scene-07
 
 
 静かな気持ちで散策しているなら、それなりに有意義な時間になりそうな小道だった。
 踏み締められた土の道。空に近い場所では竹林がからからと鳴り、穏やかな風に竹はその表情を変える。
 虫の音は無い。小道に沿う川の流れも静かで、ぼんやりと眺めているだけで満ち足りた気分になれた。
 ……なれた、はずなのに。何でお前が横にいるんだよっ!
 横目で、僕と並んで歩く藤堂四郎時貞を睨む。
 彼は白々しく腰を叩きながら、昨日は大変でしたね、とか言っている。が、僕は返事をしない。こいつと話をする気になれないからだ。
「いやぁ、本当に昨日は大変でしたね。……昨日は、大変でした。大事な事だから二回、言わせてもらいました」
 二回と言いつつ三回も言っているのは、きっとツッコミを待っているんだと思う。思うから、僕は無視を続ける。
「しかし、逆さ唐竹割りは予想が付いてましたが……まさか、模擬弾で股間を掃射されるとは思いませんでしたね」
 そう藤堂は風紀委員の詰所『一刻堂』で拷問を受けていた。しかも、自分から望んで拷問をされるように仕向けていた。
 ま、あの流れで、風紀委員の頭の出来も想像付いたけどね。
 元が獄卒だから小学生レベルでも仕方がないのかもな。
 しかし、と何かを考え込むように藤堂は顎元に手を持って行く。
「あなたが私の趣味を全てバラしてしまうとは思いませんでしたね」
「知るかっ」
 吐き捨てるように僕は言う。あ、返事をしちまった。
「ま、もっとも私はあの後半の冷徹モードも中々捨て難いと思ってますよ」
 冷徹モードと言うのは、藤堂の変態は拷問を喜んで受けていると僕がバラした後の風紀委員の冷め切った対応の事だった。
 ……冷徹モードでもY字型な逆さ吊りなのは変わらなかったけど。
「ふっふっふ。私の前では冷徹モードも賢者モードも御褒美でしかないと、どうして理解出来ないのでしょうか」
「あのお子様頭じゃ、あんたみたいな変態がいるとは想像も出来ないんじゃないのか?」
 僕は適当にそう返す。藤堂を一人で喋らせているとイライラが僕の中で溜まって行くような気がしたからだ。
「まぁ、でも……朝には開放されて良かったじゃないですか。これで妹さんの御見舞いの時間に遅れないで済みますね」
「誰が妹だ」
 勿論、と藤堂は勿体付けるみたいに間を持たす。
「北条真帆さん、ですよ」
 藤堂の言葉に、僕は真帆の虚ろな顔を思い出す。感情の無い、どこか機械のような彼女の顔を。
「なぁ、北条真帆の住むところ……やっぱ、僕と別にするってのは無理なのか?」
 僕は疲れた風を装って藤堂に訊ねる。
「無理、ですね」
 事も無げに藤堂は答える。
「昔、子供の頃に言われませんでしたか?最後まで世話が出来ないなら、餌を与えてはいけない……と」
「僕は餌をやった憶えはないぞ」
 藤堂に視線を合わさず、僕は足元だけを見て言う。
「餌は単なる比喩ですよ」
 小石を爪先で僕は蹴る。ぽちゃんと小さな音を立てて、小石は川に落ちる。
「あなたは彼女の生命を助けてしまった。死んでいた彼女を助け、ここに連れて来てしまった。その意味を知らずとも、それはあってはいけない事だったのです」
 藤堂の言う事は解る。死んでいたのなら、死んでしまうのなら、彼女をあそこで死なせてやるべきだったのだ。
 だけど、僕にはそれをするだけの勇気が無かった。
 その結果……彼女の残骸は風紀委員のパーツと組み合わされ、北条真帆が作られてしまった。
「僕の……責任なのか」
「あなたの御蔭、とは思えないでしょうね。少なくとも、ここは地獄です。あなたの御蔭で助かったなどと誰が言うでしょう」
 地獄、か。
「地獄のわりにあんたは楽しそうだな」
 僕は疲れたように呟く。
「私はここに堕ちてから300年以上……この奇妙な生を生き続けています。数多の人と知り合い、見送って来たのです」
 僕はそう言う藤堂の横顔をこっそりと見る。静かな目をした男がそこにいた。
「あなたもまた私よりも先に逝くのでしょう。北条真帆も同じです」
「早く……楽に彼女を逝かせてやりたい、と思うのは自分勝手なのかな」
 藤堂はすぐには答えなかった。が、やがて静かに言葉を紡いだ。
「私には……解りませんね」
 
 
 病院に着き、北条真帆の見舞いだとナースセンターで用件を告げ……僕らは昨日の病室に来ていた。
 が、病室には誰も居なかった。
「どこかに行っているっぽい、な!?」
 言うと同時に、僕は横に突き飛ばされ、藤堂はベッドの上にダイブする。この変態め、真帆がいない隙にベッドの匂いを嗅ぐつもりか!??
