西暦2014年。
 人類は、概念を物理的なエネルギーとする術を手に入れた。それにより、ある種の科学は過去と正反対の方向へ進み、また従来の科学もその恩恵を受け、画期的に発展しつつも低迷するというグダグダな状態に陥っていた。
 そもそも、概念を物理的な働きにする方法を得た理由が最悪である。
 それは唯一の人類の敵である、宇宙人の撃墜した兵器から手に入れたものだった。
 そう、西暦2014年、人類は宇宙からの侵略を受けていた。2011年のファースト・コンタクトは、宇宙人からの無条件の宣戦布告であり、彼らは、
「地球を侵略するあたり、現存する地球生命体は全て消去する」
 と、言い切った。
 当時、この声明は翻訳ミスではないか?と疑われたが、3年経った今でも、その真意は不明であった。
 しかし、侵略は事実であり、最初の侵略ポイントに東洋の島国であった日本が指名されたのも事実であり、実際に戦略的兵器である巨大ロボットが攻めて来たのも事実であった。
 緒戦の結果は……死傷者0人の完全敗北であった。
 敵兵器の概念攻撃により、人類の戦闘兵器は戦闘兵器ではなくなってしまったのである。
 戦うことの出来なくなった戦闘機は、ただ飛び回るだけで、地上兵器もまた地面を這い回るだけの存在と化していた。
 しかし、そこに恐怖は存在した。
 約一時間に渡る戦闘らしくない戦闘を行った後、敵ロボットは魔方陣に似たマーキングを自機を中心に半径50kmに展開し、その範囲内の全ての動植物を消去したのである。
 殺戮ではなく消去……その消滅は、死ではなく個別の生体への概念的消去であった。
 そして、生命体を全て失ったゴーストサークルの中には、何人たりとも立ち入ることは出来ず、一切の情報は不明なまま宇宙人の侵略地域と概念的に認定されていた。
 以後三年間、突発的に侵略は行われたが、被害は最小限に抑えられているとされていた。
 だが、しかし、地球がいまも確実に危機に瀕しているのは事実だった。
 
