木の棒に時刻表だけを貼り付けたバス停で止まり、ボディに錆の浮いたバスの自動ドアが開く。
 大きなバッグを持った三人の少女が、それぞれ料金を払いバスを降りる。
 少女たちを残し、歴史を感じさせるバスは土煙を立てながら、ゆっくりと走り去る。
 季節は夏の終わり。
 晴れ渡った空には、まだ眩しさを無くしていない太陽と白い雲があった。
 
 
[萌えろ!合体美少女 茄子椰子]  
epilogue 木漏れ日に立つ少女
 
 
 ん〜〜〜っと、袖無しのブラウスに膝丈のジーンズ姿で那岐が伸びをする。
「つっかれたぁ〜」
 那岐の髪型は、無造作な印象を与えていたシャギーはそのままで、長さだけがセミロングに変わっていた。
「バスに乗ってただけなのに」
 ぼそりと、デニムのジャケットとミニスカートで揃えたあきらが呟く。中に着ているのは黒いTシャツだった。
 ショートカットだったあらきの髪型は、腰まで届く豊かな髪に変わっていた。前髪も長く残されているので、服装と合わせて見ると、やや季節外れで暑苦しい印象を受ける。
「そっ。まだここから一時間歩かないとダメだしね」
 キツイ響きで言ったのは、空色のワンピースの上に薄手のカーディガンを羽織った芽衣だった。
 癖の無い髪を、いまはカチューシャで後ろに流している。
 以前の明るさを取り戻した芽衣は、むぅっと頬を膨らませている那岐に、ひらひらと手を振ってみせる。
 
 あの日……全ての戦いを終えてから、六年の歳月が過ぎていた。
 しかし、少女たちの容姿は基本的に変わっていない。時の流れを感じさせるのは、その髪型の変化だけだった。
 それぞれの生活に戻ってからも、那岐と二人は何度か顔を合わせていたが、その度に交わされる言葉は、
「身長とか伸びた?」
 だった。
 代謝は行われるが、成長も老化もしない。それは女子力エンジンに残されたイメージの影響を、現在も受け続けている結果だった。
 特にあきらは150cmを切っているので、その現象を非常に気にしていた。
 以前、沙希を含めた四人で、花房博士と有希に相談したが、答えは……
「時が解決するだろう」
 だった。
 有希と融合した女子力エンジンは、もう誰にも触れることが出来なかった。
 花房博士の言に寄ると、
「一種の永久機関として活動している可能性がある」
 との事だった。
「見た目が可愛いからいいじゃんっ!」
 明るく言う有希自身は、どう見ても中学生も怪しい少女の姿を維持している。いや、維持させられていた……自分自身に。
 あれよりはマシかも。
 あきらはせめてもの慰めにそう思った。
「あたしの実家、こっちの山の上なのよね。でさ……」
 歩き出した芽衣は、懐かしそうに子供の頃の話を始める。その芽衣を中心に、あきらと那岐が続く。
 綺麗なところ……。
 都会でしか暮らしたことのないあきらは、穏やかな風にその様子を変える緑豊かな山と田圃を見て、素直にそう思った。
 そして、その山からの風に目を細める。それはどこか懐かしい風だった。
 
 
 今日、那岐は芽衣とあきらの里帰りに同伴し、少し遅めの避暑を楽しもうと計画していた。
 が、緯度的には北上してきたはずなのに、ここの暑さは那岐の住む兵庫県篠山市を遥かに凌駕していた。
「あっつぅ」
 山道に入ったら、少しは涼しくなるだろうと思っていたのに……何なんだろ、これ。
 優しく降りる木漏れ日が、これほど酷な物に感じるとは、那岐は想像したこともなかった。
 しかし、横を歩くあきらは涼しい顔をしている。那岐よりも厚着なはずなのに。
「……七瀬」
「なに?」
「暑くないの?」
「別に。……普通だけど」
 山道を歩く苦労の欠片も見せずに、暑さの片鱗も感じさせずに、あきらは抑揚の無い声で答えた。
 芽衣も生まれ育った山だから平気なのか、涼しい顔で普通に歩いている。
 うぅ、辛いのはあたしだけ?あたしだけなの???
 と、那岐が泣きたい気分になったとき、
「こらー!!待ちなさ〜い」
 と道の向こうから叫び声が聞こえ、大きな白い犬が、どどどどどど……と駆け下りてきた。
「あはははは……」
 その背に乗った幼い女の子が、まだ包葉の付いたまま玉蜀黍を右手に持ち笑っている。
 犬と少女が三人の横を走り抜け、その後を追って涼しげなショートカットの少女が、玉蜀黍をいっぱいに入れた編み籠に抱きながら坂を下りてきた。
 長袖のTシャツにジーンズというシンプルな服装だが、少女の肉体が作る曲線は、それを芸術の域まで高めている。
「沙希さん!!」
 一番疲れてたはずの那岐が元気いっぱいに駆け出し、その後を芽衣とあきらが追う。
「あ……」
 三人を見た沙希は言葉を失い、その顔を笑みで輝かせる。
「久しぶり」
「ただいま」
 あきらと芽衣の言葉を聞き、
「おかえりなさい。え、と……いらっしゃいませ」
 と、沙希は小さく頭を下げる。
 母とその友人たちが懐かしそうに話し出すのを、大きな犬に乗った女の子は不思議そうな目で眺めながら……包葉を剥き、取り入れたばかりの玉蜀黍に齧り付いた。
 
