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scene-15
不快な目覚めだった。
目を閉じたまま、僕はその不愉快な朝に口をへの字に曲げる。
窮屈さを感じていた。
思うように身体が動かせない。
腕が拘束されている。それに、足もだ。
両腕を上げた状態で固定されている。足もベッドの柵に拘束されている。
膝を曲げようとするとほんの少し動くだけで、すぐに手錠のような金具が足首に食い込む。
動けないことは忌々しいが、これをやったヤツの予想はついているので、別に焦る必要はないだろう。
しかし、嫌な夢を見たな。
何でかは分からないけど、佐倉が僕を指差して笑っている夢だった。それこそ涙が出るほどの大笑いだった。
ほんと、あいつは笑い過ぎて泣いていたからな。それなのに僕は不貞腐れているだけで何も言い返さないでいた。
あいつが何を笑っていたのかは思い出せない。……けど、あいつがあんなに嬉しそうに笑っているんだから、きっと面白い事があったんだろう。
そんなことを考えながら、僕は薄い笑みを浮かべる。
夢の時間は終わりだ。さあ、もう起きよう、と目を開き……「眩しっ」と目を再び閉じ、うつ伏せになろうとした。
しかし、手足を固定する錠のせいで身動きが取れない。動ける範囲で身を捩り、日光から避けようとする……が、奇妙な違和感を感じて動きを止める。
ベッドの足元がすべすべだったのだ。
目を閉じ、眉間に縦皺を入れたまま、もう一度だけ足を動かしてみる。
やはり、足に感じるシーツの感触は滑らかで……いや、違う!僕の足が、足の方が滑らかなんだ。
毛深い方じゃないけど、それでもあった毛脛の感触が全く無くなっていた。
僕は自分の足を確かめようと足元に目を向ける。腕を固定されているから、下を向くにも限界はあるけど、それでも少しでもよく見ようと上半身を起こす。
小さな足が見えた。形のいい小指の爪が印象的だった。足首が目に入る。足首を固定しているのは、予想通り手錠だった。無機質な銀色の金具が冷たそうだった。
細い太腿が、白いショーツが、滑らかな腹部が見える。でも、僕は何を見ているんだ?何を見せられているんだ?
くそっ、小便がしたい。トイレに行かなきゃ、もう限界だ。
太腿を寄り合わせようとして、僕は今更のように気付く。
無いのだ。股間にあるべきものが……無いのだ。思わず、本当に漏らしそうになる。
手を股間にやろうとして、ガシャッと手錠がなる。
僕は救いを求めるように自分の腕を……細くしなやかな手を見上げる。
ぼ、僕の腕はこんなに細くないぞ?
身を捩る。何か微かな膨らみが胸の上にある。
そこまで来て、ようやく僕は違和感の理由を知る。
背中に長い髪を敷いていた。腰の厚みが普段と違う。明らかにベッドが広過ぎる。っていうか、僕の目じゃない。僕の目はこんなにくっきりと見えていなかった。
何でこんな事になっているのか?何が、誰がやった?
決まっている。誰がやったか一目瞭然だ。僕はその犯人の名を地獄の窯が開いたような声で叫ぶ。
「く、つ……ふぃっ!??」
声を出しかけて、慌てて口を閉じる。自分の声に驚く日が来るとは思ってなかった。って、何でこんなに声が高いんだよ。
しかし、朽木はどこにいるんだ?