[萌えろ!合体美少女 茄子椰子]
第一話 舞い降りた運命の美少女 ―前編―
 
 成層圏亜音速で飛翔する地球軍日本支部の戦略飛行艇『空飛ぶ黒猫亭』のメインブリッジで、メイド服姿の少女が怒りの声を発していた。
「家に帰してよ!」
 その少女は猫っぽいつり目をさらに吊り上げ、腰に手を当てて、目の前に立つ白衣の男を睨み付けていた。
「どうして、あたしがこんなとこに連れられて来なきゃいけないのよ!?」
 白衣の男は、実験動物を見るような醒めた視線をメイド服の少女に向けている。そう、まるでその萌え度を測るかのように。
「何とか言ってよ、兄さん!」
 少女の兄である白衣の男は、怜悧な声で
芽衣。俺にはメイド萌えも妹属性も無いようだ。しかし、ツインテールは似合っているな。それは認めよう」
 と答えた。
「なに言ってるの???」
「花房博士」
 そのとき、女子中学生と思しきショートカットの少女を連れてメインブリッジに入って来た女性仕官が、後ろから白衣の男に声を掛けた。
「ん?」
 胡乱な目を背後に向け、花房博士は女性仕官とセーラー服の少女を交互に見る。
「七瀬あきら訓練生です」
 自分の名前を呼ばれた少女が、慌てて敬礼をする。が、その仕草自体まだ慣れていないのか、微妙に指先が曲がっていた。
「ほぅ」
 感心したように花房博士は顎に手を当てて、セーラー服の少女を見る。
 少女は敬礼をしたまま、博士の視線に耐え……徐々に赤面していった。彼女は敬礼したまま視線を外し、スカートから伸びた健康的な太腿を、もじもじと擦り合わせる。
「妹系は芽衣で十分だと思っていたが、これはこれでいいなぁ。しかし、なぜ彼女なんだ?」
 聞かれた女性仕官は、手元のクリップボードに目を落とし、
「七瀬あきら訓練生は、若干13歳でMITを卒業した天才少女で、普段は無口・無表情・無感動なのです。が、しかし、極度の緊張症で、特に男性の前では完全に舞い上がるタイプの妹系です」
「ほぅ、それはおもしろい。……もとい、頼もしい」
「それに……」
 女子仕官が言いよどむのを見て、花房博士は、軽く首を傾げ、
「言いたまえ」
 と、先を促す。
「はい。妹さんは私には妹属性ではなく。幼馴染属性に見えるので、七瀬あきら訓練生を同時に搭乗させても問題は無いと思いました」
「ふむ……自分の妹のことは、正確に属性を判断できないとした業界の常識は、この私にも当て嵌まっていたわけか。君、ちょっとこっちに来て、芽衣の横に並んでくれたまえ」
 花房博士に言われ、小走りにあきらは芽衣の横に移動する。
 わけがわからず、訝しげにあきらを見る芽衣の横に立ち、やはり、花房博士の視線が気になるのか、あきらはもじもじとした。
 二人を眺め、花房博士が、
「これで残りは……」
 と言い掛けたところで、パニックを起こした女性の悲鳴が騒々しくメインブリッジに響き渡った。
「な、なななななな……なんなんですか?なんなんですか?どうして、あたしがこんなとろに……あ、花房博士」
 男性仕官に両脇から抱え上げられ、半泣きになっていたナース服の女性は、花房博士を見ると、きょとんとした表情で動きを止めた。そして、徐々にその頬を赤く染めた。
「やぁ、九条沙希君。君も……来たのかね?」
 今までの流れからすると、どう見ても、この花房博士が少女たちを集めていたようにしか見えないのに、彼は九条沙希を見て、迷惑そうな態度で、そう言った。
 芽衣、あきらと並んで立つその横に、九条沙希は下ろされた……が、腰から下の力が抜け切っているので、床にぺたんと座ることになる。
「ふんっ。これで全員揃ったことになるな。では、説明に入る。メインディスプレイにNUSCOCONATS‐MarkⅡの映像を……」
「ちょっと待ってよ!」
 そこで三人横一列に並んでいた立ち位置から、一歩前に出て、芽衣が叫んだ。
「これって、どういうことよ!?」
「それを今から説明するんだ。どうして、お前は人の話を大人しく聞けないんだ?」
 露骨に馬鹿にした態度で、花房博士は芽衣たちの後ろにある巨大スクリーンを指差す。
「見たまえ。これが君たちの搭乗するNUSCOCONATS‐MarkⅡの各ユニットだ」
 花房博士がレーザーポインタで説明を始めた瞬間、全てのディスプレイがEMERGENCYの文字を描き出し、警告音が鳴り響く。
「何事だ!!」
 花房博士の叫びに、壁面に座った通信兵の少女が答える。
成層圏を突入した未確認飛行物体を捕捉しました。敵機動兵器と見られます」
 花房博士は、バシッと額を叩き、
「なんてこった!!」
 と叫んだ。
「これから三時間に渡るNUSCOCONATS‐MarkⅡの説明に入るつもりだったのに!説明文を丸暗記した私の立場は、どうなる!?」
「なに?宇宙人、また来るの?」
 芽衣がリラックスして、横に立つあきらに聞いた。
「……」
 が、あきらは視線をやや下に向けたまま、何も答えなかった。ただ、思い出したように、ちらっと視線を通信兵の少女に向け、元に戻す。
 この、芽衣がリラックスしているのには理由があった。
 宇宙人の侵略を受けたゴーストサークル内の動植物は、全て概念的に消去されただけで、まだ『ある意味、生きている』とされていたからだった。つまり、一部地域が出入り不可能になり、そこに住んでいた人とも音信普通になっただけ……これが、世間一般の認識であった。
「あきら。九条君。君たちは女子力エンジンの基礎は理解しているな。ならば、再度説明をする必要は無いな」
 頷く二人を見て、花房博士は、
「君たちは、それぞれユニットに急げ!芽衣には道すがら私が説明する」
 と言い、芽衣の腕を掴み、花房博士は、強引に歩き出した。
「え?なに???痛いっ!痛いってば!!引っ張んな!馬鹿兄貴!!!」
 芽衣の抗議を無視し、メインブリッジを出ようとした花房博士は、はっと我に返ったように振り返り、叫んだ。
「九条君を一人で行かすなよ!絶対に迷子になるからな。首に縄を括り付けてでもいい。ユニットの座席に座るまで、間違っても目を離すな!!そいつがドジっ娘属性なのを絶対に忘れる!!」
 