 
 芽衣の実家は古式豊かな神社であった。
 いまはその裏にある母屋で、少女たちは涼んでいた。
 全てのプロジェクトを終え、『空飛ぶ黒猫亭』を降りた花房博士は、この生家に戻り隠遁生活を送っている。
 その花房博士を一番左に……芽衣・あきら・那岐と並び、一番端にちょこんと、なゆたが縁側に座っていた。
 一人だけ地球に残ったなゆたとの奇妙な同居生活は、沙希から何度も聞かされていたので、三人は特に気にしていなかった。
 この宇宙人の少女は、いまだに花房博士のことが好きで、本妻である沙希と日々戦い続けていた。いや、本人は戦っているつもりだった。
 実際のところは、ただの居候である。
「で、シュウのほうは、どうなんだ?」
 と花房博士が聞き、
「え?うちの旦那???」
 急に話を振られた那岐が驚いた顔で聞き返し、照れながら頭を掻いた。
「いや、なんか最近ちょっと頬が扱けてきて、渋さが増したっていうか……ちょっとドキドキしちゃうって言うか……格好良いんですよね」
「そ、そうか」
 てへへ……と笑いながら、那岐は足をぶらぶらと振る。
 その那岐を呆れた顔で見るあきらの手に、芽衣が優しく触れる。
「お前たちも、ちゃんと仲良くやってるのか?」
「うん」
 微笑みながら芽衣が答え、あきらは小さく頷く。
 時間受容体の変調で、現実との遊離を引き起こしていた芽衣は、有希の修復により自我を取り戻していた。そして、以前の明るさを見せる芽衣の下をあきらは去った。自分はもう必要ではない。そう思ったからだった。
 が、芽衣はそれを納得しなかった。
「あたしは、あきらが好き。それが理由じゃ足りないの?」
 故郷で一人暮らしを始めたあきらの下を訪れ、芽衣はそう言った。
 自分にはずっとあきらと一緒にいた記憶がある。それは、誰にも触れさせたく大事な思い出だと。それを、まだ終わりにしたくないと。
 その告白にあきらは泣いた。涙は止まらなかった。芽衣に抱き寄せられた後も、ずっと泣き続けた。
 いまもときどき不安になる。ほんとうに自分が必要なのだろうかと。でも、それが恋だと芽衣は言った。自分も、いつも不安になると教えてくれた。
 恋を成就させるには勇気がいる。
 それは芽衣とあきらが知った一つの真実だった。
「ゆ、茹で上がりましたぁ」
 汗だくでふら付きながら、沙希が湯掻いた玉蜀黍を持って来て……障子の桟に足を引っ掛け、
「わひゃぁ!!?」
 助けに入った花房博士に、豊かな胸を掴まれ変な悲鳴を上げた。
 玉蜀黍の無事は、なゆたが確保する。
 息のあった三人の姿に少女たちは驚き、そして、声を上げて笑い出した。
「もぅ……未来が見てるのに」
 と、沙希は頬を赤く染めて、縁側の向こう……木漏れ日の中で、大きな白い犬の横に立つ女の子を見る。
 今年五歳になる花房博士と沙希の愛娘だった。
 しかし、見ていると言われた未来は、その顔を空に向けていた。
 秋の訪れを感じさせる、どこまでも澄み渡った空がそこにあった。
 そして、もう一人の小さな子供が、その空にはいた。
 なゆたと貴博が触れ合うことで生まれた小さな子供が。
 その子の名前は……希望だった。

 

 
 



  
 
 
 
[萌えろ!合体美少女 茄子椰子]
【キャスト】
 
 花房芽衣:実兄である花房博士に『空飛ぶ黒猫亭』へと呼び出された少女。気の強そうな容姿と言動とは裏腹な寂しがり屋で、いわゆる擬似ツンデレっ子。戦闘による後遺症で、人格崩壊を起こす。オレンジペコ初代パイロットである。
 
 七瀬あきら:家族をルインの侵攻で亡くした少女。天才的頭脳の持ち主で、尊敬していた花房博士の立ち上げたプロジェクト『空飛ぶ黒猫亭』への参加を希望する。起伏の激しい性格を無表情・無感情な顔に隠した、無口っ子。同性である芽衣に恋をする。オレンジペコ芽衣から受け継いだ初代シナモンアップルのパイロットである。
 
