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進藤コースケ君の受難の日々:03
電車の入り口近くで、ぼんやりと背中を凭れさせ、僕はじっと目を閉じていた。
もちろん、ジョーカーとして狩りをするためだ。
いまのところ、学校で僕のアームズの正体を知っているのは、坂本と果歩だけだが、このまま校内でジョーカーを順繰りで回し続けて行けば、僕の秘密は秘密でなくなる可能性が高かった。
だから、僕は市外にジョーカーを移すことにした。
ちなみに、いま僕は三つ隣の市にある環状線の中にいます。
午後の授業はサボらせていただきました。
お弁当を食べた後、坂本を呼び出し、フィールドを展開し、そのまま学校の外まで全力ダッシュをしました。ま、普通に出て行っても良かったんだけど、教師とかに見付かるとうるさいですからね。
で、そのままここまで来て、ぐるぐると環状線の中でプレイヤーが来るのを待ってるんですが……どこかで時間潰しをしてからにするべきだったかも知れないですね。
なんで、学生が一人もいないんだ?
料金が定額である環状線なら、学生が多く使ってるだろうと思ったんだけど、周りにいるのはお爺さんやお婆さんばかりです。
日本の高齢化社会は、ここまで進んでいたのか?と、ちょっと不安になってきたころ、ちょろちょろと制服姿を見掛けるようになってきました。
が、今度はプレイヤーが乗ってこない。
フォームにいるのは、ときどき見るけど、そいつらは必ずと言ってほど……っていうか、100%の確率で電車を見送りやがる。
チキンどもめ。
さて、どうするか。
適当な駅で降りて、駅ビル周辺で網を張るか。と考え出した頃、ようやく一人だけプレイヤーが乗って来ました。
ジョーカーがいることを知っていて乗って来るってことは、ある程度の腕である可能性はあるけど……ま、実力不足は知恵と勇気で乗り切るとしますか。
僕はゆっくりと瞼を開き、込み始めた電車の中を見る。
ターゲットに選んだプレイヤーは二つ前の車両にいた。
床に置いた鞄を足で壁際に押しやり、人を避けながら車両の中央に進み、人と人の隙間から、ゆっくりと近付き……唐突に、そいつが振り返り、僕を見た。
厚みのある風が頬を叩き、電車の振動が無くなり、全ての音が消える。薄暗くなった電車の中で、全ての人影が消え……フィールドが展開されていた。
先にフィールドを展開されるってのは、予想外だった。
僕は真っ直ぐに、ターゲットのプレイヤーを見る。
静寂に包まれた電車の中で、その男が立っていた……禍々しい鉤爪に似たでかい鎌を持ち。って、もうアームズ出してるし!
そいつは、眼鏡を掛けたインテリタイプの癖に、線の細さを感じさせないハンサム顔の男で、ブレザーの制服がよく似合っていた。
スポーツ少年タイプの僕は、この手の男前に妙にコンプレックスを感じるところがありまして……なんか、すでに負けそうな気分になっていた。
けど、そいつはぼさっと立ったままで、僕を……僕の後ろ、さらに奥の車両の方を見ていた。
ん?なんだ???
「隠れてても無駄だよ」
顔の冷たさからは予想できないほど優しい声で男が言った。
「え?」
僕はその言葉に驚き、半身にして後ろを見る。完全に振り返るほど馬鹿じゃない。って、車両の陰から出て来た人物を見て、完全に振り返ってしまった。
「お前、なにやってんだ!?」
そこに鞄を胸に抱いた森川果歩が立っていた。
学校から僕を着けてたのか!!?
「え?あ、あたし……」
森川は不安げにフィールドを見ながら、半歩後ろに下がった。
インビジ――プレイヤーが使う気配隠蔽の技であるインビジブルを、ルーキーである果歩が使えるはずがなかった。使っていれば、こいつも気付かないはずだし、フィールドに取り込まれることもなかったはずだ。
なら、なぜ僕が気付かなかったのか?
理由は簡単だ。朝からずっと
『相方になってください』
と付きまとわれ、その鬱陶しさに無意識に存在を無視してしまっていたんだ。
単にフィールドに取り込まれただけなら問題は無い。問題は……ターゲットに選んだこいつが、果歩を僕のパーティーだと思っていることだった。
ヤバイ!