 
 非常灯に切り替えられた薄暗い廊下を、芽衣は花房博士に腕を掴まれたまま、引き摺られるように歩いていた。
「ね、自分でちゃんと歩くから手を離してよ。ほんとに痛いんだよ。ね、お兄ちゃんってば」
 ブリッジで見せていた気の強そうな態度はすでに無く、いまここにいるのは弱々しいメイド服姿の美少女だった。
 花房博士が手を離すと、芽衣は辛そうに手を擦り、くすん、と鼻を鳴らした。
「行くぞ」
 その芽衣に冷たい視線を送り、花房博士は前を歩き出す。
「……うん」
 少し、遅れて着いて行く弱々しい妹に、花房博士は、
「お前のその二面性には期待している」
 と、言った。
「え?」
「俺は奴らの使う概念動力システムに、我々人類が持つ感性『萌え』を組み込んだ。それが女子力エンジンだ」
 カツカツと早足に歩きながら説明する花房博士の後ろを、小走りに芽衣は着いて行く。
萌え度が高ければ高いほど、女子力エンジンはその力を発揮する」
「うん」
 素直に返事をする芽衣に、花房博士は前を向いたまま、満足気な笑みを浮かべる。
「これは……非常に危険な賭けなんだ」
 巨大な扉の前で、ピタッと足を止め、下を向いたまま花房博士は呟く。
「概念とは、単一では存在できないものだ。だから、お前たちパイロットは常時『空飛ぶ黒猫亭』でモニタリングされている。これは、お前にあきら、九条君を我々が認識し続けることで守るためだ。だが、これも我々が概念を維持できると信じてのものだ。確証は無い。だから……」
「……お兄ちゃん?」
「俺は怖いんだ。お前を失うかもしれないと思ったら、怖くて……怖くて仕方ないんだ」
 芽衣は花房博士の後ろに立つと、その白衣の背中を指先で摘み、
「あたし、やるよ。お兄ちゃんがやれって言うなら、がんばってやる。それにお兄ちゃんは、自称・世界最高の頭脳の持ち主なんでしょ?そんな自信の無い態度は……似合わないよ?」
 と、言った
その言葉を聞き、花房博士は心の中で、
「もちろん、その通りさ」
 と呟き、背中を向けたまま邪悪な笑みを浮かべた。
 
 ゴン……
 
 ゴン……ゴン……ゴン……
 
 重い音を響かせながら、巨大な扉が開かれていく。
 その向こうに、流麗なデザインの戦闘機の姿があった。
「これが……NUSCOCONATS‐MarkⅡのユニットの一つ、オレンジペコ号だ」
オレンジペコ……号?」
「お前は紅茶の中じゃ、オレンジペコが一番好きだろ?」
「お兄ちゃん、知ってたの?」
 その言葉に、花房博士は肩を竦めて答えた。
「さぁ、これは今からお前の物だ。行け、芽衣!地球を守るのだ!!」
 白衣を翻し叫ぶ花房博士を前に、誰もいない格納庫で、芽衣はわたわたと焦り出す。
「え?でも、こんな服で???」
「さっき説明しただろ?」
「?」
「女子力エンジンは、萌えで動くんだ。メイド萌えって聞いたことないか?それとも……全身タイツ並にタイトな戦闘服を素肌に直接着たいのか?お前」
「絶対に嫌!!!」
 自分の胸を隠すように抱き、芽衣は叫んだ。が、やはり不安があるのか、
「へ、ヘルメットも無し?」
 と、聞いた。
「カチューシャがあるだろ?」
「えー……」
 芽衣は、不安げに頭の上に視線を向ける。が、頭の天辺にあるカチューシャが見えるはずも無かった。
「さ、今頃は他の二人は搭乗を済ませているはずだ。俺はメインブリッジに戻る。操縦席に座ると、キャノピは自動で閉まるから、後は一人で大丈夫だろう」
 そう言うと、花房博士は後ろを振り向かず、格納庫を出て行った。
 芽衣と兄である花房博士を隔てるように、無常にも巨大な扉は重い音を響かせながら……閉じていった。
 