僕は保健室の中をベッドに縛られていた。その状態で、見れる範囲だけ確認をする。けれど、朽木の姿はどこにも見えなかった。
どうやったかは理解できないけど、僕の意識は女の子の身体に入れられているのは間違いない。
先ずは、僕の身体の安全を確保しなければいけない。現状をどうするかは、その後でいい。
意識の無くなった僕の体はもう捨てましたとか、あいつなら平気で言いかねない。
早急に僕は自分の肉体を取り戻さないといけない。
あいつが来たら……先ずは僕が怒っているってのを悟られちゃいけない。
下手に出て、この手錠を外させないと交渉になりゃしない。
あれ、そういや、武器はどこだ?アレがないともっと落ち着かない気分になるのに……と、そのときガラッと保健室のドアが引かれた。
ここからは見えなけれど、誰かが保健室に入って来た。
「朽木か?」
鈴の鳴るような声で僕は声を掛ける。
「……起きたのか?」
ひょこっと顔を出した朽木の顔を見て、僕はおしっこが漏れるほど大爆笑した。いや、耐えたけど。
「ぎゃははははははははははっ!!な、なに、どうしたんだ?それ。その頭って、部分的にモロ剥げじゃん。な、何で、あははは、自分でしたのかよっ」
「あぁ、自分でやった。しかも、大失敗だ」
刈り残しのある坊主頭をぺしっと叩き、朽木は大袈裟に溜息を吐く。
「ま、それはいいからさ。この手錠を外してくれよ」
僕がそう言うと朽木は真面目な顔をしてこっちを見る。
「っていうか、僕はトイレに行きたいんだよ。お前の所為でさっきまであった余裕も無くなっちまったんだ。さっさと外せ。でないとここで漏らすぞ」
じっと僕を見て、朽木はぼそっと呟く。
「暴れるなよ」
「知るかっ」
朽木は手錠を外しに僕の足元に近付く。この頭を思いっ切り蹴っ飛ばしたら気分がいいだろうな。いい感じの丸さだし、この禿茶瓶。
先ずは慎重に足の手錠を外し、僕の上半身に身体を被せるように腕の錠を外す。朽木が離れるのを待ってから、僕は上半身を起こす。
僕は小さな手で細い足首を摩りながら、目を細めて朽木を見る。
「んじゃ行って来る」
ベッドを下り、ショーツとTシャツのまま保健室を出る。
「部屋を出て、右手の奥に職員用のトイレがある。そっちは洋式だから少しは楽だろう」
その言葉にイラッとしながら、僕は生返事だけを返す。
ずいぶんと視点が低いな。窓の高さで身長を予想しながら僕はそんな事を考えていた。廊下の天井も遠いし、違和感があり過ぎる。
何となく巨人の国に迷い込んだみたいな気持だった。
朽木の言葉通りに職員用のトイレへ行く。サンダルに足を突っ込み、からんからんと足を鳴らしながら、トイレの奥へ進む。
職員用も男子と女子に別れていた。女子トイレは和式が並んでいて、その奥の一つだけ洋式トイレがあった。
「一応、掃除はしてあるっぽいな」
便座を指で拭い僕は呟く。が、一応トイレットペーパーで便座を拭いてから座った。
「冷たっ」
僕に洋式トイレを奨めるんだったら便座カバーくらい用意しとけよ。
「ふぃ〜」
天井を見ながら安堵の息を吐く。そういや、トイレの天井って初めて見た気がする。
用を足し、手を洗おうと鏡の前に立つ。
鏡の中の少女は、僕には端正な顔立ちだが愛想の欠片もない……そんな風に見えた。
いや、愛想がないのは僕の性格の所為だな。
淡い髪の色に琥珀色の瞳が印象的だった。美少女と言えなくもないが、僕の好みじゃなかった。
手を洗い、ついでに顔を洗う。面倒だったので、Tシャツの裾で顔を拭く。
保健室に戻ると、朽木が土下座をしていた。ので、その頭を足の裏で、ドガッと床に額が付くように踏み込む。
「何の真似だ?」
あ、ちゃんと冷たい感じの声も出るんだ。
「いや、普通は頭を踏み潰しながら聞くのはおかしいだろ?」
黙ったまま僕は足の位置を微妙に変える。はっきり言って、こいつの頭はかなりくすぐったい。
「二度、言わすなよ」
たっぷりと間を置いて、朽木は一気に話し出した。
「すまん。計算違いだったんだ。こんなはずじゃなかったんだ。だから、俺も頭を丸めて反省をしているし、必要なら仲間の野郎を全員坊主刈りにしてもいい」
それを聞き、僕の足はギリッと朽木の頭に力を加える。
「何が計算違いだったんだ?」
「せ、説明するから……これ、足を」
「ダメだ。このままで説明しろ」
踏み込む力は緩めず、僕は朽木に説明を求める。朽木は一泊置き、すらすらと話し出した。
「俺の……俺達の考えでは、お前の体は雄型になるはずだったんだ」
は?何を言ってるんだ???
