第一話 テーブルの下の彼女
 
 
 よく晴れた午後、早朝からのバイトから帰った僕は狭い玄関の前で途方に暮れていた。
 
 安アパートの玄関のドアを鍵で開けて(そうちゃんと鍵を開けて中に入ったのは間違いない)、それから、ドアを開き、靴を脱ぎ……いつものように年中開きっぱなしの引き戸の向こうを見て、固まった。
 手塚香織が僕の部屋のテーブルの下で寝ていたからだ。
 彼女は僕の高校時代の後輩で、いま高校二年のはずだった。
 ちなみに、僕は高校二年の夏にドロップアウトして、現在はフリーターをしている。
 一年後輩の彼女を憶えてたのは、同じ部活の後輩だったからで……それ以外の理由としては、部活に入ってきた一年生の中で一番可愛かったからだ。
 いや、彼女が誰だろうと問題じゃない。
 どうやって鍵の閉まった部屋に入ったのか?が、問題だった。
 僕は干渉されるのが嫌で、両親にも合鍵を渡してないくらいで、すなわちアパートの合鍵は事実上存在しないわけで……いや、大家さんが一個持っているから、僕の机の中にあるのと合わせると……合計の二個存在してることになる。
 いやいや、違う。
 合鍵の数は関係ないんだ。
 彼女が合鍵を持ってるはずなんかないんだから。
 ……なら、彼女は、どうやって僕の部屋に入ったのか?
 答えは簡単にわかった。
 目の前のキッチンの窓が全開だったからだ。
 手塚由香はキッチンの窓からアパートの二階にある僕の部屋に入った、と……って、どうやって???
 アパートの横に枝振りの広い大きな木が生えているけど……まさか、それを登って入って来たのか?っていうか、なんでこいつは(無断で人の部屋に入るような女は、こいつで十分だ)、僕の部屋で寝てるんだ。しかも、テーブルの下で丸くなって。
 もっとも、隣の部屋にあるベッドの上で寝てたら、もっと驚いたと思うけど。
 ま、ここで馬鹿みたいに突っ立ってても仕方ないので、僕はダイニングキッチンとは名ばかりの部屋に足を踏み入れた。
 それに反応し、ぴくっと彼女の頭が動いた。……起きてるのか?
 僕は部屋の入り口で、ほんの少し首を傾げ、テーブルの下を覗きながら彼女の様子を見る。気持ち良さそうな顔で寝ている。っぽいけど、何か変な感じがした。もしかして……ほんとに起きてる?
「手塚さん?」
 名前を呼んでみると、もう一度、ぴくっと反応した。けど、それだけだった。
「起きてるんでしょ?ここで何やってんですか?」
 ぴくぴくっとするけど他に動きは無い。でも、この反応からすると、狸寝入りっぽい気がする。
 でも、狸寝入りという言葉から連想される厚かましさは、僕が持つ彼女の印象にはそぐわないものだった。
 高校時代に彼女と何度か話をしたことがあるが、こんな悪ふざけをするタイプじゃなかったのは確かだ。どっちかって言うと……大人しいを通り越して、臆病なタイプだったはずだ。
「手塚さん、何で僕の部屋に勝手に上がり込んでるんですか?」
 やや口調が強くなったせいか、彼女がゆっくりと目を開け、僕の顔をじっと見つめた……と、思う間もなく彼女はまた目を閉じてしまった。
「寝るな!」
 反射的に僕は叫んで、その声を聞いて彼女が驚いたように目を見開いた。いや、実際に身体をびくっと震わせていたから、本当に驚いていた。
 彼女は、もぞもぞとテーブルの下から這い出ると、四つん這いのまま部屋の隅まで歩いて、そこでまた丸くなって目を閉じた。
 ちなみに、彼女は高校の制服のままだったので、スカートの裾がかなり際どいところまで上がっていて……僕は状況を忘れ、食い入るようにそれを見てしまった。
 今も膝を胸で抱くように丸くなった彼女の太腿は丸見えで、もうちょっと左に動いて座ればパンツまで見えるんじゃんだろうか?いやいやいや……待て、自分。パンツとか言う前にすることがあるだろう。
 僕は部屋に上がると、彼女の前まで歩き、「手塚さん?」
 と、声を掛け、その肩を揺すろうとして……手を止めた。
 彼女がまた目を開き、今度は緊張したように身体を硬くしたからだ。
「手塚さん?」
 途中で手を止め、じっと彼女を見る。
 何か普通じゃない。
 そう思う僕の前で、彼女はゆっくりと顔を上げ……僕の手に頬擦りをしながら、
「な〜ぅ」
 と、鳴いた。
 
 
 常識的に考えるとあり得ないことだが、手塚さんは猫化してると思われる。
 最初は猫の真似をしてふざけてるのかと思ったけど、どうやらそうではないようだった。
 いま僕は居間兼寝室に移動し、ベッドの側面を座椅子代わりに雑誌を読んでいる。
 手塚さんは僕からちょっと離れたところに座り、ぼんやりと窓の外を見ていた。
 ちなみに座り方は、いわゆる女の子座り。ただし、両手を揃えて床に着いてる。だから、下半身は女の子座りで、上半身は猫座りと言ったところかな?
