Act−002
 
 達也から連絡を貰ったのは、今日だった。
 急な話である。しかし、女子(可愛い。ここ重要)とのカラオケだと言われて断れるだろうか。
 否、である。
 俺は喜々として待ち合わせの駅前に立っている。そう……女子との触れ合いなんか滅多に無いんだから、この際友達になりたいとか連絡先を、何て贅沢は言わない。
 普通に楽しい時間を過ごしたい、ってのが本音だった。
 
 待ち合わせの時間には、まだ少し余裕があったのに、俺の顔を見た達也は開口一番「すまん」と手を合わせてきた。
 疑問に思ったが、それは口にせず、俺は連れの女性をさり気無く観察する。
 ロングヘアーに勝気な瞳・・・…って、泰葉は小学校からの顔見知りだから、今更って言うか、相変わらず付き合ってるのかどうか微妙な関係を続けているのか、こいつら。言やぁ落ちると思うんだけどなぁ。ま、達也は俺や周りの奴にも自分の気持ちってのを絶対に言わないから、それは無理か。
「ども。って、そっちの子は、初めましてだよね?」
 俺の顔を見ながら、こっくりと頷く子を見ながら俺は思う。
 耳が出るくらいのショートに猫のような印象を見る者に与える外観。全体に華奢な所為と泰葉の後ろに隠れるように……
「……へじめまして」
 噛んだ!今絶対に噛んだ!!くそっ、ポイント高いぞ、この女の子。この見た目にこのシチュエーション。これはあれか?紹介とか言うアレなイベント発生中か?
「何噛んでるのよ。もう、ちゃんとしなさいよ」
「……噛んでない」
 しかも、否定した!そっぽ向いてるのも、ちょっと照れてるのも俺的には可愛く見えるぞ、チクショウ!!
 どう言う訳か、終始すまなそうな顔をしている達也の肩に腕を回して耳元に囁く。
「何だよ、滅茶苦茶可愛いじゃんかよ」
 俺の顔から視線を外して、達也は呟くように言う。
「……すまん」
「はぁ?あ、紹介とかじゃないからか?気にしないって。こんな可愛い子とカラオケに行けるんなら文句なんか無いっての」
「そうか?お前が、そう言うなら……」
 良いとか何とかごちゃごちゃ言っていたが、俺は全く気にしなかった。
 俺は達也の肩から腕を放し、彼女達に振り返る。
「自己紹介がまだだったよね。俺は耕太。古川耕太って言います。ま、軽く耕太って呼んでやって下さい」
「何気さくなキャラを演じてるのよ。似合わないわよ。でも、あれね……あんたなんか耕太で十分なんじゃない?」
 相変わらず空気を読まない泰葉が言っていたが、俺はまだ気付いていなかった。
 達也が一度も俺とは目を合わそうとしなかったのを……。
 
 カラオケに入ると達也は借りてきた猫のように広くは無い部屋の隅へと座った。って言うか、終始無口で何時もと調子が狂う。体調でも悪いのか?備え付けの内線電話で泰葉がドリンクを注文する時も適当な返事しかいないし……。でも、顔色とか普通だし、そもそも体調が悪かったら、こいつもカラオケには誘わないか。
 と、一曲目は……って、まだあの子の名前を聞いてなかったな。
 そんな事を考えていると、前奏が始まった。
 重く地を這うようなギターリフと派手なドラムの音がカラオケルームに響き渡る。はい?
 彼女は普通にマイクを構えて立っている。明るい曲調の……それこそアニソンでも歌い出しそうな顔をしている。泰葉が悪戯をして、無理矢理無茶な選曲を……ってのでもなさそうだった。
 彼女の一曲目は……デスメタルだった。
 いや、俺もその辺の曲は詳しくはないが、限界まで潰した喉から出る濁声はそれっぽい曲に聞こえた。
 と、呆然と聞き入っている間に曲は終わろうとしていた。俺は慌てて次の曲を入れる。
 歌い終わり、「……ども」と彼女は俺にマイクを渡す。俺は何も言わずにマイクを受け取る。って言うか、上手いですねとかお世辞を言うにも音階があっていたかも理解不可能だった。
 俺は普通の流行歌……アップテンポな軽い曲を、ちょっとラブソングっぽいのを歌う。
 しかし、彼女の選曲の後では、妙に幼稚な曲に聞こえる。いや、俺の選曲は間違ってないはずだ。
 ちらっと歌いながら、泰葉を見る。彼女は歌う気がないようで、カラオケルームに備え付けの自由帳に何かを書いている。その横では……
 物凄い勢いで、デスメタル(正しくは不明)を予約で入れ捲くりな彼女の姿があった。
 俺の背中を嫌な汗が濡らしていく。
 それは……俺一曲に、彼女十曲くらいの勢いだった。
 マイクを手にしたまま、達也を見ると……「すまん」と顔を背けたまま声を出さずに呟いていた。
 
 カラオケを終わり、俺達は解散した。
 正直、色んな意味で限界が来ていたからだ。
 別れ際に彼女は、「今日はありがとうございました。久し振りに思いっ切り歌えて気持ち良かったです」と言ったのが……救いと言えば、救いだろう。