Act −004
 
 深夜まで続いたバイトも終わり、俺は煙草を取り出し……火を着けた。
 場所は、コンビニのある表通りのすぐ裏手、ぶっちゃけコンビニの裏だ。
 煙草を燻らせつつ、今日一日の出来事を振り返る。って言っても、組織の連絡用の店なので、基本的に客は来ない。
 ……いや、そういや来たな、一人。無意識に世間の目から外れるはずの店舗に、ずぶの素人の女子高生が来やがった。
「僕の結界は強烈だからねぇ。……誰もお客が来ない、なんてこともあるはずだよ」
 おっさんの言葉を思い出し、俺は煙草の灰を携帯灰皿に落とす。
 誰も来ないはずの店に訪れた娘。
 強烈な呪術師……と言うより、おっさんの結界がちゃんと機能していなかった、と考えるべきなんだろう。いや、そうに違いない。でなきゃ、あの娘が結界を阻害する何かを持っていたとか、素人と見たのは俺の間違いで、どこかの術者ってことになる。
 俺は大人しそうな女子高生の容姿を思い出しながら、それは有り得ないと首を振る。
 あんな小娘が、常勝無敗の呪術師の結界を無効にするなんて……深夜アニメやラノベじゃあるまいし、有り得ないっての。
 携帯灰皿に煙草をもみ消しながら、俺は後ろのコンビニを振り返る。
 一応、言ってくべきか?
 そう思ったが、そんな必要は無いだろう、と前を向き直り、ポケットに手を突っ込んで歩き出す。
 いちいち、おっさんの結界の具合を連絡する必要も無いし、あの女子高生が術者だったとしても、すぐにどうこうある訳じゃないだろう。
 
 ガラ空きのファミレスで喫煙席を選び、俺は適当に席に座る。って、何でほぼ同時に入ってきた親子連れが、俺の席の真後ろに座るんだ?ちっちゃい子が一緒なら禁煙席に座れよ。子供が可愛くないのか?親としての配慮は、ここでは皆無ですか?って言うか、静かに飯を食いたいんですけど、俺は。
 年齢は一歳か二歳ぐらいの子供の無邪気な声を背後に聞きながら、俺は憂鬱な気分になる。
 今更席を替える訳にもいかず、俺はそのまま軽めの夕食とドリンクバーを注文し、恨めしげにガラガラの禁煙席に目を向ける。
 ちなみに、店はГ字型で、−が禁煙席、|が喫煙席に、それに二つが交わっている部分がレジとドリンクバーになっている。俺は喫煙席の二つ目のテーブルに座り、子供を連れた若い二人は喫煙側の一番手前に座っていだー
 ん?だー???
 不思議な声が聞こえ、俺は背後を見る。と、最低でも十五年は熟成を待たなければ賞味不可能な美少女未満が、フォークを片手にテーブルの背に這い登ろうとしていた。
「だーぅ?」
 にっこりと眩しい笑顔で言われ、俺は引き攣った笑みを浮かべる。
 子供の声が疑問系なのは理解できたが、そもそも何に対しての疑問なのかが解からなかった。
「こらっ。だめよ、あーちゃん、おいたしちゃ」
 まだ若いお母さんが、あーちゃんの背中を撫でながら「すいません」と優しそうに微笑んでくる。いいえ、と微笑み返し、あーちゃんの未来は明るいと俺は確信する。母親はめっちゃ美人で、あーちゃんはお母さん似だった。
 やったな、あーちゃん。と幼児に笑顔を向け、俺はドリンクバーでカプチーノを入れに行く。
 席に戻ると注文の品はすぐに来た。途中何度もあーちゃんに話し掛けられるも、俺は無視を貫く。……と、銀色の光が顔の横を通り過ぎた。
 へ?
 俺の反応にワンテンポ送れて、向かいの席で、派手な音を立てながらテーブルに突っ伏するスーツ姿の男の姿があった。
 銀色の、後頭部に突き刺さるフォークが妖しく光る。
 嬉しそうはしゃぎ、手を叩くあーちゃん。男と同席の、これも似たようなスーツ姿の男が静かに立ち上がる。
 え?……えぇぇぇっぇえぇぇええええええ!!?
 俺は驚愕に目を開き、後ろのあーちゃんと突っ伏したまま未だにぴくりともしない男を交互に見る。
「あらあら……もう、おいたはダメって言ったでしょ。あーちゃん、めっ」
 お母さんは、あーちゃんの頭をぺしっと優しく叩き、「すいません」と席を立つ。けど、おいたのレベルじゃねえ!フォークが頭に刺さってるよ。それに動いてないよ!
「元気なお子さんですね」
 立ち上がったおっさんも普通に相手してるし!いや、あんたの連れがヤバイだろ、それ。
「女の子なのにやんちゃで……ほんとに困っちゃうくらいで」
 お母さんも、突っ伏したおっさんを無視して世間話を始めてるし!!?それでいいのか?ほんとに、それでいいのか???と、世間話をするスーツ姿の男と目が合った。男は親指を立て、にかっと笑う。が、意味わかんねぇっての。
 男は雑談が長くなる前に、「では……」と、肩のゴミを払うかのような気軽さで、倒れたままの男の後頭部のフォークを引き抜く。
 ぐしっとか何か聞こえちゃいけない音が聞こえたんですけど?
 そのまま、まるで酒に酔った同僚を担ぐ気安さで、男の肩に手を回す。そこで初めてお母さんが心配そうに、肩に担がれた男を見た。
「あの……大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫でしょう。……いつもの事ですから」
 にこやかに男は言い、レジでもにこやかに救急車の手配を辞退していた。そのまま支払いを終え、店を後にする男……って、絶対に大丈夫じゃないだろう!!しかし、当人(連れの男)が大丈夫と言っているのに、無関係な俺が騒ぎ立てる訳にもいかず、そのまま成り行きを見守っていた。後ろでは、あーちゃんもしゅんとして見守っていた。
 席に戻ったお母さんがもう一度、「めっ」とあーちゃんに怒るとあーちゃんは半泣きになっていた。うん。半泣きで許されるレベルを超えてるよね?
 しかし、あーちゃんが静かになったのは一瞬で、その後も俺に意味不明な赤ちゃん言語で話し掛け続け来た。
 もちろん、その手に凶器が持たされる事は無かったが……。
 