 と思った瞬間――派手な銃声と共にベッドの綿が舞い上がる。
 な、なんだ???
 いや、何が起こっているのかは分かる。目の前で起こっている事だから理解出来る。が、しかし、何だ?
 北条真帆に似た少女が軽機関銃でベッドを……ベッドの裏に隠れた藤堂を撃ちまくっている。
 銃声に混じりキンキンと薬莢の落ちる音が鳴っている。いや、それは僕の幻想だったのかも知れない。銃声で耳が馬鹿になっていた。
 空になったマガジンを捨て、新たなマガジンを装着する。と同時に、二度目の掃射が始まった。
 昨日の夜に見せられた模擬弾の掃射なんて、子供騙しにしか思えない、本物の軽機関銃での掃射だった。
 弾丸はベッドを通り抜け、病室の床や壁を撃ち抜いて行く。まさに縦横無尽に撃ち抜いて、そこにはゴミ屑のような死体しか残っていないはずだった。
 二つ目のマガジンが捨てられる。まだ最初の軽機関銃の掃射から一分も経っていないのに、ベッドもその奥の窓も窓のカーテンも穴だらけだった。
 ガシャッと銃を鳴らし、マガジンが装着される。そして、その軽機関銃を肩に構え……北条真帆に似た少女は言う。
「一発も当たってないはずよ。隠れてないで出てきたら?」
 いや、普通に考えて、それはあり得ないだろう。と思った瞬間、僕は気付く。藤堂は穴だらけになったはずなのに血が一滴も落ちていない事に。
「昨日……気付いたんだけど、さ」
 あれだけの銃撃の後だというのに、にこやかに少女は言う。
「あたしって、けっこう気が短いみたいなんだよ、ねっ!」
 ねっと言うが早いか軽機関銃での掃射が始まる。今回はマガジンが空になると、あっさりと終わった。
 見ると彼女の後ろの方では看護婦さんや医者が集まり始めていた。
 ま、止めたいけど、こっちに銃口を向けられたくないってとこかな。その気持ちは良く分かる。僕も銃口を向けられたくないから、ここから動けずにいるくらいだし。
「まだ出て来てくれないのかな?」
「昨日に比べると、随分と御元気になられたようですね」
 ベッドの裏から藤堂の元気な声が響いた。ってか、やっぱ生きてるのかよ。蜂の巣になればいいのに。
「ん。まぁ、元気になっちゃいるけど……ってか、色々思い出したんだけど、さ」
 ゆっくりとベッドの裏から藤堂が顔を出す。どこから取り出したのか、紅茶の入ったカップを手に持っていた。
 優雅に紅茶を飲みつつ、藤堂は静かに言う。
「あなたが記憶を思い出す?それはおかしいでしょう。あなたが何かを思い出すはずが無い。何しろ、あなたには記憶が無いのですから」
 横倒しになったベッドの上に腰を落ち着け、長い足を見せびらかすように組む。
 ってか、何で無事なんだ?避けたのか?あれだけの銃撃を全て避けやがったのか?いや、それよりも……どっから出した。その紅茶は!
「いいや、思い出したんだよ。あたしと兄貴は……北条芳樹は、兄妹じゃない。本当の兄妹じゃないんだ」
 いや、ちょっと待て。って事は、こいつは北条真帆なのか?なんで縮んでいるんだ???