 こっちの部屋に来てから、何度か「手塚さん」と声を掛けたが、ぴくりと反応するだけで、他の動きは見られなかった。
 猫になったときに、自分の名前も忘れてしまったんだろうか?
 試しに、苗字ではなく名前で呼んでみることにした。
「香織」
 と、声を掛けた瞬間、手塚さんはくるっと首を回し僕のほうに見た。
 どうやら彼女は、自分の名前を『手塚』ではなく『香織』と認識しているようだ。
 しかし、なんですか?その期待に満ち満ちた表情は。
 目をまん丸に見開き、口元は抑えきれない笑みを浮かべ、うずうずと腰を動かし……なに?なになに?なんかあるの?と、全身で何かを期待してるのが伝わってくる。
 これだけ期待しながらも、その場から動こうとしないのは……やはり、猫だからか?
 目の前のガラステーブルの脚の影で、絨毯をガリガリ擦り、彼女を興奮を一気に誘うことも考えたが……相手は心は猫でも、身体は人間である。獲物を見付ければ、他は一切目に入らなくなる猫の習性そのままに、テーブルに突撃される可能性が高い。
 いや、100%突撃されるはずだ。
 全力で突撃されれば、テーブルも彼女も僕も無事でいられるはずがない。
 そこで僕は、彼女に向かって指先をビシッと伸ばして見せた。
 尖った物の匂いを嗅ぐ猫の習性を試してみることにしたのだ。
 案の定、彼女はその場で身体を回し、指先に鼻を近付けてきた。
 彼女が近付く分、僕は指先を戻し、二歩三歩と歩かせてみる。四足での歩行に違和感は無く、むしろその音を立てない動きに驚かされる。
 僕は彼女が十分に近付くのを待って、伸ばした指先を開き、その手でゆっくりと彼女の頭を撫でる。
 手を追うように頭を廻らしながらも、その手が頭に触れると彼女はしおらしく顔を下げ、その場に座りなおした。
 こ、これはちょっと……いや、かなり可愛いかもしれない。
 猫の習性に詳しいことから解るように、僕はかなり猫好きである。そんな僕の嗜好を、猫化した彼女はかなり激しく刺激していた。
 これが萌えってヤツですか?
 頭を撫でていた手を、顎の下に滑らし、そこを撫でさすってやる。
 猫独特のゴロゴロ音は無いが、かなり気持ちいいのか、彼女はその場でごろんと横になってしまった。
 全身の力は抜け、喉を伸ばし、もっと撫でてくれと言わんばかりに目を細める。……が、膝を立てたままなので、剥き出しになった太腿が目に飛び込んできた。
 そこで改めて、僕は目の前で脱力しているのが猫ではなく十六歳の女の子だと認識した。
 顎の下を撫でながら、僕の目は立てた膝から肉付きの良い太腿へ、伸びたなだらかな腹部へ……そして、自己主張の激し過ぎない胸へと移っていった。
 ダメだ……と思いつつ、手は顎から白い喉へ…そして、制服に包まれたままの胸へと動いていった。
 震える手が、小さな胸の上に重なる。
 手塚さんの胸は、僕の想像以上に柔らかく、また弾力があった。
 制服と下着を上からでこれなら、直接触れたらどんなに柔らかいんだろう?
