花房博士の説明には無かったが、三機のユニットは基本的に遠隔操縦されている。なので、無様な飛行を見せることなく三機は並列飛行で目的地に飛んでいた。
 途中、その飛行を妨げないようにとの配慮からか、各航空基地から戦闘機が加わる。
 先頭を行くオレンジペコに並び、隊長機のパイロットが砕けた仕草で敬礼をし、それを見た芽衣が慣れない敬礼を返し、ちょっと迷ってから、操縦席のどこかにあるはずのマイクに向かって、
「ありがとうございます」
 と言った。
芽衣。地球軍航空部隊の皆さんは、お前たちが目的地に着くまで援護して下さるそうだ。くれぐれも粗相が無いようにな」
 花房博士の言に頬を膨らませながら、芽衣はあらためて礼を言う。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
 隊長機のパイロットはよく見えるように親指を立てて見せ、ゆっくりと離れていった。
 ただの飾りにしか思えない操縦桿を握り、芽衣は小さく頷くと、表情を引き締め、ただ前だけを見つめ、呟いた。
「がんばろう」
 
[萌えろ!合体美少女 茄子椰子]
第一話 舞い降りた運命の美少女 ―中篇―
 
 オレンジペコの右隣を飛ぶシナモンアップルの操縦席で、
「まもなく絶対領域に入ります。地球軍航空部隊に退避要請を……」
 と、抑揚の無い声であきらが呟いた。
絶対領域?」
 聞き返す芽衣は、左右に散開し、離れていく戦闘機を心細げに見る。
絶対領域とは、敵機動兵器が周囲を認識し得るとされる空間のことだ。何を以て認識しているかはわからん。が、我々が持つ五感とは全く違う物ではないかと言われている」
 メインディプレイを睨み、腕を組んで花房博士が答える。
「これは概念の戦いだ。それには先ず、相手を認識する必要がある。認識によって得た概念を消去する……それが宇宙人の戦闘手段であると覚えておけ」
 いまいち理解出来なかったのか、芽衣は小さく首を傾げる。三分割されている他の画面では、沙希がふんふんと頷き、あきらが彫像のように微動だにせず座っていた。
 そのあきらが予備動作を一切見せず唐突に呟く。
「敵機動兵器を肉眼にて視認」
「え?どこどこ???」
 その言葉に、沙希がキョロキョロと左右に顔を振りながら言い、芽衣は無言で表情を引き締める。
 三人のキャノピに矢印付きの詳細情報が半透明で映し出される。
「え!?これが見えるんですか?」
 沙希が驚きの声を上げるのも無理は無い。目標物までの距離は徐々にカウントダウンされて行くが、詳細情報に書き出された敵機動兵器との距離はまだ39kmを切ったばかりだった。
「……」
 無言のあきらの代わりに答えるように、通信兵の少女が、
「敵機動兵器、第二段階へと移行!」
 と叫んだ。
 メインディスプレイでは、敵機動兵器の巨大な黒い卵のような姿が映し出されていた。
 その表面にひび割れのように幾何学的な模様が走り、そこから赤い光が迸る。そして、その巨大な球形を霞めるように三機のユニットがディプレイの右から左へと飛び去った。
「敵はお前たちを認識したぞ!ここからが勝負だ!!芽衣!あきら!九条君!」
「はいっ」
「……」
「え?なんですか?」
 花房博士は一旦背中を向けると、白衣を翻し、握り拳を下から突き上げながら叫んだ。
「合体だ!!!!」
「へ?」
 芽衣は呆気に取られ、
「……」
 あきらは無反応のまま、
「あぁん……えっち」
 沙希は何を勘違いしたのか、頬を染めながら恥じらいの仕草をした。
「いいから聞け!敵は、お前たちのユニットを認識し、その概念を否定することで戦闘力を奪う。しかし、その概念はあくまでもお前たちのユニットの外観から得たものでしかない!!ここまで言えばわかるだろう。変形合体することで、敵の概念を打ち破るのだ!!!」
 オーバーアクションで説明を終えた花房博士は、背中を向け、新たな指示をメインブリッジに飛ばす。
「合体フォーメーション!」
 三機のユニットは絡み合うように錐揉みをしながら、垂直上昇を始める。そのGの激しさに芽衣を歯を食いしばり、沙希は素っ頓狂な悲鳴を上げ、あきらは全く動じない。
「合体には、パイロットであるお前たちの意思が必要になる。それを最大限に引き出すため、遠隔操縦及び自動操縦は切られる」
「えぇ???な、なんで?」
「もちろん、『萌え』のためだ」
 その言葉を引き金にしたように、ただ握っていただけの左右の操縦桿に重みが加わる。
「え?嘘……そんなの無理よ!!」
 垂直上昇を続ける機内で、芽衣が怯えた声を上げる。が、花房博士は腕を組んだまま何も言わず、メインディスプレイを睨み付けるだけであった。
芽衣さん、あきらさん、沙希さん、落ち着いて聞いてください。左操縦桿の前に、小さなスティックがありますね?はい、それです。それを引くことで、合体フォーメーションに入っている三機のユニットが変形を始めます。先ず、オレンジペコとシナモンアップルが合体し、NUSCOCONATS‐MarkⅡの上半身が完成します。その後、下半身であるストロベリフィズが合体することになります。よろしいですか?」
 通信兵の少女が優しく語り掛けるが、芽衣はほとんどパニック状態に陥っていた。
「だ、だめよ。あたし……そんなのできない。……できるわけないじゃないっ」
 顔を左右に振り乱し、涙の粒を飛ばしなら、芽衣が泣き声を上げる。
「スティックを握ってください。時間が無いんです」
「だめ……もう、もう許して」
 操縦桿を握ったまま俯き、芽衣はぽろぽろと涙を零す。垂直上昇がゆっくりと終わり、刹那の無重力の後、自然落下が始まった。
「あ……」
 涙に濡れた顔を上げ、芽衣が恐怖に囚われる寸前に、
「大丈夫」
 あきらが抑揚の無い声で呟いた。
「え?」
 操縦席のキャノピに映る無数の計器に目を走らせながら、あきらが囁く。
「あたしが合わせる。あなたは、ただそこにいればいい」
 操縦席で身を起こし、真下から近付いてくるシナモンアップルを芽衣は肉眼で見る。
「あたしはあなたを信じる。……だから、速度は緩めない」
 当然、合体のための変形が成されなければ、シナモンアップルはオレンジペコに追突し、破壊されることになる。そして、シナモンアップルは小型機で、オレンジペコの半分の大きさも無かったのである。
 自分は脱出装置が働き、無事に射出されだろう……しかし、小型機であるあきらは?
「だめ!そんなのだめよ!!!」
 芽衣の叫びを、あきらは静かに受け止める。
「……信じて」
 芽衣の操縦席のキャノピに自機とシナモンアップルが描き出される。そして、物凄い速度で近付くシナモンアップルは……すでに、合体のための変形を始めていた。
「――――っ」
 芽衣が変形スティックを握り、声にならない叫びと共に力いっぱい引いた。
 メインブリッジでディスプレイを睨み続ける花房博士が、誰にも聞こえない声で呟いた。
「萌え上がれ、野郎ども」
 
