九条有希は唯一の意識を繋ぎ、ルインの中で存在し続けていた。
《負けるもんか!!》
 それは彼女の自我の中核を構成している想いだった。
 統合された意識の集合体であるルインは、そもそも個体という概念を持っていなかった。
 九条有希を食ったと言ったのも、彼女の情報を分離解体し、己の中に組み込んだことを指しただけだった。
 意識体であるルインは、情報を組み込むことは出来ても、消化することは出来なかった。それ故に、強固な意志を持つ有希は、僅かに自我を残し、ルインの中で存在し続けることになった。
 自分の出来損ないの人形がインテリジェント・エッジの一撃で塵になったとき、有希は小さな情報の糸をノルンに繋ぎ止めていた。
 そして、ルインの侵攻と同時に、分散された自分の情報を収束させ、ノルンのハッキングを開始したのだった。
 抵抗は予想したほどではなかった。特に『空飛ぶ黒猫亭』との接続が切られてからは、好き放題にその機能を自分用に再接続していった。
 そして、いま……女子力エンジンの持つ概念構築機能を使い、現世に復活したのだった。
 あのときの……五年前の勝負はまだ付いていない。
 ルインは自分を取り込んだつもりだろうが、それは大きな勘違いだ。
 あたしは精神の牙で奴等に喰らい付いてやったんだ……最後に勝つために!!
 こっからが、ほんとうの勝負よっ!!!
 
 
[萌えろ!合体美少女 茄子椰子]
第三話 恋を歌う乙女たち―完結編act2―
 
 
 突如現れた九条有希は、
「ちぇりゃぁぁあああ!!!」
 と叫びながら、往年のカンフースターを髣髴とさせる飛び蹴りを花房博士の胸元に叩き込んだ。
 蹴り飛ばされた花房博士はメインブリッジの端まで転がり、有希はセーラー服の襞スカートを抑え、優雅に着地する。
「ふっ」
 不敵な笑みを浮かべ立ち上がった有希は、口をへの字に変え、
「辛気臭いブリッジね」
 と、あんまりな感想を口にした。
「あなたたち!それで地球を取り戻せると思っているの!!?」
 有希は呆れたように言うと……腕を振り上げ、
「特に!そこの二人ぃ!!!」
 ビシッとサブモニターに映るあきらと沙希を指差した。が、二人の操縦席のディスプレイには真横を指差した有希の姿が映っていた。
「……誰?」
 胡散臭そうに言うあきらの声に、
「ね、ねねねね……姉さん!!?」
 パニック寸前の沙希の声が重なった。
 幼いころ自分を弄り抜いた姉が当時の姿のまま現れたのを見て、沙希の全身から冷や汗が流れ出す。
「な、なんでお前がここにいるんだ!?死んだんじゃなかったのか!!?」
 メインブリッジの壁際で、震える手で指差しながら花房博士が叫ぶ……が、
「細かい説明はパス!!」
 有希は手の平で打ち払い、花房博士の質問を却下した。
「それより……あなたたち!」
 自分の横顔しか見えていないと知らない有希は、サブディスプレイを指差しながら話し出す。
「女子力エンジンが、自分たちと直結されてるの知ってるんでしょ?」
 無表情なまま、あきらは誰に話しているんだろうと思い、
「あの……姉さん、こっちには横顔で映ってるんですけど」
 と、沙希が恐々と伝える。
 ギリッと歯を鳴らし、壁際に座り込んでいる花房博士を睨み、
「どっちにカメラあるの?タッチィ」
 と聞いた。
「タッチィ?」
「え?誰???」
「花房博士のこと?」
「貴博の……タッチィ???」
 ぼそぼそと囁き声が交差し、花房博士は声の限り叫んだ。
「その名で、僕を呼ぶ――ごふぅ!」
「だから、カメラはどっちよ?」
 一瞬で花房博士の正面に移動した有希は、彼の顔面を蹴り上げながら聞いた。
「しょ、正面だ」
 鼻血を押さえながら、花房博士は辛そうに教える。
 大股で中央まで戻り、腰に手を当てて、メインディスプレイを睨みながら、有希は話し出した。
「女子力エンジンの真の力は概念を現実の物とすることにある!」
 ちらっと横目でサブディスプレイを見て、あきらと沙希がちゃんと聞いているのを確認し、有希は一人で納得して頷く。
「すなわち!NUSCOCONATS‐MarkⅡもユニットも、あなたたち自身が持つ心の力を現実の物とするための土台でしかないのよっ!自分は出来るって暗示を与えるためだけの物なのよ!!!」
 腰に当てていた右手を正面に振り出し、ビシッと人差し指を立て、
「恋する乙女に不可能は無い!!」
 さらに押すように指先を振り立て、
「その言葉を現実の物にする!!!」
 そして、その右手を背後に振りながら、
「それが女子力エンジンよっ!!!!」
 左手で拳を作り突き上げた!
「機体を捨て、裸の自分を見せなさい!!」
 その振り上げた左拳に右の拳を重ね、
「そして……」
 ゆっくりをその手を広げながら、有希は優しく囁いた。
「あなたたちの大事な友達……那岐を呼びなさい」
『え?』
 あきらと沙希が驚きの声を上げる。
「那岐はいま女子力エンジンが作り上げた仮想空間で、あなたたちが自分を呼んでくれるのを待ってるわ」
「え?でも、姉さん……那岐は」
 戸惑う沙希に、有希は小さな拳で、自分の薄い胸を叩いてみせる。
「あたしがここにいるのよ」
 その言葉に、あきらがゆっくりを表情を引き締める。那岐を取り戻すことが出来るなら……その目は、そう言っていた。
 沙希も強く頷く。姉さんが言うなら間違いない。
 有希が、パチン!と指を鳴らした。
「遠隔操縦を切ったわ。後は、自分たちで出来るわね?」
 あきらが小さく頷き、
「はいっ!」
 沙希がしっかりと返事をした。
「よろしい!!」
 有希は目を瞑り、大きく頷く。
 そして、髪の乱れを直すように顔を上げ、真面目な表情をメインディスプレイに見せる。
「全ての通信を切る前に言っておくわ」
 有希は静かに目を伏せ……再び、強く輝く瞳をメインディスプレイを向けた!
「奪われたものは取り返すのよっ!受けた屈辱は100倍にして返してやるのよっ!!そして……」
 握り拳の親指を真っ直ぐに立て、
「あたしたちは絶対に勝つ!!!」
 有希はメインブリッジ全体を振るわせるほどの大音響で叫んだ。
 その言葉に、あきらと沙希が顔を輝かせ……小さな光点を中央に残し、サブディスプレイはブラックアウトした。
 そして、メインブリッジに静寂が訪れる。
「あ、あの……」
 通信兵の少女が、有希を振り返り、
「ほんとに通信切っちゃいましたけど、良かったんですか?」
 と聞いた。
「グッジョブ!」
 立てたままの親指を小さく振り、有希は不敵な笑みを浮かべた。
 満足げな溜息を吐き、有希はツカツカと大股で、まだ座り込んだままの花房博士の前に歩いていく。
「さ、あたしたちも行くわよっ」
 立ち止まった有希は、仁王立ちで花房博士に宣言した。
「い、行くって、どこに?」
 花房博士の言葉に、有希は眉を逆立てた。
「地球を取り戻しに決まってるでしょ!!!全部あの子たちにさせるつもりだったの、あなた!!?」
 むんずと花房博士の奥襟を掴むと、有希はその重さをまるで苦にしない力強さで、ズンズンと歩き出した。
「ちょ、待て……首っ!首が絞まってる!!」
「うっさい!!ぐだぐだ言うな!!」
 花房博士を引き摺りながら、突如現れた有希は、騒々しくメインブリッジを出て行った。
 