「……んぁ」
 いきなり彼女が小さな声を出したので、僕は驚いて手を離した。
 一瞬、彼女が元に戻ったのかと思って、かなり焦ったが、そんなことは無く、相変わらず脱力したまま目を閉じている。
 僕は激しい動悸が収まるのを待ちながら、手塚さんの胸に触れていた手をじっと見つめる。ちなみに、ジーパンの前はMAXまで膨れ上がっていた。
 このままだとチャックが壊れるか、硬くなった相棒がへし折れるかしそうだった。
 どうする?
 このままやっちゃうか?
 それとも隣の部屋に行って抜くか?
 いやいや、素数でも数えて、一点に集まった血液を拡散させるべきか?
 まとまらない思考に、ぐるぐると世界が回り出しそうだった。
 はっきり言って、猫化してるとはいえ、女の子が隣の部屋にいる状態で抜けるような度胸は僕には無い。っていうか、普通は無理だろ?
 僕は這いずるように手塚さんから離れ、携帯電話を手に取る。
 荒くなった息を整えながら、指が憶えてる番号を打ち込む。
 通話ボタンを押し、携帯電話を耳に当てると、三コール目で妹の由希が出た。
「もしもし?」
「あ、俺だけど」
「あれ、お兄ちゃん?珍しいね。どしたん?」
 久しぶりに聞く妹の声だったが……相変わらず元気だな、こいつは。
「ちょっと、こっちに来てくれ」
 細かい説明をするのも面倒だったので、僕はぶっきら棒にそう言った。
「え〜〜〜……あたし、まだご飯食べてないんだけど」
 その言葉に、僕は時計を見る……が、時計は三時前を指していた。
「ご飯って何だよ。もう三時だぞ」
「だって、お母さんいないし」
 昼飯くらい自分で作れよ。っていうか、料理とか得意じゃなかったか?
「あ〜〜〜……来るときにコンビニで好きな物買って来ていいから、とにかく急いでこっちに来てくれ」
「おごり?」
「おごり、おごり」
「んじゃ、今から用意して行く」
「おけ。……あ、ついでに何か買って来てくれ。手を使わないで食べれそうなのがいいな」
「なにそれ?手、怪我してんの?」
「いいから。頼んだぞ」
 僕は携帯電話を切ると、横にいる手塚さんを見る。
 彼女は座り直して、また窓の外をぼんやり見ていた。
 この状態を妹にどう説明するのか?
 それを考えると、ちょっと憂鬱になった。
 
 
 僕の記憶が間違いじゃなければ、由希と手塚香織は高校一年のときのクラスメイトのはずだった。
 だから、手塚さんが猫化していると信じてさえもらえば、状況を説明するのは簡単だろうと考えていた。……けれど、現実はそんなに甘くなかった。
 コンビニの袋を手に持った妹を奥の部屋に通すと、部屋に手塚さんがいるのを見た瞬間、妹の動きはぴたりと止まった。
「由希?」
 返事は無く、いきなりビンタが飛んできた。パーン!派手な音を立て、僕の首が真横を向く。
「この……」
 カッとなった僕は、妹が目にいっぱいの涙を溜めているのを見て、振り上げた手を止める。が、由希は止まらなかった。
「バカバカバカバカーッ!」
 コンビニの袋を持ったまま、ポカスカと僕に殴り掛かる。
「ちょ、待て!話を……」
 女の子殴りだから、痛くも何とも無いが、ガシャガシャとビニール袋が鳴って鬱陶しいし、とにかく状況の説明くらいさせてもしかった。
 僕は隙を見て由希の肩を掴むと、
「落ち着いて、よく見ろ!」
 無理やり手塚さんの方を向けて叫んだ。
 由希は驚いたように目を見開いてる手塚さんに、何か文句を言おうと一歩前に出て、その動きを止めた。
「……香織ちゃん?」
 びっくりしたままの手塚さんは何の反応も示さず、目を丸く見開いている。
 ゆっくりと、妹は僕を振り返った。
 その目は、「これはいったい何が起こってるの?」と言いたげだった。が、僕は無言で肩を竦めることで、その質問に答えていた。
 
 数分後、コンビニのお弁当を食べながら由希は、
「ほんとうに猫っぽいね」
 と呟いていた。
 僕は猫化した手塚さん用に『手を使わないで食べれる物』と頼んだのに、この馬鹿妹は何を考えてるのかアイスキャンディーを買ってきていた。
 仕方ないので、手塚さんには皿に載せたアイスキャンディーを食べてもらっている。
 テーブルの上に置かれた皿の前に両手を揃え、舌先でペロペロとアイスキャンディーを舐める彼女の仕草を可愛いと思ってしまう僕は変態だろうか?