 
 がくん、と激しい衝撃と共にオレンジペコの操縦席が機内に隠れる。流麗なデザインの機体が左右に開き、その中に隠されていたNUSCOCONATS‐MarkⅡのしなやかなボディが太陽の光の下に晒される。
 それは美しい少女の肉体を模されていた。
 本来の機体部分が前後に別れ、後部は背中に、前部は鋼鉄の少女の肩を守るように盾へと姿を変える。
 その真下に、すでに変形を終えたシナモンアップルの姿があった。
「いい?」
「う、うん」
 すでに二機は自由落下に入っている。位置を合わせながら、あきらはゆっくりとシナモンアップルをオレンジペコの中に挿入していった。
「あ……あ……入ってる。入ってくるよ、あきら」
「……大丈夫」
 あきらのその言葉に、芽衣をきゅっと目を閉じる。
 微かな衝撃……そして、シナモンアップルに押し出されるように、両肩の間から、額当てをした美しい少女の顔が生まれ……
「ひぇぇぇぇええええ!!!」
 沙希のトーンの狂った叫び声に、芽衣とあきらがビクッと震える。
「どうした!?九条君、何事だ!!?」
 メインブリッジで花房博士が叫び、ディスプレイに細長い棒を両手で握った沙希が映し出される。
「な?……なんだ、それは?」
 愕然と呟く花房博士に、沙希は、
「と、取れちゃいましたぁ」
 と泣き声を上げた。
「じ、人類の敵か!!?お前は!!」
 震える指をディプレイに突き付け、花房博士は思わず叫んでいた。
「あ、ひどい」
 ぼそっと通信兵の少女が呟く。が、それは激昂している花房博士は気付かない。
「お、お……お前は初期型のNUSCOCONATSをスクラップにしただけじゃ気が済まないのか?どこまで俺の邪魔をするつもりなんだ!!?」
「だって……だって……」
「五月蝿い!黙れ!だって、じゃない!!」
 白衣を翻し、花房博士は叫ぶ。
オレンジペコとシナモンアップルは、すでに合体を完了してるんだぞ!この状況で操縦席を壊して、どうするつもりなんだよ、お前は!?」
「だって……だっ、て……ふ、ふぇ……ふぇぇぇええええん!!!」
 沙希は操縦桿を握ったまま、大声で泣き出した。
 メインブリッジの21.1チャンネルのスピカーを震わせて、沙希の大泣きの声が鳴り響く。
「うるせぇ!!」
 と叫び、花房博士は、はっと我に返る。
「く、九条君、落ち着け。な?怒鳴って悪かった。私が悪かったから……」
 沙希は顔を覆ったまま、いやいやするように泣き続ける。
 メインブリッジ全体から白い目で見られ、花房博士は冷や汗を掻きながら、沙希を何とかなだめようとする。
「ほ、ほら、僕が気が短いの、君も知ってるだろ?だから、その……つい、大きな声を出しちゃっただけなんだよ」
「う、嘘です。そ、そんなの……嘘です。花房博士は、あたしのこと、き……きらいなんです。あた、たし……ずっと、ずっと知って……」
 後は言葉にならず、沙希はわんわんと泣き続ける。
 コホン、と咳払いをして、花房博士は乱れた白衣を直し、メインディプレイに映る沙希に優しく話し掛けた。
「沙希。いまは戦闘中だ。だから、簡潔に言うぞ。そのままでいい。聞いてくれ」
「え?」
 急に態度の変わった花房博士の言葉に、沙希は泣き濡れた目を上げる。
「僕はいつも君が心配なんだ。いまなんか戦闘中なんだぞ。そんなところで、いつものドジっ娘をしてたら、どんなことになるか……。だから、僕が怒るのは君が嫌いだからじゃない。心配だから、なんだ」
「は、はい」
 しょんぼりとしながら、沙希は答える。
「取れた操縦桿を見せてくれ」
 おずおずと沙希は自分がずっと握りっぱなしだった操縦桿を前に出す。
「ふむ。それなら大丈夫だ。いまのところ問題は無い。それより、もう合体体勢に入ってるんだ。急いでくれ」
「はい」
 まだ沙希の返事に元気は無かった。それを見て、花房博士は断腸の思いで一言付け足すことにする。
「沙希……無事に帰って来てくれ」
 その一言を聞いた沙希の顔が見る見る明るくなって、元気いっぱいに答えた。
「はいっ!あたし、がんばります!!博士のためにっ!」
 がばっと勢い良く前に乗り出し、メインディスプレイを胸元の超どアップにして、沙希は変形スティックを引いた。
 これ以上、何も壊してくれるなよ……心の中でだけ、花房博士は呟いていた。
 
