scene-22
 
 僕がシャワーを借りている間に、誰かが来て着替えを置いて行ったようだ。って言うか、脱いだ服も片付けられていた。
 ま、ある物を適当に着てみる。……ミニスカって言ってたけど、上半身も袖無しかよ。寒そうだなぁ。これ、ヘッドドレスっていうのか?あれ、パンツが二枚ある?
 つまりこれは……ミニスカでパンツが丸出しになるから見えても良いように、パンツのうえにパンツを履く……言わば見せパンだな。テニスとかで履く、アンダースコートだっけか。
 そもそもパンツ丸出しになるミニスカって何だよ。
 とにかく、適当に着替えて僕は店に戻った。
 
 店に入り、いかにもやる気がなさそうにドSの前に行く。
「お待たせ」
「おや、早かったね。ふむ。着替え方はわかったようだね」
 僕を上から下まで見て、ドSは残念そうに言う。何で残念そうなんだよ。
「さて、君の仕事だが……こっちに来てくれ給え」
 と、僕を奇妙な場所へ案内した。
 店の中央にある……檻?いや、上が開放されているから檻って言うよりゲージか?
「何だここは?」
「ここが君の担当だ」
 は?
「このゲージの中で接客に疲れ帰ってきた犬や猫を癒すのが君の役目なのだよ」
「はあ!?」
「勿論、それだけでは無い。動物たちを癒しつつ、それを眺める殿方を魅了するのも大事なポイントだよ」
「ふざけるな!嫌だ!そんなのただの見せ物じゃねえか!!」
 紛然と抗議しながら僕はそれは楽かもとチラッと考えた。
「嫌と言っても君はウエイトレスの経験はあるのかい?接客は?料理は?言っておくが食器洗いは最新式の全自動式の食洗機があるから不必要だよ」
「嘘だ!昭和の終わりに食洗機なんかなかっただろ!」
「上と交渉したのだよ」
 何でもありだな、上。
「それに君は思っただろう?チラッと……楽そうだな、と」
「うぅ」
「諦めたまえ。そもそもこれの為の衣装を着ているのだしね」
 何!?
「じゃ、最初からそのつもりで……」
「さぁ、そろそろ開店時間だ」
 ドSは僕の背中を押してゲージの扉を閉めた。
 
 ま、何ともあれこれが最初の仕事だ。と気分を切り替えて朝の挨拶から始める。
「おはようございまーす♪」
 明るく可愛くが大事だ。……多分。もっともその相手は小型犬のコーギーだけど。ってか、こいつってアレックスか?
「久しぶりって……」
 今の僕は別人だった。ま、犬相手だから問題ないか。
 アレックスは不思議そうな顔で僕を見る。ってか、明らかに怪しんでいるな。
 どうやって誤魔化そうかと思っているうちにアレックスはご指名が入った。
 その後、犬や猫が入ると同時にご指名が入り、疲れて帰ってくるってパターンだった。
 そして理解したのは……犬好きは猫が、猫好きは犬が決して好きではないと言う事だ。
 犬も猫も好きと言うお客もいるが、全ての客がそうでは無いのだ。
 近づいただけで嫌がるような露骨な事はしなくても、犬猫は視線に込められた嫌悪感だけでもダメージになるのだ。
 そんな犬猫を優しくゲージに迎えるのは……ストレスだ。
 僕は午前中の業務だけで根をあげた。
 と言っても、一日は耐えてみせた。一日だけは。
 二日目からは部署替えを切実に頼んだ。本気で心の底から懇願した。
 これは無理だ。耐えられない。気が狂う。本気で気が狂ってしまうと。正気のうちに他の仕事に変えてくれと。
 そして、僕の願いは……却下された。
 他の仕事はもう手が足りていると言うのだ。ついでに僕が入っても足手まといにしかならないと。
 結果、僕はお役御免なった。
 ただ、クロが犬部門の人気No1に選ばれたのでテントには今まで通り住まわせてもらえる事になった。
 つまり、犬のヒモのような立場になった。
 クロが雄なのがせめてのもだ。僕の今の性別が女の子なのも救いだ。
 これが逆だったら目も当てられないところだった。
 生活費を犬に稼がせ、僕は特にする事も無い。人としてこれでいいのか?と本気で思うが、バイトをしてお金を稼ごうにもどこにもコネはなく、また真面目に探す気にもなれなかった。
 犬猫の接待のダメージが大きかったのだ。や、マジで大き過ぎたのだ。
 ……という訳で、僕は東堂や真帆の監視をする事にした。
 以前からしてたが、ここんとこサボってたのが復活したみたいな感じだ。
 監視って言っても、近距離のストーカーっぽいのでなく、かなりの遠距離からの望遠鏡での監視だ。
 それは近距離からだと東堂に気付かれるからだ。いや、望遠鏡を見る限りでは、この遠距離からの監視も気付かれている風だった。
 だって、事あるごとに変なポーズを取っているからだ。
 誰も見ていないのにムーンウォークなんかしないだろ?爪先立ちで不自然なバランスで立ちながら前方を指差したり。訳のわからん化鳥のようなポーズを取ったり、とか。
 しかし、この距離からの監視がバレたのならそれはそれで諦めて監視を続けるしかなかった。
 変に気配を消したら逆に不自然だからだ。だから僕は諦めて東堂の狂ったポーズを見続けている。
 と、東堂の金魚のフンみたいにいつも引っ付いている真帆が珍しく東堂と別行動を取った。
 何だ?
 見ていると真帆は学園の外に待たせていた男女二人と一緒に街の方に歩いて行く。
 東堂のアホな踊りを見るのも飽きていたので、僕は監視を真帆の動向に切り替えた。
 