「あー、俺の左腕……気付いてるかも知れないが、右と性能がかなり違う」
「さっきから何を言ってるんだ?」
僕の言葉を無視して朽木は話を続ける。
「実は、俺の左腕は自分の腕じゃないんだ。ここに堕ちた日、俺達を迎えに来た生徒がまた鈍臭いヤツで、まともに拳銃やゾンビの説明をする前にあっさり死にやがった」
「……」
「俺達は右も左も分からないまま逃げ出すしかなかった。マジで阿鼻叫喚ってヤツさ。必死で逃げる中、俺は腕を齧られた。はっきり言って、ビビったね。普通に考えればゾンビに齧られたら終わりだからな」
「ま、説明をされなきゃ喰われたら伝染すると思うからな。しかし、そうなるとお前の腕は……」
「代用品だよ。俺の本来の腕は、あの日に引き千切っちまった」
床に着いたままの左手に目をやる。
「今の俺の腕は……風紀委員の、獄卒の腕だ。だが、見た目は普通の腕と変わらんよ。何なら腕を捲って確かめて見るか?」
「そんな汚え腕を見せるな。変態め。ってか、それが今の現状とどんな関係がある?」
「獄卒の臓器や四肢は移植された際、宿主である元々の肉体に擬態する。……俺達はそう考えていた。お前に関しては容姿は多少変わっても、基本である性別まで変わ――ッ!」
ダンッ!と床を踏み抜く。と、同時に朽木は左腕で僕の足を払って抜け出していた。そして間髪入れずに僕との間に距離を置く。
「朽木……僕の身体はどこだ?」
抜け出た朽木は僕と向き合う。しかし、身長差の所為で僕はあいつを見上げる形になった。その事実に歯を鳴らしそうになる。
「代わりの頭蓋を入れ、捨てた」
「代わりの頭蓋?」
捨てたと言われた事実よりも、僕はそっちの言葉に反応していた。
「その身体に元々入っていた物だ。風紀委員の頭蓋を入れて、出島から遠すぎない場所に捨てた。そして、ゾンビに襲わせた」
その言葉に僕は自分の――風紀委員のものだった――頬に触れる。
「い、いや、違う!あり得ない。そもそもお前に、お前らにそんな手術が出来るわけがない。そうだ。頭蓋の入れ替えって、言ってみれば脳移植じゃないか。そんなの僕の生きてた時代にだって不可能だったんだぞ」
「だが、獄卒の再生力があれば……可能だ。現にお前が今、生きてるだろう?」
朽木は自分の首の後ろを軽く叩く。
「お前は風紀委員の頸椎を移植されていた。だから俺はその頸椎を目印に頭蓋を切り離し、頭蓋を取り出した。……案外、簡単だったぜ」
朽木はにやりと笑うが、僕は正直に言うと吐きそうな気分だった。
「でも、何で……サイズ!頭のサイズが違うじゃないかっ!僕の頭はもっと」
「あぁ、だから凄い音がしてたぞ。首を繋ぐとすぐに頭皮の傷が塞がり出して、メキャッとかベキッとか派手な音がしてな。いや、ほんと失敗したかと思ったぜ」
嬉しそうに話す朽木から視線を外し、僕は口を手で覆う。マジで吐きそうだった。
「僕の……身体はどうなったんだ?」
「まだそのままだな。出島は死体の搬入が禁止されているし、ゾンビがうろついている街中で死体の埋葬なんか不可能だしな。死体はまだそのままだ」
僕は吐き気を抑え、朽木に向き直って言う。
「その死体の場所に案内してくれないか?」
朽木は散切り頭をガリガリと掻き、視線を外す。
「あまり気分のいいもんじゃないぞ」
「それでも、見ておきたいんだ」
大袈裟に溜息を吐き、朽木は言う。
「分かった。案内しよう。だが、その前に……腹ごしらえが先だ。昨日から何も食ってないだろう」
そう言って、朽木は保健室の机の上にコンビニ袋を開ける。
どさどさと落ちる菓子パンの山を見て、僕は憂鬱な気分になる。
「何でそんな甘そうなパンばっかりなんだよ?」
「いいじゃん。アンパンは美味いぞ。それか甘いのは嫌いなのか?」
禿茶瓶は袋から出したアンパンを咥えながら言う。
「甘いとかじゃなくと安物のパンが嫌いなんだよ」
「贅沢は敵だぞ」
禿げの朽木は飲み物もなしにアンパンを食べている。その姿はどことなく……爺さんっぽかった。
朽木が僕を案内したのは古い六階建てのビルで、それは意外なほど近くにあった。
「あそこだ」
朽木はビルの隙間を指差し言う。
「お前の目なら見えるだろう?」
朽木の指差す方に顔を向け、トイレのサンダルをからんと鳴らし、僕は一歩だけ前に出る。
「靴が片方脱げた下半身が倒れているのは見えるけど……」
これで何を判断しろと?