 
 全体にずんぐりとしたストロベリフィズの機体の上部に備えられた巨大な推進器が左右に開き、しなやかな少女の折り曲げられた脚を露出させる。
 すでに変形合体を済ませた二機は、すぐそこに迫っていた。それは自らの胸を抱いた少女の胸像に似ていた。合体を済ませた上半身は微調整もできないまま、まさに自由落下で落ちているだけの状態だった。
 そして、沙希は……操縦桿を握らず、両手を強く握り締めていた。目を閉じ、一心不乱に祈り続けながら。
 それは女子力エンジンと萌えの真の意味を知っているNUSCOCONATSのパイロットの姿だった。
「大丈夫。あたしは負けない。守るの……地球を守るの。あの人を……私が絶対に守るの!」
 その祈りが通じたかのように、徐々に軌道を修正し、ストロベリフィズが合体を終えて待つ二機に近付いて行く。
「祈ってる?」
「……そう」
 芽衣の呟きに、あきらが静かに答える。
「でも、どうして?どうして、それで動かすことができるの?」
「それが……女子力エンジン」
「女子力……エンジン」
 あきらは小さく頷く。
「信じる。それが力になる」
 芽衣はあきらの言葉を聞きながら、じっと小さなモニターの中の沙希の姿を見る。
「信じる……力?」
 ごん、と衝撃が伝わり、芽衣が座る操縦席が眩い光に包まれる。それは無表情に前を向いたままのあきらの操縦席も、合体が完了したことに気付かないまま、祈り続ける沙希の操縦席も同じだった。
 
 三機の合体を終えたNUSCOCONATS‐MarkⅡが、胎児のようなポーズで落下し続けていた。その少女の頭部で銀色のファイバー繊維が長い髪のように広がり、背中に対に用意された放熱ファンから、金色の輝きが漏れ出す。
 翼のように広がる金色の輝きは、NUSCOCONATS‐MarkⅡを守るように包み込む、その光を強めていった。
 無限に広がり出した光の中で、鋼鉄の少女は、ゆっくりとその目を開き、薄い色の無い唇で呟く。
「……信じる」
 そして、全てを溶かす金色の光が爆発した!!!