 真帆は学園を離れ、出島の外に出ていた。
 男女に先を歩かせ、真帆は背後を歩いている。時々前の二人の足が止まり、指示されたように向きを変えて行く。
 ここまでくると明らかに怪しい雰囲気が漂っていた。っていうか、出島を出た辺りで真帆は自動小銃で前を行く二人の背中を狙っていた。
 僕は徐々に距離を詰めつつ、三人の同行を見る。距離を詰める関係で時々真帆たちの姿が視界から離れる事もあったが、今の所は無事に監視を続けている。
 っていうか、もう壁一枚離れているだけなんですけど。それより、ここはどこだ?
 場所的に出島の外、旧市街地の地下になるのか?メイド喫茶のある通称新町の反対側。僕が地獄に落ちてきた地下駐車場の近くようだった。
 真帆が何かを喋っているが、声が小さく聞き取れない。もうちょっと声をでかくしろよと思いつつ、耳を済ませると……一発の銃声が鳴り響いた。
 背中を向け耳に意識を集中してたのでマジでビビった。慌てて向き直り分かっているはずだが、誰が打ったのか確認する。
 やっぱり真帆だった。打たれたのは男子生徒で、どうやら腹を打たれたらしくお腹を押さえ膝を着いている。
「行きなさい」
 静かに真帆が言う。言うが、腹を打たれて直ぐに動けるわけがない。
 それでも真帆は動けと言う。動けと銃口が膝を着いた男子生徒の頭に向けられる。
 泣きそうな顔でその銃口を見ていた男子生徒だったが、引き剥がすように目を逸らしゆっくりと立ち上がる。
 命乞いの言葉はなかった。
 ま、もう腹に一発喰らっているんだし命乞いはしても無駄くらいは理解出来るだけの知能はあるのだろう。
 それか……殺されても文句を言えないだけの事をしているのか、だな。
 足を引きずりながら男子生徒は地下街の奥に消える。
 見た感じ即死は免れがもう助からないだろう。出血の仕方が派手だからどこか大事な血管がやられていると思う。数分以内に的確な処置が必要な事例だ。そして、ここにはそれが無い。
 それに、血の匂いでそこら中のゾンビが集まりだすだろう。
 数分間会話もないまま、真帆と女子生徒はその場を動かなかった。
 銃口は女子生徒に向けられてはいない。とは言え、異様に重苦しい雰囲気だった。
 壁向こうにいる僕の方が重苦しい空気に耐えられず話しかけそうだった。
 真帆が腰の後ろから拳銃を出し、女子生徒に投げ捨てた。彼女の足元に拳銃は落ち、硬い音を残しがら止まる。
「拾いなさい」
 訝しみながら女子生徒は拳銃に手を伸ばす。その間も真帆から視線を外さない。いや、正しくは真帆の持つ自動小銃銃口からだ。
 そらこの流れなら拳銃を拾った瞬間に蜂の巣ってのもあり得るからな。
 しかし、銃口は下を向いたままだった。
 女子生徒も拳銃を抱くように両手で持ち、銃口を真帆へと向けない。
 静かに真帆が囁く。
「ここは……地獄だから」
 その時初めて僕は真帆が寂しそうに、悲しげに目を伏せているのに気付いた。
 反して女子生徒は力強く頷いた。
 そして、真帆は背中を向けると、その場を逃げるように走り出した。