 
 エクスタシー・モードである芽衣の援護を受けながら、月影であるシュウは戦い続けていた。
 意識体であるルインを殺すには、絶対的な破壊で死を認識させる必要があった。
 しかし、エクスタシーにはエクスプロードのような究極の破壊力は無い。そして、それは月影も同じだった。月影はあくまでも特殊戦闘機であり、その能力を最大限に発揮するのは情報戦だった。
 無限に近い治癒能力を持つルインに、二人は徐々に押されていった。
 だが、しかし……月影は諦めない。
 いま月影の中には、怒りを遥かに超える力が満ちていた。それはルインの治癒力にも勝るとも劣らない力だった。
 那岐は戻って来る。
 芽衣が伝えた言葉が、シュウの心を再び目覚めさせた。悲しみに狂い、闇に落ちた想いに光を当てた。
 ナギが生きている。
 ならば、力尽き倒れることは許されなかった。
 ルインに弾き飛ばされ、堕ちて行く芽衣を抱き止め……眼前に迫ろうしていた敵に、月影は火炎を吐き出した。
 芽衣、月影、共に傷だらけだった。しかし、その目の光は衰えることはない。
 希望が二人を突き動かしていた。
 芽衣を背後に守り、月影が吼える。
 さぁ、来い!!俺を殺しに来い!!!
 最後の希望である、あきらと沙希の時間を作るため、月影と芽衣は勝ち目の無い戦いを続ける。
 