「見張りなんかは付いていないが、それでも誰かに見られる可能性を考えると……この距離が限界なんだ」
「誰に見られるってんだよ」
「風紀委員は橋の上で監視をしているからな」
でも、ここは橋から見えないはずなのにな。何を神経質になってんだか。
そう思いながら僕はその景色から背を向ける。
「行くのか?」
「行くよ。場所はわかったし、僕が一人で行く分には問題はないだろ?」
背中を向けていても朽木が古い映画みたいに肩を寄せているのが分かった。
見なくても空気の流れで背後がどうなっているのか理解できた。
僕は足を止め、大きく溜息を吐く。
「そういや、ここに堕ちた日……ビルから飛び降りたよな?」
「は?」
振り返る朽木が見たのは自分を霞め走り去る僕の姿だけだったろう。
ダンッ!と足を踏み出し、屋上のフェンスの上に立つ。
長くなった僕の髪が遊ぶように風に舞う。
背後で朽木は動きを止める。何かを期待するように大きく目を開いて見ている。
ふっと零れた笑みを髪で隠す。お前が見たかったのは、この姿だろう?
足首の力だけで僕は5m以上飛び、眼窩に広がる世界を抱くように両腕を広げる。
「気が済んだか?」
鼻血を出しながら転がった僕に対する第一声が、これだった。
「普通はもっと心配しないか?」
「して欲しかったのか?」
口をへの字に曲げて僕は空を見る。その端っこに笑っている散切り頭の朽木がいる。
ちなみに僕の横には六階からのダイブを受け止めた自動車が大破していた。
「立てるか?」
「んなわけねえだろ。六階から飛び降りたんだぞ、こっちは」
「そんな事は知らんよ。お前が勝手に飛び降りたんだ。そもそも大丈夫だって確信があって飛び降りたんじゃないのか?」
僕の顔を覗き込む朽木から視線を逸らす。それに、と朽木は呆れたように言う。
「まともに服も着てないのに、その格好で行く気かよ」
「Tシャツとショーツ一枚のどこが悪い。ってか、連れ出したのはお前だろうが」
「半裸族かよ。ってか、マジで動けないのか?助けがいるか?誰か呼ぼうか?」
「呼ばなくていい」
身体を起こし、鼻血を手で擦る。
「お前さ、せっかく女の子になったんだから、もうちょっと淑やかにできんか?」
「中身が僕だって知ってて、御淑やかにねえ。……逆に気持ち悪いだろ?」
僕は左足を右足に添え、右手で身体を支えるように座る。ついでに腰をやや後ろに引いてやる。
左手で鼻をもう一度擦り、それを朽木に見せる。
「鼻血、出ちゃった」
上目遣いで、可愛い声でそう呟く。
それを見た朽木は怖気に震える。僕から目を逸らし、自分の身体を抱き締める。
「これでいいのか?」
立ち上がりながら僕は聞く。
まだ震えている朽木に鼻を鳴らし、僕は自分の死体に向き合う。
細い路地の向こうに僕の死体があった。
頭が完全に喰われている。それと胴体の中心が無くなっていた。他にもところどころ喰われているが、損傷が激しいのはその二箇所だった。
「普通は一週間を待たずに死体は消える。だが、お前の死体はこちらで処理をしようと思っている」
死体は……普通に死体だった。自分の死体ならまた何か違う感想でもあるかなと思ってたけど、何も僕は感じていなかった。
「腐敗はしないんだな」
「目立った腐敗はない。だが、それは他の死体も同じだよ。腐敗は普通よりゆっくりと進むんだ」
それでも傷口はもう乾いている。死体の傍の血痕は少ない。
「死体の……」
「ん?」
「死体の処理はどうやるんだ?焼くのか?」
「いや、捨てるだけだが」
「捨てる?」
「この世界の果て……境界線って言ってもいいかも知れないな。ま、終点って呼ばれている場所があるんだ。そこに捨てる予定だ」
ふぅんと僕は生返事だけを残して背中を向ける。
「もういいのか?」
「ちょっと見たかっただけだし……飽きた」
そして数歩進んでから僕は朽木を振り返り言う。
「これ、どっちに帰ればいいんだ?」
「嬉しそうに飛ぶから帰り道が分からなくなるんだよ」
呆れたように朽木は顔を歪めた。
小学校まで戻って来た僕は、保健室には帰らず運動場に足を向けた。
校舎を背にする形で半分埋められたタイヤに腰を下ろす。
朽木はそんな僕を監視するように後を歩いている。
「やっぱ早くその頭は何とかしろよ」
「あぁ、今日にでも散髪屋に行って来る」
僕らは短い会話を重ねる。
ずるずるとタイヤから滑り落ちて、僕は地べたに座り込む。
「藤堂と那々志……それに断罪の執行者か」
名前を呟きながら僕は地面にそれぞれ下手な似顔絵を描く。
藤堂の顔、那々志の黒い布で覆われた顔、断罪の執行者の面……それらを顔に×を入れて行く。
「この三人を殺して、本当に元に戻ると思うのか?」
「なんだ、あの話を覚えているのか?」
「忘れる訳がないだろ。少なくとも僕は僕にあの女を殺させたヤツを許さない。それ相応の報いは受けさせるさ」
その女が誰だか思い出せないがな。女の名を思い出せない事実にギリッと歯を鳴らす。
「夏実」
小さく朽木が呟く。
「佐々木夏実だよ。お前は佐々木夏実の敵を討ちたいと思っているんだ」
そうだ。彼女の名は佐々木夏実だった。
「でも、それだけ覚えているのなら話は早いな」
朽木は僕に向き直り言う。
「その三人の前に……お前には殺して欲しいヤツがいる」
「ヤダね」
あっさりと躊躇なくそう答える。
「いや、ちょっとは迷えよ」
「迷わねえよ」
僕は顔を歪め言う。
「藤堂を殺すのは僕の勝手だ。それに那々志と断罪の執行者は……まぁ、ついでだ。でも、そいつは関係ないだろ。無関係なヤツを殺す筋合いは無いね」
「無関係……じゃない」
「あぁ?」
朽木を睨み付ける。
「むしろそいつを殺すのはお前の責任だ」
何を言っているんだ?