 昨日も小柄だったけど、もうちょっと身長とかあったよな?今はもう……どこから見ても子供だった。
「ほぅ、何を根拠にそれを言うんです?」
「根拠は……無いけど、あたしは……あたしは」
 急に真帆は口篭る。
「憶えている事を言ってみなさい」
「あたしは……兄貴に背負われていた。暗い街の中を背負われて進んでいた。兄貴の背中を温かいと思っていた。そして、その時に思ってたんだ」
「何を?」
「このまま……ここで…………この人の背中で……その、死ぬのも悪くないって」
 顔を真っ赤にしながら真帆は言う。
「だから、兄貴はあたしの兄じゃない。兄貴だけど兄じゃないんだっ!!」
 それで、と藤堂が訊く。
「あんたは嘘を吐いた。昨日、兄貴の様子が変だったのも……きっとそれが理由だ」
「ふむ。つまり、あなたは暗い町をお兄さんにおんぶされていた、と。その時に、このまま死んじゃってもいいなぁと思ったと?大好きなお兄ちゃんの背中で死ねるのなら幸

せだと?」
 藤堂の言いようが気に入らなかったんだろう。真帆はギリッと歯を噛み締める。ってか、耳まで真っ赤だった。
 そして、藤堂ははっきりと言う。それを言ってしまう。
「私が思うに……あなたのそれ、ただのブラコンですよ?」
 普通なら遠慮して言わない事を、躊躇わずにはっきりと藤堂四郎時貞は言い切った。と、同時に軽機関銃の掃射の音が響き渡った。
「うぁぁぁあああああっ!!」
 顔を真っ赤にして真帆は軽機関銃を撃ち続ける。が、藤堂は掃射と同時に背後の窓から姿を消していた。
「つまり、あなたは私が嘘を吐いたのが許せないと。あなたの兄である北条芳樹に嘘の片棒を担がせたのが許せないと言うのですね」
 どこからともなく藤堂の声が響く。
「ですが、残念ながら……あなたは北条芳樹さんの妹君ですよ。どんなに愛していても報われないのです。精々苦しみなさい、ブラコンのお嬢さん」
 はっはっはっと悪役のような高笑いと共に声は途切れる。
「チクショウ、逃がすかよっ!」
 軽機関銃を脇に構え、小学生にしか見えない真帆が窓枠に飛び乗る。
「地獄に落としてやるっ!!」
 いや、もう落ちてるし。ってか、着てるのは小学校の制服なんだろうか。見た事の無い制服だった。ってか、そんなとこに飛び乗るなよ。パンツ見えるぞ。と思ったら、し

っかりスカートの下は短パンを履いていた。
 真帆は藤堂を追い、病院横の林の中に消える。ってか、女子に追われる男って……昨日も見たよな?デジャヴュかよ。
 僕は二人の消えた林をぼんやりと眺め……ぽん、と肩の上に手を置かれる。
 ん、誰だ?と振り返ると、それは顔を引き攣らせた医者だった。
「今日、妹さん退院だからね。責任を持って、間違いなく、連れて帰って下さいね」
 僕には拒否権は無いようだった。ってか、ごめんなさい。
 
 
 藤堂を追う事を諦め、真帆が戻って来たのは……もう昼を回ってからだった。
 ワンピースタイプのセーラー服を着た真帆は、不貞腐れたように頬を膨らませ、八つ当たりのように僕に噛み付く。ってか、八つ当たりだろ、それ。
「兄貴はどうして、あんな変態野郎と一緒にいるのよっ!」
 開口一番、そう叫び気味に詰め寄った真帆に、僕は置いてあった学生鞄を軽く投げる。
「きゃっ!?」
 慌てて鞄に手を出すが、お手玉をしてから両手で鞄を抱き締める。
「自分で持てよ。今日で退院らしいから荷物をまとめて出て行くぞ。……っても、自分の荷物なんか無いか」
 真帆は、学生鞄の後ろに備え付けられたアタッチメントに軽機関銃を装着している。あれがホルスターの代わりか。
「夏実さんには連絡してあるから、このまま家に戻るぞ。腹も減ったしな」
「夏実さん?」
