第二話 由希の告白
 
 
 玄関を入って直ぐのキッチンで妹は洗い物をし、その足元に素肌にワイシャツ一枚の手塚さんが凭れ掛かっていた。
 素肌にワイシャツと見て取れたのは、襟元のボタンがかなり際どいところまで外されていたからだ。
「…………」
 僕は言うべき言葉を失い、呆然と二人の姿を見ていた。
 妹は僕のジーンズとタンクトップを着ていた。が、それはどうでもよかった。
「おかえり〜」
 妹の声に反応したように手塚さんは身体を起こし、無駄の無い動きで僕の前で来て、ゆっくりとした仕草で足に頬擦りをした。
 ブロウして整えられていたショートカットの髪も、いまは洗い晒しで変な癖がピンピン出ている。
 また眠たくなったのか、とろんとした目で僕を見上げ、
「にゃ〜ぅ」
 と、手塚さんが鳴いた。
 彼女なりの「おかえり」なのだろう。
「ぉ〜ぃ」
「え?な、なんだよ」
「ただいま、くらい言いなよ」
「あ、ごめ……んっ、たぢま」
 思いっ切り噛んだ僕を、妹は呆れた顔で振り返る。
「たぢまって、なによ?」
 呆れた顔から、にやりと表情を変えて悪戯っぽく覗き込んできた。
「あ、そっか……綺麗に洗ってある香織ちゃんにびっくりして噛んじゃった?」
「ち、ちがうって」
「それとも、可愛い妹が自分の服着てるの見て、興奮しちゃったかな?」
 いや、それはないから、と心でツッコミを入れておく。……けど、けっこう胸あるな、こいつ。
「今からご飯作るから、香織ちゃんの相手してやってて」
「う、うん」
 買い物袋から食料品を出していた手を休め、妹は僕を見てこう言った。
「香織ちゃん、下着とか一枚も着けてないから覗いたりしたらダメだよ」
「!!?」
 想定外の言葉に、僕は目を見開いて妹を振り返った。
「ほら、トイレとか間に合わなくてお漏らししちゃ可哀想でしょ?」
「いや、だからって……」
「今日は暑いくらいだから風邪とか引かないって」
 そう言う問題ですか?
 料理の邪魔をするのも悪いし、僕は手塚さんと一緒に隣の部屋に行き……そこでまた凍り付いてしまった。
 見知らぬ布団が一式、敷いてあったのだ。
「あー……由希さん、この布団は?」
「さっきお父さんが持ってきてくれたの」
「はぁ?」
「今日は、こっちに泊まるって言ったらね、お父さんが布団いるだろうって」
「え、今日ここに泊まるのかよ?」
「うん。お母さんもOKだって」
 勝手にOKだすなよ。
「兄妹って言っても血は繋がってないんだし、気を付けなさいよって笑ってた」
「ふ〜〜ん。そっか……って、何だって!!?」
「え?」
「血が繋がってないって誰が?」
「あたしとお兄ちゃんだよ。……なに言ってるの?」
 なに言ってるのって……。
「初耳だよ。なんだよ、それ!?」
「ええぇぇぇぇ!?」
「えぇぇええじゃないよ!」
「なんで?お父さんもお母さんも、ずっとお兄ちゃんのこと橋の下で拾って来たって言ってたじゃない」
「あんなの親の冗談に決まってるだろ」
 僕の言葉に、妹は棒立ちで全ての動きを止める。
「……じょ、冗談じゃなかったのか?」
「う、うん」
「俺は、ほんとうに橋の下で拾われてきた子供だったのか」
 今までの人生で何か欠けていたピースがぴったりと収まったような感じがした。また、その事実が、僕を動揺させる前に納得させていた。
「…………お兄ちゃん?」
 僕はその場にぺたん、と座り込んで自分の頭を抱え込んだ。
 手塚さんはそんな僕を心配そうに猫の目で覗き込んでいる。
「あたし……知ってると思ってた」
 消え入りそうな妹の声を聞いても、僕は顔を上げることはできなかった。
「由希が知ってること、もうちょっと詳しく教えてくれか?」
 ぼそり、と由希が何かを呟いたが、僕にはそれが聞き取れなかった。
「え?」
 聞き返そうと、顔を上げると……由希は、その場に立ったままポロポロと大粒の涙を流していた。
「ばっ……。なんでお前が泣くんだよ」
「だって……だって……」
 言葉になったのはそこまでで、妹はジーパンの裾を力いっぱい握り締め、立ったまま大声で泣き出した。
 それは、大人びた顔立ちと普段の小憎らしい言動から予想できない姿だった。
「ちょ……待て、俺は大丈夫だから泣くな。……な?」
 大声で泣く妹をなだめようと近付き、鍋が沸騰しているのに気付き、大急ぎでガスを止め、由希の肩を抱いて僅かなスペースに布団が敷かれた隣室に連れて行く。
 妹は付いて来た手塚さんに抱き付き、ぐずぐずと泣いていたが、さっきまでの激しさは治まっていた。
 手塚さんは、妹の頬を流れる涙をぺろぺろと舐め、心配そうに頬摺りしている。
「由希……お前さ、いつから知ってたんだ?」
「んっ。……ずっと……ちっちゃいころから……」
「そか」
「うん」
 今は、とにかく妹の気持ちを落ち着かせることが先決だ。手塚さんの問題もあるし、晩御飯を作り掛けで放置されても困る。
 ここはあれだ……軽いギャグでボケを演出して、妹にいつもの鋭いツッコミをさせるんだ。
「じゃ、あれだよな。ガキんころから俺のお嫁さんになるって言ってた、あれ……お前、俺に惚れてるってことだよな?」
 バッカじゃないの?でも、死ね!でも、何でもいいから、どんな罵詈雑言でも受け入れるから泣き止んでくれ。
 妹は手塚さんに抱きついたまま、濡れた目で僕を振り返り、小さな……消えそうなほど小さな声で、
「……そうだよ」
 と囁いた。
「お兄ちゃん、大好き」
 えぇぇええええ!!?と、叫びそうになるのを必死で堪えながら、僕は妹の顔をじっと見つめた。が、一瞬で脳内パニック状態に陥っていた。
「お兄ちゃんのことが好き。……ずっと好きだったの」
 手塚さんの身体を離し、両手を突いて、僕を見つめる妹。今、目の前にいる妹は、僕の知らない妹だった。
「ちょ……ちょっと待ってくれ」
 僕の言葉に、由希は不安そうに顔を曇らせる。……けど、そんな顔をしないでくれ。
「一回、家に電話してみる」
「うん」
「んと、外で電話してくるよ。頭ん中を冷やしたいし」
 由希は玄関まで見送りにきた。
 もう泣き止んでいたが、いつもの生意気さは欠片ほども感じられなかった。
「今日の……晩飯、なに?」
「え?……あ、肉じゃがとほうれん草の白和えだよ」
「そっか」
 顔を下に向けたまま、由希は黙り込む。
「そんな顔するなよ。ちゃんと帰ってくるからさ」
「……うん」
 薄く淡い笑みで答える由希を見て、僕も笑い返した。
 