 
 メインブリッジに戻った花房博士は、女性仕官に、
「妹さん、一人にされて泣いてましたよ」
 と言われ、にやりと笑った。
 女子力エンジンの萌えエネルギーは、対象者と監視者の相互認識によって得られる。
 つまり、ここにいるスタッフはもちろん、全国放送されている特番の前の視聴者の萌え度も関係してくるのであった。
 そう、この『空飛ぶ黒猫亭』での全ては、電波ジャックにより全国13チャンネルで放送されているのであった。もちろん、この後に展開されるであろう戦闘の全ても、ノーカットCM無しで放映される手筈になっている。
 いまメインディスプレイには、オレンジペコの中で不安そうにきょろきょろしている芽衣の姿が映し出されていた。画面中央下には、『オレンジペコ』と意匠された文字が浮かんでいる。
「……芽衣
「な、なに?」
 慌てて表情をキツイものに変え、不機嫌そうな声を出す芽衣を見て、花房博士は、クククと声を殺して笑った。
オレンジペコ号は、観念操縦システムを採用している。操縦席の横に、一つずつ操縦桿があるだろ?それはただ持っているだけ良い」
「あっそう」
 興味無さそうな素直じゃない態度は、メインブリッジにいる他のスタッフを意識してのことなのは、もうバレバレであった。
「あきら」
「はい」
 ディプレイに、無表情に操縦席に座るあきらの姿が映し出される。モニタリングされた画面の右下に、『シナモンアップル』と小さな文字が描かれている。あきらの搭乗機の名前だった。
「他の二人は全くの素人だ。訓練生の君が一番こういった状況になれていることになる」
「……」
「よろしく頼むぞ」
「……了解」
 最初から微動だにせず、あきらは呟くような声で答えた。
 そして、最後にディスプレイが映し出したのは、下着のラインが丸分かりのナース服のヒップのどアップだった。今度は画面の左上に『ストロベリフィズ』の文字が浮かび上がっている。
「なにをやってるのかね……九条君」
 花房博士の声を聞き、沙希は、
「わひゃぁ!」
 と、驚き、キャノピに派手に頭をぶつけ、
「ふぇぇぇ……」
 と、泣き声を上げた。
 操縦席の上で膝を曲げて座っているので、スカートの奥がかなりやばいところまで、メインディプレイに映し出されている。もちろん、このあられもない姿も全国放送中である。
「ちゃんと座りたまえ、九条君」
 いらんこと言うな!!と、全国の男性視聴者からツッコミが入ったことも知らず、花房博士は沙希が座り直すを待ち、説明に入った。
「初期型のNUSCOCONATSのパイロットだった君に説明は不要だろうが、くれぐれも頼むぞ」
「はい!私、博士のためなら何でもします。どんなことにだって我慢してみます!!だから……その……今夜…………」
 沙希は、両手を頬に添え、もじもじとし始める。
「いらんことは言わんでよろしい。……ん?ナースキャップはどうした?」
「え?あれ???」
 沙希は自分の頭を探り、
「あ、さっきの頭ぶつけちゃったときに、落としちゃったんだ!」
 と、またメインディスプレイにお尻を向けた。
 花房博士が、頭痛に耐えるように眉間を押さえ、画面が飛行中の敵機動兵器へと画面が切り替えられる。
「敵機動兵器、外観を確認!アルファ-15型と断定。……このまま軌道に変化がなければ、長崎県の山中に着陸すると思われます」
「よし!これ以上のパイロットに対する説明は時間の無駄だ。オレンジペコ!シナモンアップル!ストロベリフィズ!強制射出!!」
 三分割されたメインディプレイに、芽衣とあきらの上半身と沙希のヒップが映し出される。
「え、嘘!?ちょっと待ってよ、兄さん!!」
「……了解」
「ほぇ?」
 そして、『空飛ぶ黒猫亭』の機首下部からオレンジペコが、対になった垂直尾翼の間からシナモンアップルが、胴体部の底からストロベリフィズが吐き出された。