 
 オレンジペコとストロベリフィズは機首を天空に向け飛翔していた。
 機体を捨てろと有希は言った。機体を捨てて、裸の自分を見せろと……ん?
 その言葉を比喩として聞いていたが、ほんとうにそれでいいのだろうか?
 微かな疑問に、あきらは細い眉を寄せる。
「沙希さん」
「はい」
 しっかりと返事をする沙希に、
「服は着たままで問題は無いはずよね?」
 と、あきらは聞いた。
「え?あ、あれ???」
 自分の姉の言葉を思い出し、沙希はあれは言葉通りの意味だっただろうか?と悩む。
「ど、どっちでしょう?」
 あきらは一瞬だけ悩み、あっさりと答えを決めた。
「脱ぎましょう」
「ええぇ!!?」
「誰かが見ているわけではないし、失敗する可能性があるなら、脱ぐべきよ」
 言いながら、あきらはベールの付いた帽子を取り、手袋を外し出した。
「ふぇぇ……」
 情けない声を出しながら、沙希もドレスを脱ぎ始める。が、狭いコックピットの中なので思うように動けなかった。
「あ、あの……」
「なに?」
「やっぱり、下着も脱ぐんですか?」
「この下着姿なら、脱がないと、逆にいやらしく見えるはず」
 ドレスを脱ぎ、ガーターから外したストッキングを丁寧に下ろしながら、あきらは抑揚の無い声で答えた。
 諦めたように沙希は溜息を漏らし、背中に手を回してブラのホックを外した。
 十四歳とは思えない重量感のある乳房を腕で隠しながら、足元に純白のブラを落とす。
 先に全てを脱ぎ終えたあきらは、特に気にした風も無く、ほとんど体毛の無い裸身を隠そうともしない。
 沙希は羞恥で真っ赤になり、両手で胸を隠し、前屈みになり背中以外の部分を必死に隠そうとしていた。
「機体を捨てます」
 言いながら、あきらはオレンジペコの操縦席に手を触れる。
 芽衣……ごめん。オレンジペコ、ここに捨てて行くね。
 右手で乳房を隠した沙希は、左手でストロベリフィズに撫ぜ、小さく呟いた
「一緒に連れて行けないから……ごめんね」
 推力を切り、あきらと沙希は一瞬の無重力の瞬間を待つ。
 NUSCOCONATS‐MarkⅡと一緒に戦った思い出が、心の中に浮かんでは消えて行った。
 オレンジペコとストロベリフィズがゆっくりと止まり……機体から弾かれるようにキャノピが捨てられる。
 操縦席に全裸で立ったあきらと沙希は、互いを求めるように手を伸ばし……蒼空へと飛んだ。
 ゆっくりと時間を掛けて二人は近付き、あきらは左手を、沙希を右手を伸ばし、強く握り合う。
 二人は振り返り、地球へと堕ちて行く二機のユニットを……NUSCOCONATS‐Mark?を見る。
 いままで……ありがとう。
 ユニットよりも遥かに遅い速度で落ち始めたあきらと沙希は見つめ合い、強く頷き……繋いでいないほうの手を空に向ける。
「那岐!!!」
 あきらが声の限りに叫び、その手に一人の少女を求める。
「来て下さい!!」
 見るたびに懐かしさを感じさせるあの笑顔を求め、沙希が腕を伸ばす。
 合体のときにいつも感じていた力強さが心を満たし、二人は確信する!
 那岐が来る!!!
 そして、胎児のように丸くなった生まれたままの姿の那岐が、ゆっくりと蒼空の中で実体化し……くるりと回ると、にっこりと笑いながら両手を伸ばした。
「七瀬!沙希さん!」
「那岐!!」
「那岐さん!」
 那岐は、あきらの右手を、沙希の左手を握り……三人は一つになった。
 
 照れ臭そうに、那岐はえへへと笑い、
「ごめん。心配掛けちゃったね」
 と言った。
「別に。……心配はしてなかった」
 無表情にあきらが答え、那岐がむぅと頬を膨らませる。
「もう、ケンカしないでください」
「だって、七瀬がぁ……」
 脚をバタバタさせながら那岐が拗ねたような声を上げ……不意に、三人は声を出して笑い出した。
 泣きながら笑い合って、那岐の帰還を喜ぶ。
「あの、ところで……」
 安堵の笑いが落ち着くのを待って、沙希がおずおずと聞いた。
「この後、どうしたらいいんですか?」
「合体?」
 とあきらは那岐に聞く。
「んと、ちょっと違うみたいなんだけど……」
 と、那岐は有希にされた説明を激しく端折りながら二人に教える。
「特殊モードのイメージをそれぞれ顕現させる……ですか?」
「んっ」
「でも、そのイメージはどうやって得るの?」
「う、ん〜……やっぱ、合体のときの?」
 いまいちよく解っていない那岐は適当に答える。
「でも、これは合体じゃなくて……解放、ですか?」
「うん。そんな感じ!!」
 ふぅと溜息を吐き、あきらは呟く。
「結局、よくわかってないのね」
 むっと口を尖らせ、
「どっちにしても、あたしたち三人でNUSCOCONATS‐MarkⅡなのは一緒だもん」
 と那岐が言い、その言葉にあきらと沙希は頷く。
「そうね。じゃ、時間も無いし……そろそろやろう」
 あきらの言葉に、
「うん!」
「はい」
 那岐と沙希は答える。
 ぼそぼそと合言葉を伝え……あきらは二人を交互に見て、目を閉じる。
 あたしたちに不可能は無い。
 絶対に出来るはず!!
「いくわよっ!」
 あきらが強い意志を込め、目を開く。
「リベレーション!!!」
 あきらが叫び、
「NUSCOCONATS‐MarkⅡ!!!」
 那岐が吼え、
エスペシャリー!!!!」
 沙希が歌う。
『解っ放!!!』
 三人は声を揃え、呼ぶ!NUSCOCONATS‐MarkⅡである自分たちの姿を!!
 手を繋ぎ合った三人の中心に、金色の輝きが生まれ、それは一瞬で目に映る全てを包み込んだ!!