毎日です。
生きているだけって感じですかね。
しかし・・・文章を書くのは久しぶりなのでキーボードが使い辛いです。
小説を書かなくなって長いのですがこの先どうするかを悩んでいます。
いや、悩んではいないな。
書くだろうと思います。
どうあがいても最終的には書くのだろうと思います。
書いてなくてもネタとか考え続けていますからw
見えているものを文章にするのも楽しいしw
んで、いまの課題は・・・課題?ま、いいや。課題はそこに見えていない人物をどう書くか、ですね。
つまり、通常物語は数人の登場人物で繰り広げられます。
でも、そこに見えていないだけで物語の壁の向こうには大勢の人が生きているはずなのです。
物語の進行上、書かれていませんが、間違いなくいるはずの人々なのです。
街を見れば、何万人何十万人何百万人の人々が生きて暮らしているのを感じる事ができます。
しかし、私のいままでの小説ではそこに何も存在しないかのような文章だったと思います。
もう少し考えたほうがいいなと最近は思うようになりました。
さて、とりとめのない話ばっかりでしたが、今日はこの辺で。

   scene-17
 
 
 ドSの注文を手に戻ってくると、ヤツは堂々と僕のポテトを摘んでいた。
「ちょ、お前、誰のポテトを食べているんだよ?それは僕のだろ!」
 僕の声を聞き、嬉しそうに口を歪めてドSは振り返る。
「おや?君は己の事を『僕』と呼んでいるのかい?」
 しまった。と思ったが、もう遅かった。ドSは目を細めて、いやらしく僕の姿を品定めするように見ている。
「まぁそんなに怒るな。たかがポテトじゃないか。……シェイクを飲んでいないだけまだマシだろう?」
 トレイの上のシェイクを指先で弄びながら、そんなことを言う。ってか、喉が乾いてたら平気で飲みそうで怖いんだよ。
「ほらよ」
 僕のトレイから手を払いのけるようにドSの前に新しいトレイを置く。
「ご機嫌が斜めのようだな」
「誰のせいだよっ!わざわざお前の分を買ってきたのに、なんで僕のポテトが奪われてるんだよ。わけわかんないよ」
「怒るな怒るな。じゃぁ、お詫びに一つどんな質問にも答えてやろう。この宇宙の真実から今日の私の下着の色まで……どんな質問でも、だ」
 ハンバーガーの包みを開けながらドSはそんなことを嘯く。
「ふざけるんな。お前のパンツになんか興味はない」
「おや?このハンバーガーはパイナップルが挟まれていないようだが?」
「だから、僕と同じのでいいかって聞いただろ?僕のを見ろよ。どこにもパイナップルは挟まれていないだろ」
 僕のハンバーガーを見てドSは露骨にションボリと肩を落とす。ってか、パイナップルが欲しかったのか?アレはデブ御用達だ。そんなの食べてたら太るぞ。
 自分の席に座り、ハンバーガーに齧り付く。何度か咀嚼しふと聞きたいことがあったことを思い出す。
「そういや、一つ聞きたいことがあったんだけど」
「なぜ私がお前の疑問に答えねばならんのだ?」
「いや、お前いま何でも答えるって言ったじゃん。言った端から言ったことを忘れてるんじゃないよ。記憶力ないのかよ」
「パイナップルをケチった奴には何も教えぬ」
「どんだけパイナップルが好きなんだよっ!」
 ドSは拗ねたようにぷいっと横を向く。
「ま、とにかく前から気になってたんだ。教えてくれよ」
 仕方なさそうにこちらを向き、ドSはハンバーガーに一口食べる。
「ここに落とされる前に僕はどこかの深夜の街にいたんだ。その……死んだ後でだ」
 ちらりと目を瞼を上げ、ドSは続きを誘う。
「そこには誰もいなくて、いや、僕の前には出てこなかっただけかも知れないけど、とにかく誰の姿の見えなかったんだ」
 シェイクを一口飲み続ける。
「それでちょっと歩いた後で……女の子に出会った。初めて会った子だ。んで、その子に撃たれた。撃たれて殺されたと思う」
 ドSのポテトに手を伸ばし打ち落とされる。諦めて自分のポテトを食べる。
「って記憶があるんだけど、あれって事実なのかな?」
 ズズーッと音立ててシェイクを飲み、ドSは一考しているようだった。が、あっさりと答えた。
「強欲の罪だな。他者から奪い奪われる地獄だよ。君は強欲の罪で……分かりやすく言うと修羅の地獄に落とされたんだ」
「修羅の……地獄?」
「そして、そこで何もしなかったので怠惰の罪で、ここに落とされたのだよ」
「いや、だって、何もしなかったって言われても」