「で、どうするの?」
 お弁当を食べ終わり、500mlのストレート・ティを飲みながら由希が聞いてきた。
「ん?あぁ、そうだな。……お前、一年のとき同じクラスだったろ?彼女の家の電話番号とか知らないのか?」
「うん〜〜、知ってるけどダメだよ」
「なにが?」
「香織ちゃんの親、両方とも海外だもん」
「は?」
「お父さんの仕事で、アメリカに行ってるんだって」
「…………」
「だから、香織ちゃん、いまはマンションで一人暮らししながらお留守番だよ」
「マジ?」
「うん。ときどきお祖母ちゃん家に行くけど、普段は一人だって言ってた」
「じゃ、家に電話して引き取りに来てもらうってのは……」
「できないね」
 さっくりと由希は断言した。
 困った。最悪、家の前に捨ててこようと思っていたのに……これじゃ、それも出来ないじゃないか。
「ところでさー」
 口調が変わったので、顔を上げると……妹が胡散臭そうな目で僕を見ていた。
「な、何だ?」
「香織ちゃんにエッチなことしてないでしょうね?」
「ばっ!!?するわけないだろ!!」
 身に覚えがあるので、思いっ切り焦ったが、それを顔に出さずに否定する。
「ふ〜〜〜ん。……ま、そうだろうね。香織ちゃん、靴履いたまんまだし」
「あ、当たり前だろ」
 妹は立ち上がると、アイスキャンディーを舐め続けている手塚さんの靴を器用に脱がし、玄関に持っていった。
 そうだろうね、とか言いながら、妹の冷めた視線が気になるのは、やっぱり身に覚えがあるからだろうか?
 玄関から戻った由希は、
「ちょっとパソコン借りるね」
 と、返事も待たずに電源を入れた。
「なに勝手に電源入れてるんだよ」
「ん?気にしない、気にしない。ちょっと調べたいことがあるの」
 まぁ、見られて困るような物は全部DVDに焼いてるから問題は無いが……念のためにパスワードを設定し、妹用のアカウントを作ることにする。
 アイスを食べ終わった手塚さんはベッドで丸くなって寝ていた。
 顔に掛かった髪の毛が気になるのか、ぴくぴくと頬が動いていたので髪を後ろに流してやると、にんまりと笑みを浮かべ両手の甲に頬を寄せて、一段と丸くなった。
 ふと、嫌な視線を感じて振り返ると、妹が冷たい目で僕をじ〜〜〜〜〜っと見ていた。
「なんだよ?」
「…………別に」
「言いたいことがあるなら言えよ」
 妹は何も言わず顔を前に向けると、キーボードをカチャカチャと叩き始める。何て言うか、態度悪いな。
 僕は妹から視線を外し、ベッドで丸くなっている手塚さんを見る。
 しかし、なんで猫になってるんだろ?
 いや、それも問題だけど……どうして僕のところに来たんだろう?