 真帆は首を傾げる。昨日の仕草と比べると、本当に自然と首を傾げたように見える。
「佐々木夏実さん。昨日話してただろ?boulangerie……パン屋の店主で僕らの家主だよ」
 あぁ、と返事をし、真帆は学生鞄を手に病室を見回す。
「忘れ物は無いか?」
 ぼんやりと立つ真帆に、僕は何となくそう聞いていた。
「……ん」
 短くそう答え、真帆が振り返る。
「じゃ、先生と看護婦さんに挨拶して行くか」
 言いながら僕は、あれだけの騒ぎの後に会ってくれるんだろうかと溜息混じりに思う。ってか、僕なら絶対にお断りするよな。
 
 先生は忙しいとか言われ、早々に病院を追い出された僕らだった。
 僕はやっぱりと思ったが、真帆の方はそうは思わなかったようで、ちょっと落ち込んでいた。
「……」
 落ち込んでも仕方がないだろ?とか言い掛けたが、僕は口を閉ざしている事にした。元気を取り戻されても鬱陶しいと思ったからだ。
 真帆には悪いが、このまま落ち込んでいてもらおう。その方が静かだしな。
 僕と真帆は無言のまま歩き続け、二番街のアーケードに近付く。
「やはり、女性をエスコートするなら……エスプリの効いたジョークを混ぜつつ、相手を飽きさせないようにしないと……」
「また出やがった」
 吐き捨てるように僕は言う。
「御挨拶だね。せっかく良い話を持って来たというのに」
「不用意に近付くと真帆に撃たれるぞ」
 って、何か真帆の様子が変だった。いや、軽機関銃で掃射ってのも変だけど。
「御心配には及びません。北条真帆さんとはもう協定を組んでいますからね」
 その真帆はつまらなさそうに明後日の方を向いていた。
「で、何のようだよ」
「はい。……そうですね。では、遠回しな言い方はせずに、単刀直入に本題に入りましょう」
 いや、その辺の会話がもう無駄なんだよな。
 藤堂は懐からピンバッチを取り出し、僕に差し出してくる。
「北条芳樹さん、あなたを生徒会副会長に任命します」
「だが、断る」
「断るの早っ!?」
 真帆が振り返りながら叫んでいた。ってか、やっぱ会話は聞いてるんだな。
「勿論、拒否権はありません。生徒会役員の不足はもう言ってあったはずですよね?その補充としての任命です」
 ピンバッチを指で弄びながら藤堂は続ける。
「他の生徒も何某かの役員をしてもらってます。北条真帆さんも同じ生徒会役員として登録されています」
「え?」
 真帆も登録されてるって?
 当の真帆は自分の名前が出たのに、関係無いと言いたげに背中を向けている。ってか、さっき叫んだときだけ振り返っていたんだな。
「北条真帆さんには高等部の生徒会で書記をしてもらいます。中学生が高校の生徒会で活動をするのは異例ですが……特例として認められました」
 いや、ちょっと待て。そういや、林から戻ったとき、真帆の制服の胸にはピンバッチが増えていなかったか?あれって、最初からあったか?
 僕は背中を向けている真帆をじっと見る。
「お前……僕を売ったな?」
 いや、この場合は買った(?)になるのか?
 真帆は僕との生徒会活動を条件に藤堂への報復を取り止めにした、と言う事か?
「ささ、このピンバッチを受け取り、生徒会副会長として活動をすると約束して下さい。……私の生命が掛かっているのです」
「ふざけるなっ!!」
「ふざけていません。大真面目です。あなたに生徒会副会長をしてもらうのは、それが一番問題が無いと判断されたからです」
 真面目な顔で藤堂は続ける。
「本来、あなた方兄妹は学園で保護されるべきでした。だが、今回の遠征で大半の生徒の損失……そして、未曾有の大災厄の可能性、それらを回避する術を御教えする時間が

無いのです」
 は?未曾有の大災厄???