「しなかったのだよ。君は自らが拳銃を帯びているのに他者に撃たれる可能性を考えずにその者の前に立った。それとも、君は何かをしたと言うのか?」
 ポテトを手にドSは言う。
「警戒はしたのか?罠を探ったのか?逃げた?いや、君は何もしなかった。何もせずにただ撃たれて死んだのだ。だから、怠惰の罪でここに落とされたのだ」
「じゃ、ちょっと待てよ。僕はあのとき彼女を撃てば良かったのか?」
「ま、それも正解の一つだな。生き残るための行動だよ。それを一つもしなかったので怠惰の罪でここにいる。ここにいる者は生きるための努力を怠った者だからな」
 ちらりと僕は店員の方を見る。いや、店員はNPCだから違うのか。
「も一個、質問」
「だが、断る」
 あっさりと却下された。こうなったらこいつは口を開かないだろうな。断罪の執行者のこととか聞きたかったのにな。
「しかし」
 溜息を挟み、ドSは言う。
「君といい、あの妹といい、君らはどうして死ねない身体になりたがるのかね?ん、いや、あの妹は違ったか。確か……死体を運び込んだ馬鹿がいたんだったな」
 死ねない身体。……この風紀委員の身体のことか。僕もそうだが、真帆もほぼ風紀委員の肉体だからな。いや、真帆の方が肉体的に風紀委員に近いだろうか。
「グールがゾンビになっているだけで、もう十分に死に難いというのにな」
 え?
「何を言っている?」
「ん?ああ、君らは知らんのだったな。ここにいるゾンビは元々はグール、屍食鬼なのだよ」
 ドSがシェイクを飲み続ける。
「人を襲い、殺し、その死肉を喰らう鬼だよ。鬼というだけあって、その運動性能は人を凌駕している。何しろ、君ら生徒はたった一匹のグールも未だ殺せずにいるのだからね」
「たった一匹のグール?」
「君らが大仰にも断罪の執行者と名付けているそれだよ。あれはこの世界で……今のところ最後のグールだよ」
 ドSが言うには断罪の執行者はグール、屍食鬼、餓鬼と呼ばれる者であり人の常識を超えた頑丈さがあるらしい。
「何しろ、君らの遭遇レポートを読めば、やれ、バズーカで粉々にしたのに仮面だけで追い掛けてきただの、何もないところに仮面だけが浮かび、見えない攻撃をしてきただの」
 呆れたようにドSは両手を上げる。
「そんなホラーな存在がいるはずがないだろう」
 いや、この世界そのものがホラーだろうが。
「あれは君らの常識が見せている錯覚だよ。バズーカで撃たれれば粉々になる。銃で撃てば傷ができる。高いところから落ちれば肉体が破壊される。そんな人の常識が見せる齟齬があれの不死身の正体だよ」
「え?じゃぁ……」
「そう。正しく見れば、あれは何も破壊されてはいない。あれは無傷で立っているのだ。ま、付けていても、せいぜいかすり傷程度だろうね」
 無傷。あれだけの攻撃を受けて無傷だと?
「まぁ。たった一匹のグールでもあれだけの戦闘力なのだよ。もし、それが無数に群れて襲いかかってくれば……想像付くだろう」
 ドSはハンバーガーを食べ終わり、丁寧に包み紙を畳む。
「一瞬で、この世は地獄さ」
 そう言い、何がおかしかったのか。ドSは自嘲気味の笑みを漏らす。
「ふっ……地獄、か」
 シェイクとポテトの袋を持ちドSは立ち上がる。
「あぁ、そうだ。時間があれば以前君が入院していた、じゃない。そう出島の中央にある総合病院に行くと良い。今は市民病院と名前を変えているところだよ」
 くすくすとドSは嫌な感じに頬を歪め言う。
「三階に嫌なものがあるよ。私のような地獄を愛するものにとっては悪夢のような光景が見れると約束しよう。では、また会おう。ハンバーガー、美味しかったよ」
 派手なウインクをしてドSは立ち去る。が、はっきり言って二度と会いたくないね。ハンバーガー代を返せと言いたい。僕のお金じゃないけど。
 僕は自分のトレイとドSのトレイを重ねて片付けようと振り返る。
「と。それと」
 背後にドSが立っていた。
「ぅわっ!」
 驚いた僕は、派手にトレイの上のものを床にぶち撒ける。
「言い忘れたが、死にたくなったらいつでも来たまえ。特殊なウィルスを仕込んだ徹甲弾が我々の装備にあるからね。風紀委員を殺すためのものだよ。だから……たっぷりと苦しみながら死ねること請け合いだよ」
 空になったトレイを手に僕は眉間に縦皺を寄せる。
「では、また会おう」
「やだねっ!」