「藤堂ら三人を殺す前に、お前には北条真帆を殺して貰いたい」
「へ?」
思わず間抜けな声が出ていた。
「な、なんであいつの名前がここに出てくるんだよ?」
仮の妹の幼い顔を思い出しながら、僅かに僕は首を傾げる。あんなのただのちびっ子だろ?
「北条真帆は化け物だからな。常人では対処が不可能だ。だから、お前に頼みたいんだが?」
「身体的に小学生並みのアイツが何で化け物なんだよ。それに対処って何の?」
「勿論、戦闘時の対処だ」
朽木は迷わず答える。
「北条真帆は再生の際、本人の脳の一部と臓器の一部分だけが使われている……つまり、お前以上に風紀委員に、獄卒に近い存在なんだよ」
違うだろ?僕は声に出さずに囁く。
「獄卒の身体能力は知っての通りだ。並みの人間には不可能に決まっているだろ」
「だけど。アイツはただのちびっ子だろ?」
「違う。あの子は自由意志で動く風紀委員だ。それにあの子は絶対に藤堂らに付く」
「何で、そんな事言い切れるんだ」
「あの子は人間の振りをしていても獄卒なんだよ。風紀を守り規律を押し付ける存在なんだよ。藤堂らの死はこの世界を崩壊する引き金かも知れないんだぞ」
「だから、真帆は藤堂に付くってか」
この世界を守るために。
妹の真帆の顔を思い浮かべながら僕は考える。あいつを殺す?
なんで僕が真帆を殺さなくちゃならないんだよ。風紀委員の能力とか知らんし。
「やっぱ嫌だ。妹は殺せない」
「そうか」
え?そんなにあっさり引くの?
「無理強いは出来ないしな。っていうか、殺したくないって言ってるのに無理に殺せって言ってもな」
そう言って朽木は不器用に笑う。
「……むっちゃ怒ってる?」
「怒ってない。ちょっと困っているだけだ」
朽木は机の上の余っているパンを漁る。
「まだ食べるのかよ」
「いや、なんて言うか。まぁ暇だからな」
「暇潰しにお前はパンを食うのかよ」
「生前は健康の為とか言って食事制限されてたからな。せっかく死んだんだから食える時に食わなきゃな」
「いや、食事制限は続けろよ。地獄だろ、ここ」
朽木は僕を無視するようにパンを貪り食っている。
慌てなくても盗らないっての。
「あ、そうだ」
「ん?」
「髪を綺麗に切れる子知らないか?」
思い出したみたいに僕は言う。
「なんかロングってのは気味が悪くて……短くしたいんだが」
「似合っていると思うが?」
「似合う似合わないの問題じゃなくて切りたいんだよ」
少し考え、朽木は大きく頷く。
「わかった。器用な子に声を掛けてみるわ。と、それと」
朽木は続けて言う。
「お前の呼び名はシゴでいいか?さすがに前の名はヤバイだろ」
「シゴ?」
名前にはしては変わった響きの言葉だった。
「45番目の……実験体だったからな。風紀委員への脳移植は」
45人も試したのか。ってか、過去に45人殺しているってことだよな?
「まぁ、何でもいいけど」
「じゃ、今後はお前の呼び名はシゴでいくぞ」
呼び名なんか何でもいいだろうと思うんだがな。
そして朽木は更にパンを掴み取る。っていうか、まだ食べるのか。太るぞ、この禿茶瓶め。