 顔立ちでいうと、妹のほうがよっぽど猫っぽいのになぁ。性格的にも由希は猫型だよな。
 学校で見た手塚さんのイメージは、もっと大人しくて……猫でも箱入りの家猫って感じだった。
「――いちゃん。お兄ちゃん!」
「え?あ、なんだよ?」
 僕は慌てて顔を上げる。
「寝顔に見とれてないで、ここに書いたの買ってきて」
「は?」
「は?じゃないの。さっさと行ってきて」
「なんで俺が買い物に行かされなきゃならないんだ?」
 由希はいつの間にか書いたメモをひらひらと動かしながら、不機嫌そうな顔で僕がメモを受け取るのを待っている。
「あのね、今日は何曜日?」
「土曜日だよ」
「っていうことは、香織ちゃん昨日家に帰ってないんだよ。制服も泥とかで汚れてるし」
 言われてみれば、確かに何か汚れてるっぽい。
「今からお風呂に入れてあげるから、お兄ちゃんいたら邪魔なの」
「邪魔って何だよ。俺が風呂を覗くとでも思ってるのか?」
「思ってないけど……」
 ふぅ、と小さな溜息を漏らし、由希は言葉を続けた。
「香織ちゃんが大人しく入ってくれるとは限らないでしょ?」
「あー……猫は風呂とか嫌うもんな」
 昔、実家で猫を風呂に入れて大暴れされたことを思い出して、僕は納得する。
「そういうわけ。……だから、買い物よろしく」
 メモを手渡され、僕はそれに目を落とす。けど、どうして、それが買い物に繋がるんだ?
 何か釈然としないものを感じたが、僕は買い物に出ることにした。
 
 
 メモには多数の食料品が列挙されていた。
 僕の血と汗と涙と苦渋と睡眠不足の結晶とも言うべきアルバイト代が、こんなことに消えていくのは苦痛でしかなかった。
 しかし、この内容からすると今夜は妹の手料理が食べられそうだった。
 ちなみに、妹は性格は悪いが、料理の腕は良かった。
 小学校の低学年から母の横で手伝いをし、現在では料理のレパートリーも母より多くなっているはずだった。
 そういや、あいつは炊事洗濯掃除が大好きという変な生き物だったよな。小さかったころは素直で、何でも言うことを聞く便利な妹だったのに……。
 いつからあんなに冷たい性格になったんだろう?
 さっきみたいに、殴りかかってきたのは何年振りかな?
 などと思い出に浸りながらも、僕の意識は手塚さんに戻っていく。
 この先、どうしたらいいんだろう?
 やっぱり……最終的には医者を頼るべきなんだろうか?行くなら精神科にだろうけど……でも、人格が猫化する病気なんか聞いたことないし、そもそも精神科って本人の意思や家族の同意とか無しで連れて行っていいのか?
 僕は嬉しそうな顔で眠る手塚さんの表情を思い出し……それは嫌だとな、思った。
 スーパーでメモにある食料品をカゴに入れて行きながら、僕は猫の手塚さんを可愛いと思っていることを自覚する。
 しかし、それはあくまでも『猫の手塚さんを』だった。
 以前の……普通の手塚さんに好意は抱いてないし、何の興味も無いのかもしれない。
 しかし、今の手塚さんは間違いなく可愛い。
 法律やモラルに問題が無ければ、間違いなくペットとして飼っているだろう。……やっぱり、僕は変態なんだろうか?
 それに、何よりも問題なのは、この気持ちを妹に悟られてはいけないと言うことだった。
 己は変態か?と自問している分には問題は無いが、身内や他人に変態の烙印を押されるとなると話は別だ。
 そのような事態は遠慮したかった。
 とにかく、手塚さんを元に戻し、家に帰ってもらう。どんなに可愛くても、中身が猫でも、彼女は人間だ。人間をペットにするなんて人道的に許されるはずがない。
 買い物を終えた帰り道で、僕は問題を解決し、手塚さんを無事に家に帰そう……そう心に強く誓っていた。
 しかし……家に帰り、玄関の扉を開け、そこで目にした光景を前に、僕の誓いは音を立てて崩れ去った。