 ゴミを拾いながら僕は罵る。誰があいつに好き好んで殺されるんだよ。絶対に嫌だね。あいつのことだから嬉しそうに笑いながら殺しに来るに決まっている。
 そんなのは、絶対に嫌だった。
 
 
 午後になって僕は市民病院に向かった。
 ドSの言う通りにするのは癪だったが、まぁ……することもなかったので、軽い散歩気分の暇潰しだ。
 午前中で診察受付は終わっていたが患者の姿はまだちらほらと見える。暇そうなじーさんやばーさんの姿が目立つ。ってか、すっげえ元気そうなんですけど。
 言うことを聞かない孫娘をなんとかしたいとか言いながら、どうみてもやに下がってますよね。携帯電話の写真を自慢気に隣のお爺さんに見せながら「困った。困った」と繰り返している。
 困っているのは隣のお爺さんだろう。ってか声がでかいんだよ。聞きたくないんですけど、そんな孫自慢。
 横を通るときにちらっと携帯電話をみたけど、生憎と孫娘の写真は見えなかった。
 待合室の注目を集めるお爺さんはそろそろ声量に気を付けなければ看護婦さんに怒られるぞ。ほら、向こうでにこにこと微笑んでいらっしゃる。
 エレベーターの上を押し、来るのを待ちながらお爺さんを見る。孫自慢がどう移ったのか奥さん自慢に変わっていた。しかも携帯電話の写真を隣のお爺さんに見せているっぽい。
 携帯電話に写真とかどんだけ奥さんが好きなんだよ、じーさん。
 エレベーターが来て、僕は乗り込み、三階を押す。
 と……え?
 お爺さん?
 心に浮かんだ疑問に顔を上げる僕の前で、エレベーターのドアは静かに閉まった。
 いや、おかしいだろ。
 なんでお爺さんがいるんだよ。そんなはずはないだろう。生きている人は学生でNPCも中年までのはずだ。
 明らかに今のお爺さんは老人だぞ。どう若く見ても六十歳は超えている。
 なんで、なにが起こっている?
 そして、僕は気付く。
 病院の三階。それは産婦人科がある場所だと。
 産婦人科
 いやいやいや。ないないないない。あの産婦人科だぞ。
 あり得ないだろう。
 チーンと軽いチャイムの音と共にドアが開き、僕は三階に下りる。
 消毒液の匂いに混じって、微かに魚とは違う生臭さがある。芳香剤で隠してあるが動物的な獣臭さというか迷いようもない肉の臭いがあった。
 ナースセンターの奥にガラス張りの部屋があった。看護婦さんが暇そうにのんびり仕事をしているその部屋には「新生児室」と表記がされていた。
 中には、やっぱり赤ちゃんがいるんだろうか?
 確かめる勇気が僕にはなかった。
 ここで、地獄で、子供が産まれる?
 絶対にあり得ないことだった。
 ここに人は落ちてくるんだ。産まれるんじゃない。ここに、地獄に落ちてくるんだ。
 産まれる?産まれたっていうのか?じゃ、どうするんだ?人は……寿命が来て死ぬのか?
 人は生まれ、死ぬのか?まさか。そんなの……まるで現世じゃないか?
 呆然とする僕の横をすり抜け、一組の男女が新生児室の前で立ち止まる。
「見て下さい。これが新生児……赤ちゃんですよ。可愛いですねぇん?ほぉ、これはこれは。可愛いですね」
「なぜ言い直したんですか。っていうか、気持ち悪いです。ガラスに触れないで下さい。公序良俗に反します」
 ガラスに触れようと伸ばした手を止め、うっとりと男は呟く。
「こんなにも愛らしいのに……私にはガラス越しでも触れるな、と貴女は言うのですか?」
「見るのもやめて下さい。赤ちゃんが腐ります」
「大丈夫ですよ。防腐剤は十分にあるはずです。何しろここは病院なのですよ」
「どうして病院に防腐剤があるのかはともかく、赤ちゃんに防腐剤を使わないで下さい」
 藤堂史郎時貞と北条真帆の二人だった。どうやら視察に来ているらしい。
「でも、どうしいてここに来て赤ちゃんが生まれ出したんでしょう?」
 真帆が藤堂に尋ねる。
NPCの老化や火葬場が発生すなど、まるで人が死ぬ準備がなされているようです」
「時間……二種の時間の流れが同時進行していると考えられますね」
「二種?」
NPCの生まれてから死ぬまでの時間と生徒たちの止まった時間です」
 でも、と藤堂は続ける。
「それらの時間の流れが何を意味するのかは分かりません。どうして二種の時間の流れが必要になったのかも分かりません」
 遠くに眺めている僕の目には藤堂の背中は小さく見えた。
「それでも新しくなったこの世界で、私は貴女に生きて行って欲しいと思うのです」
 ピクッと僕はその言葉に顔を上げる。
 生きて行って欲しいだと?