 那岐美鈴:自分を育てくれた母の生活を楽にするために、NUSCOCONATS‐MarkⅡに乗ることを選んだ少女。自分を『空飛ぶ黒猫亭』まで運んでくれた中洲中尉に恋をする。良くも悪くも素直な元気っ子。シナモンアップル二代目パイロット。
 
 九条沙希:姉の恋人である花房博士に憧れ、押し掛け助手として『空飛ぶ黒猫亭』のプロジェクトに参加する少女。しかし、その実態は破壊的ドジっ子であり、花房博士の数々の発明を無に帰させてきた。一途に恋する幼馴染系で芸術的プロポーションの持ち主。プロトタイプであるNUSCOCONATSのテストパイロットでもあった。ストロベリフィズのパイロットである。
 
 中洲修司:地球軍日本支部淡路基地のパイロット。那岐美鈴を守るため、テスト機である『特殊戦闘機:月影』で出撃するが、機体と融合し、その記憶の大半を無くす。
 
 小森千鶴:通信兵の少女。彼女の実家である旧財閥の資金援助で『空飛ぶ黒猫亭』のプロジェクトは立ち上げられた。
 
 紫藤香織:ノルンの娘の双子の姉。プロジェクト終了後、地球軍を母体とした評議会に参加する。
 
 紫藤沙織:ノルンの娘の双子の妹。プロジェクト終了後、地球軍を母体とした評議会に参加する。
 
 紫藤雛女:ノルンの娘の末妹。プロジェクト終了後、実家に帰り、地元の高校に復学する。
 
 NUSCOCONATS‐MarkⅡ:オレンジペコ・シナモンアップル・ストロベリフィズの三機のユニットが変形合体することで生まれる鋼鉄の美少女。
 
 『空飛ぶ黒猫亭』:衛星軌道上に浮かぶ宇宙ホテルとして開発されていたが、ルインの侵攻により、機動要塞として改造される。プロジェクト終了後は、その役目を終えたとし、衛星軌道上に無人で残されることになる。
 
 花房貴博:恋人をルインに奪われ、狂気に走った天才科学者。女子力エンジンとNUSCOCONATS‐MarkⅡを開発した『空飛ぶ黒猫亭』の責任者である。戦いを通して少女たちと触れ合うことで、彼の傷は、いつしか癒されていた。
 
 他の『空飛ぶ黒猫亭』のプロジェクトに参加したスタッフは、それぞれの生活に戻っていった。
 
 
 パイロット専用ロッカールームで、あきら、那岐、沙希がジャンケンをしている。が、真上から映されているので、それぞれの表情は見えない。 
 ジャンケンに負けた那岐が頭を抱えて離れ、あきらと沙希はその場から歩き去る。
 諦めたように小さく息を吐き、那岐はゆっくりと走り出し、それはすぐに全力疾走になる。
 『空飛ぶ黒猫亭』の通路を、階段を、会議室風の部屋を、次々と走破し、エレベーターを使わずに、那岐はメインブリッジへと飛び込み……振り返った花房博士に抱き付く。
 バランスを崩し、倒れた花房博士の上に乗り、那岐は「ん〜〜〜」と唇を突き出し、その頬にキスをする。
 頬を擦りながら怒り出した花房博士に、「んべっ」と舌を出し、那岐はメインブリッジから逃げ出す。
 花房博士が怒って追い掛けてくるのを確認し、那岐は不敵な笑みを浮かべる。
 その頃、休憩室の自動販売機で沙希は五人分の飲み物を買い、あきらは芽衣を連れて廊下を歩いていた。
 エレベーターのドアが閉まるのに合わせ、那岐はもう一度舌を出し、花房博士は目の前で閉まったドアを見ながら頭を掻き毟り地団太を踏む。
 エレベーターが上がってくるのを確認し、那岐はドアが開くまで待ってから、また笑いながら逃げ出す。
 それを追い掛ける花房博士は……那岐が逃げ込んだ休憩室に飛び込み、ほんの少し驚いた表情を見せる。
 陳謝するように頭を下げた那岐が、花房博士の分の飲み物を差し出してた。
 可笑しそうに笑う沙希、懐かしそうに目を細める芽衣芽衣に寄り添うあきらが、そこにいた。
 花房博士は、那岐の頭をぽん♪と叩き、ゆっくりとテーブルに着く。
 暫しの休息を得るために。
 
 
 その憩いの場にも、いまは誰の姿も無い。が、不思議と埃は溜まっていない。
 青い地球をバックに浮かぶ、無人のはずの『空飛ぶ黒猫亭』のインテリジェント・エッジがゆっくりと下ろされる。
 “元”花房博士の執務室の中、無駄に大きなソファに、頭の後ろで手を組んで寝そべる九条有希の姿があった。
 いまの彼女の目を通して観る地球は複雑な情報が絡み合う巨大な生命体だった。その表情は日々移り変わり、見ていて飽きることは無かった。
 九条有希は、満足げな笑みを浮かべ、目を閉じる。
 
 
[萌えろ!合体美少女 茄子椰子] 完