果歩をフィールドから弾き飛ばすために、僕は他者の侵入を許さない最大半径の絶対領域、特殊フィールド『結界』を展開しようと意識を集中し――――ぞくり、と身を震わせる。
反射的に振り返りながら後ろに飛んだ……が、遅かった。
右胸から鎖骨へと斬られ、僕は窓にぶち当たり、座席に落ちる。
斬られた右側から落ちたから、痛さが倍増された。
「ぐはっ!」
呻き声を上げながら、落ちた反動で、僕は座席から電車の床へと更に落ちる。
ゴン!と派手な音を立てて後頭部をぶつけた。目の奥かがチカチカする。
その僕を無視して、男はゆっくりと歩き出した……果歩の方へと。
「ま、待て!そいつは違う!!」
ぴたっと足を止め、男が地面に転がった僕を見る。
「違うって?」
「その女と僕はパーティーじゃない」
男は、僕と果歩をじっくりと見比べ……
「同じ校章なのに?見たことが無い制服だから……君、遠征だよね?」
不思議そうに男は言い、もう一度じっくりと果歩を見る。
「本当にパーティーじゃないの?」
しかし、果歩はほとんど自失状態で、男の言葉に答えることが出来なかった。
「パーティーじゃないのに、ここにいる……」
男は鎌を腕に持ったまま腕を組み、目を薄く閉じて考え込む。
さっきの動きの鋭さと、いまののんびりとした雰囲気の落差が不気味だった。
「ま、どうでもいいか。どっちみち殺すんだし」
なんだって?
「ジョーカーは君で、彼女は無関係なプレイヤー……なら、彼女を殺してもフィールドが解除されることはないってことだよね」
薄い笑みを浮かべながら、男は果歩をじっくりと眺め、静かに歩き出した。
その不気味な殺意に、果歩が胸に抱いていた鞄を落とす。
静かな車両の中で、その音が大きく響いた。
「ふざけんなっ!」
仰向けに倒れたまま、男の足を掴み、
「逃げろ、果歩!」
叫ぶ僕の目の前で、男の鎌が閃いた。
派手な音を立てて、僕の右肘から先が車両の窓に当たる。
「――っ」
切断された右腕を押さえ、僕は必死に悲鳴を噛み殺す。
こいつ、マジで戦闘マニアかよっ。
果歩はガクガクと震えながら、動くことも出来ず、ゆっくりと近付いてくる男を見ていた。
当然だ。初めて見るプレイヤー同士の戦いの中で、アームズを出すだけの余裕があるはずがない。
「へぇ、近くで見ると、けっこう可愛いね」
その言葉を聞き……気が付けば、僕は男の背中に飛び掛っていた。
「果歩に近付くなっ!!」
とすっ。
あっさりと身をかわした男のアームズが、ほとんど抵抗を感じさせず、僕の胸に刺さっていた。
ごぼり、と肺から上がってきた血を吐きながら、僕は男の腕を抱き抱える。
「……あれ?心臓、外しちゃったか?」
外しちゃったか?と言いながら、男はわざと心臓を避けていた。振り返ったときの、こいつの目を見れば、それくらいはわかる。
「逃げろって言ってるだ――――っ」
ぐりっと男が手首を返し、強引に僕に刺さってた鎌を引き抜いた。
背骨が削られる感覚に、全身が痙攣する。
零れ落ちる内蔵を抱え、僕はうつ伏せに倒れ、
「いやぁぁぁああああああ!!!!」
果歩の悲鳴が車両全体に響き渡り――――衝撃と共に激しい風が巻き起こった。
「なに!??」
男が足を止め、より深く闇に近付いた車内を見回す。
昨日、屋上で見せたのとは段違いの広さを持った果歩のフィールドが展開されていた。
殺人ゲームでのパーティーは、プレイヤー同士の絆で決まる。
さっきまでの、ジョーカーと無関係の単なる同級生のままだった果歩にはフィールドの展開は不可能だったはずだ。が、いまは違う。
どういう感情の流れかは知らないけど……知りたくも無いけど、僕と果歩はパーティーを組まされていた。
口元を隠し、ボロボロと涙を零す果歩の手の中に光が収束し、アームズである大型ハリセンの姿を取る。
「なに、それ?それが君のアームズなの?」
くすっと笑いながら男は言ったが、果歩は涙に濡れ、怒りに燃える目で相手を睨み続けていた。
「……許さない」
ぼそり、と果歩が呟き……
「絶対に許さないだからっ!」
言いながら、大型ハリセンをその場で振り下ろした。
座席と繋がったパイプが叩かれ、スパーン!と景気の良い音と共に千切れ飛ぶ。
「おっと」
「うわっ」
男が上体を振って避けた鉄パイプが、僕の目の前に突き刺さる。が、驚きの声を上げたのは、フェイクだった。
目の前に刺さった鉄パイプを速攻で引き抜き――僕は、男の膝の裏に突き刺した。
「なにぃ!?」
ドアホウが、嬉しそうに驚きやがって。
崩れる男に這い上がるように抱き付き、僕は無事な左手を男の口にねじ込んだ。
「もごがっ?」
男の前歯が折れ、狂ったように暴れ出した。が、それでもぐいぐいと僕は手を男の口の中に押し込んでいく。
男は、めちゃくちゃに鉤爪のような鎌を振り回し出した……けど、好きに暴れれば良いんだ!