 そう思った瞬間、つい、と真帆が僕を振り返った。
 しまった。瞬間的に殺気を出し過ぎた。いや、ここで殺気を抑えるのも不自然だ。少なくとも隠れる場所のないここだ。振り返った真帆の目には僕の姿がばっちり見えている。
 どうする?
 幾千の選択肢が一瞬で僕の脳裏を駆け抜けた。
 真帆が僕に近づこうと一歩踏み出した瞬間――
「ま、負けないんだからっ!」
 意味不明な言葉を叫んで僕は、その場を走り去った。
 エレベーター横の階段へと姿を消す。
 どうだ?これで誤魔化せたか?生徒会長に憧れた女生徒を演じてみた訳だが……。後を追って来ないと言うことは成功したのか?
 それでも真帆の運動性能では追い付くのは一瞬なので、立ち止まらずに一階の待合を抜け病院をそのまま飛び出す。
 途中、看護婦さんに病院を走らない!と注意を受けたが止まれと言われて止まれる馬鹿はいない。
 女の子走りで百メートルほど走ってゆっくりと僕は止まる。どうやら無事にその場を逃げ出せたみたいだった。
 多分、藤堂にいらぬ誤解をされたのが腹立たしいが、背に腹は変えられぬと言うし……まぁ、良しとしよう。
 とぼとぼと歩き出しながら僕は考える。
 どうしてあの瞬間、殺気を抑えられなくなったんだろう。生きて行って欲しいという言葉を聞いた瞬間に。
 人を勝手に人殺しにしといて……その裏で生きて欲しいとか願っているからか?
 それとも誰もが死に向かっているはずの地獄で生きて欲しい願っているからか?
 ……どっちも、だ。
 藤堂にそんな事を願う権利はない。少なくとも誰が認めようと僕は認めない。
 そして、あの子……名前も知らない僕が出島に運んでしまった女の子は死を望んでいるはずだ。
 少なくとも今の人形のような生を求めていたとは思えない。
 真帆……。僕の目には彼女が自由意志を持って生きているとは思えなかった。
 反応はある。意志もあるように見える。しかし、それらはプログラムされているだけじゃないのか?
 藤堂と一緒にいる真帆はまるで自動人形のように僕には見えた。
 それも……僕の気のせいだろうか?藤堂が嫌だから何もかもを否定したいと思うから、真帆をそんな風に思うのだろうか?
 それでも、僕はさして意味もなく小石を蹴る。
 真帆を殺そうと思った。
 彼女を藤堂の自由にはさせさい。彼女を殺し、二度と生き返れないように殺して尽くしてやろうと思った。
  
  
 学校に戻ると朽木がどこからか持ち込んだカブをバラしていた。いや、修理しているのか?
「なにやってんだ?」
 見ると手元にバイクの部品と一緒に食べかけのアンパンと牛乳の便があった。行儀悪いってか不衛生だろうが。
「いや、こいつを動くようにしたくてな。市街地から持ってきたんだがな」
「あそこにある車とか動かないだろ?」
「いや、プラグとか交換したらいけるかな、と」
「ふぅん。でさ」
 出来るだけリラックスした声で話を続ける。
「真帆を殺すよ」
 朽木は何も答えない。ただその手は変わらず作業を続ける。そして、ぽつりという。
「そっか」
「うん。そうだ」
 僕は力強く答える。
「ところで、な。このカブ……お前の足な」
 は?
「目が点になったわ。乗れるわけねえだろ。僕はスクーターにも乗ったことがないんだぞ」
「じゃ、練習しろ」
「いや、無理だって」
「乗れるまで特訓な」
 レンチで肩を叩きながら立ち上がる。
「最高速度六十キロで走ってギリギリだからニケツするわけにも行かねえんだよ」
 ニケツ?
「とにかく。次の新月までに特訓してでも乗れるようになってもらう」
 いや、意味分かんないし。
「大丈夫。大型乗ってたヤツが教えてくれるから。ナナハンだぞ、ナナハンライダー」
「いや、それカブだよね?ナナハン関係ないよね?」
「はっはっはっ」
「いや、笑って誤魔化すなよ」
 藤堂も腹立つけど、こいつも十分に腹がつ。ってか、殺したい。