「ですから、生徒会役員の仕事を通じてそれらの災厄を」
「いや、ちょっと待てよ。大災厄って何だよ?」
 藤堂は僕から視線を外す。
「それは言えません。生徒会の活動資金に対する監査が入るなんて言ったら、あなたは絶対に断るはずですからね」
「いや、言ってるじゃん。ってか、大災厄って会計監査なの?」
「風紀委員の監査が入るんですよ」
 知らねえし。
「ってか、あのお子様頭の連中なら問題はないだろ?」
 風紀委員なんか馬鹿ばっかじゃん。
「それが監査官は別名チートさんと言われ、全校生徒から恐れられているのです」
「ふぅん。ってか、監査も生徒会の仕事も僕には関係ないだろ?」
 藤堂がにやりと頬を歪める。が、その笑みの意味を僕は読み違えていた。
「僕の事は諦めてくれ。ってか、知らないよ、そんな面倒臭い事なんか」
 僕は藤堂に背中を向ける。
「生徒会役員を断ると?」
「しつこいな。僕は断るって最初に言ったぞ」
「あ、」
 真帆が怯えたように声を漏らす。が、そんな事は僕の知った事じゃない。一緒に生徒会の仕事がしたいなんて甘えているんだよ。
 僕は真帆と藤堂に背を向け、二番街へと入……り掛け、ザシャッと複数の砂を踏む音に振り返る。
 そこには……八人の風紀委員が軽機関銃を構えていた。
「な!?」
 はっと二番街の方を見ると、そこにも四人の風紀委員がいた。
 僕は完全に包囲されていた。
「いや、ちょっと待てよ。何で風紀委員が僕を狙っているんだよ?」
「勿論、あなたが生徒会役員の仕事を断ったからですよ。言ったはずですよ……全ての生徒は何某かの生徒会役員をしている、と」
 何で生徒会役員を断ったくらいで風紀委員が出てくるんだよ。
「お忘れですか?ここは、地獄ですよ。楽で平和な学園生活など無いのです。全てのものは我が身を削り、他のものに奉仕をするのですよ」
 ゆっくりと藤堂は前に出る。
「そして、それらの事には拒否権は無いのです。絶対に、避けられない事なのですよ」
「ふ、ふざけなよ。何で僕がそんな……生徒会副会長なんかしないといけないんだよ」
 勿論、藤堂は歌うように言う。
「それがあなたの贖罪だからです。何にも奉仕をせずに数多の罪を重ねて来た罰です。さあ、悔い改めなさい」
 風紀委員に押し倒され、僕は後ろ手に手錠を掛けられる。そのまま今度は無理やり立たされる。
「くそっ!離せよ。……痛っ」
 前屈みになっていた姿勢を正すのに腰に膝蹴りを入れられる。
「これは生徒会役員のピンバッチです」
 制服の胸ポケットにピンバッチを落とされる。
「連れて行けっ!!」
 どこからか滑り込んで来たジープが派手なブレーキ音を残し、急停車をする。
 開かれた後部のドアに僕は放り込まれる。
「……しかし、貴様も中々の好き者だな。今朝、開放してやったばかりだろうに。もう我慢が出来ないってか?我々の責めの味が忘れられないのかい?」
 護送用のジープの中では、あのSっぽい風紀委員が鞭を手にいやらしく笑っていた。
「北条真帆さんは私が責任を持って『boulangerie』まで御送りしますので、御心配なく」
 ドアが閉じられる前に藤堂が鮮やかに礼をする。
「チクショウッ!!!騙されるなっ!あいつだ。あの野郎が変態の藤堂なんだ!僕じゃない!僕は無実だ。僕はあいつに……藤堂に嵌められたんだぁぁあああ!!!」
 声の限りに叫ぶが、風紀委員は涼しい顔で微笑んでいる。
「そうか。……嵌められたのか。可哀想になぁ。だが、ここでそれを証明する事は出来ないんじゃないのかい?」
 鞭でゆっくりと僕の顎を持ち上げながら風紀委員は言う。
「お前の罪をゆっくりと聞かせてもらうよ。……ゆっくりと、ね」
 昨日も何かこんな事をしていたような気がしてくる。
 まさか、また風紀委員の詰所に連れて行かれたら……藤堂が逆さ吊りにされているんじゃないだろうな?
 無限に続くそんな地獄が僕の脳裏に浮かび上がる。
 激しいデジャヴュのような眩暈に襲われ、僕は目の前が真っ暗になる。
 正直に言おう。僕は風紀委員による拷問が恐ろしかった。ってか、模擬弾で股間を掃射されるのだけは勘弁して下さい。