僕が死ねばフィールドは解除される。そうすれば果歩を守れる。
殺るなら、好きに殺りやがれってんだ!
どすっと重い感触を残し、男のアームズが背中に突き刺さるのと、僕の手が男の口の中に完全に入るのと同時だった。
「死にやがれっ!」
男の口の中に手に意識を集中し、僕のアームズであるとげとげ付き金属バットを顕現させる。
アームズを収束させる光が、男の目と鼻と耳、それに拳に塞がれた口から漏れ……鈍い音を残し、男の頭部が砕け散った。
頭部を失った男は、完全に死亡した。
ふぅ……心の中で溜息をつき、僕は男の横に音を立てて崩れ落ちた。
意識を取り戻した僕は、果歩に介抱されるように、フォームのベンチで寝ていた。
「あ、大丈夫?」
僕は身体を起こし、ぼんやりと果歩を見る。
「あのね、さっきの人が進藤くん、運んでくれたんだよ」
「え?」
「プレイヤーの人」
「あいつが?」
「うん」
にっこりと笑いながら、果歩が僕を見ていた。
「いや、なんであいつが僕を?」
「悪ふざけしたお詫びだって」
「悪ふざけ?」
「うん。久々のジョーカーで、あたしが一緒だったから悪役っぽくやってみたんだって」
「はい?」
「だから、あたしや進藤くんを脅して遊んでたんだって」
マジですか?
「普通にやってれば良かったって言ってたよ」
くすくすと笑いながら果歩が言っているけど……これは緊張が解けた反動っぽかった。
っていうか、どっと疲れが押し寄せてきた。
必死に戦っていた自分が馬鹿みたいに思えた。
ベンチに転がり直して、下から果歩の顔を見る。
「まさか、あんな方法で殺されるとは思わなかったって。ちょっと感動したって言ってたよ」
果歩は、一生懸命喋っている。
けど、感動って何だ?
「彼女を守るためとはいえ、普通はあそこまで出来ないよって、言ってたよ」
あー……そういや、ガラにもなく熱血っぽいことしちゃったな。
「彼氏、大事にしなよって言われちゃった」
きゃっと言いながら、果歩は両手で赤くなった頬を隠す。
「はい?誰が彼氏だって???」
果歩はそれには答えず、僕を上から指差した。
「冗談言うなっ!」
がばっと起き上がり、僕は軽い貧血に襲われる。が、そんなことを気にしている余裕はなかった。
「誰が彼氏だっ!勝手に決めるな!!あのときだって、パーティー組んじゃったのは、お前が危なかったからで、別にそんなんじゃないんだからなっ!」
一気に捲くし立てる僕を見て、果歩が目を細める。
その目は言っていた……
『照れなくてもいいんだよ?』
と。
ダメだ。いまのこいつには何を言っても通用しないに違いない。
僕は溜息をつき、ふと果歩が座っているベンチを見る。
「おい」
「え?」
「僕の鞄は?」
不思議そうに果歩が首を傾げる。
「……電車の中?」
僕は両手で頭を抱え、その場で真っ白に燃え尽きた。
一つずつ環状線の電車を移りながら鞄を探し、無事に見付けたときには、かなり遅い時間になっていた。
家まで送る間、果歩はずっと幸せそうな顔をしていた。
が、騙されちゃダメだ。
果歩が欲しかったのは、恋人じゃなくて、漫才の相方なんだから、このまま付き合えば僕はボケ役にされてしまうに違いない。
でも、幸せそうに笑っている果歩は、いままで会ったどこの子よりも可愛かった。