 ファミレスを出て、俺は人通りの無くなった表通りを静かに歩く。
 さすがに、この時間になるとすれ違う車の数も少なくなる。と、そのときポケットの中で軽い振動を感じた。
 携帯に電話か?こんな時間に誰だ???と、俺はディスプレイの表示に目をやる。やって、後悔した。
 店のおっさんだった。
 気分がどん引きになるのを我慢して、そのまま足を止めずに液晶画面を見続ける。……呼び出しは続いている。
 仕方が無いか……。
 諦めたように溜息を吐き、俺は電話に出る。
「あ、良かった。出てくれたんだね。電話に出てくれないから、僕は嫌われちゃったのかと心配しちゃったよ」
「いや、この時間だと普通は寝てるって考えるでしょう」
 俺は呆れながら言う。
「う〜〜ん。でも、まだ家に帰ってないよね?ファミレスで軽めの食事をして……今は、つつじ通りを歩いてるくらいかなって思ったんだけど?」
「……」
 その場で歩くのをやめ、俺は静かに後ろを振り返る。……が、誰もいない。
「あははは。後ろを見ても、誰も居ないよ」
 見透かされたような事を言われ、俺は内心舌打ちをする。
「んで、どうしたんです、こんな時間に」
「あ、そうそう大事な事を忘れた。この用件を忘れたら僕は……三時間後にまた君に電話を掛けないといけないところだったよ」
「なんで三時間後なんだ。めっちゃ寝てるよ、その時間。ってか、いま言えよ」
 無駄にツッコミが多くなる俺だった。
「うん。結論から言うと、明日はバイトに来なくていいから」
「へ?」
「明日って言うか……二、三日かな?」
「いや、待って下さいよ。何でですか?」
 まさかクビか?店主を敬わないバイトなんかいらないとか???
「あ、クビとかじゃないからね。お店にさ、車が突っ込んじゃって……大爆発」
「はぁ!?」
「ま、大爆発は冗談だけど、お店が滅茶苦茶なのは事実だからね」
「って、大丈夫なんですか?」
「うん。僕もバイトの子も怪我は無いから。……しかし、まさか車が突っ込んで来るとはねぇ。あれじゃ、結界なんか意味無いよね」
 あっはっは。と、おっさんは楽しそうに笑った。けど、笑ってる余裕なんか無いだろう!
「じゃ、その頃にまた連絡するよ」
 俺が詳しい話を聞く前に、一方的に電話は切れた。
 ツー、ツー、と回線の切れた音を聞き、反射的に電話を見る……が、俺は諦めたように電話を閉じた。
 折り返し電話をするよりも、明日にでも電話を掛けた方が確実な事を聞けると判断したからだ。それにあのおっさんの事だ。俺からの電話だと面白がって出ない可能性がある。
 明日……誰か他のバイトにでも電話をして詳しく聞かせて貰おう。
 しかし、車が突っ込んで来ただって。……それだけだと事故の可能性もあるのか。確かに、おっさんの口調だと、敵対組織や教団からの……いや、あのおっさんの喋り方は当てにならない。やっぱり、明日にでも連絡を入れてみよう。
 と、その時、タイヤの軋む派手な音と共に、一台の車が大通りに飛び出した。
 そして、俺は見る。
 スリップ寸前の車の屋根の上に、一人の少女がいた。
 長い髪が風に乱し、少女は車の方に何かを叫ぶ。が、その内容までは俺には聞こえない。
 何だ!?
 と思った時には、もう少女が上に乗った車は通り過ぎていた。
 呆然と、俺は車が過ぎ去った大通りを見ていた。
 あれか……派手に頭のアレな人がアニメか何かの真似でもしているのか?
 実際に、事件に巻き込まれたら、あんな派手な事をしたりはいない。少なくとも、俺はした事が無い。って言うか、あんな派手な事をしていたら、すぐに警察が来てややこしい話になっちまう。
 信じられねえ。
 俺は小さく首を振り、今は人通りの少なくなった大通りを歩き出す。
 店が大破したらしいが……休んでいる間のバイト代は出るのか。そっちの方が、俺には問題だった。