 家を出る前に見せた笑顔は、我ながら無理があったと思う。
 でも、そんな笑顔でも妹を安心させられるなら、いくらでも笑ってやるさ。
 
 
 家に電話するのは……正直に言うと、怖かった。
 だから、気持ちと頭を落ち着かせるために、うろうろと無駄に歩き回り、結局落ち着いたのは、アパートの近所の公園だった。
 我ながら陳腐な選択だ。
 夕方のベンチに座り、携帯電話で自分の出生を親に尋ねる、か。……マジで、なんか意識してるっぽいな。
 諦め気分で、家に電話をすると母さんが出た。
「あ、俺だけど」
「浩司?珍しいわねぇ。……あ、由希、そっちに泊まるって言ってたけど、迷惑じゃなかった?」
「ん?あぁ、うん。大丈夫だよ」
「そう」
 いつもどおりの母さんだった。
「それで……え〜と……親父いる?」
「いるわよ。ちょっと待ってね」
 保留音も無いままに受話器を置かれ、僕はここからほんの数分の位置にある実家の音を聞かされた。
 母さんが父さんを呼んでいる声。電話じゃ聞き取れないようなテレビの音や時計の音。エアコンの音や母さんの水仕事の音。
 実際に聞こえるはずない音だけど、懐かしい音がそこにあるように感じられた。
「もしもし?」
「あ、父さん?俺だけど」
「まだ何かいるのか?」
「え?あぁ……いや、何もいらないと思うけど」
「そうか?由希のヤツも最近よく食べるからな。食費とかキツかったら遠慮なく言えよ。……出さんけど」
「いや、出してくれよ」
「わははは」
 相変わらずテンションの高い親父だった。
「……それでさ、ちょっと聞きたいんだけどさ」
「ん?」
「俺って、父さんと母さんの本当の子供じゃないの?」
「…………ぉ?」
「お?じゃなくて」
「いやいや、ちょっと待て……」
 親父は電話の向こうで何か思案している風だった。
 僕は、黙って親父の次の言葉を待つ。
 短くない沈黙の後、親父が困惑気味に話し掛けてきた。
「お前には、小さい頃にちゃんと説明したよな?」
「……」
「由希と二人並べて、ちゃんと説明したぞ、俺」
「え?それ憶えてないけど……」
「はぁ?」
「何度も橋の下で拾われたって聞かされたけど、由希と二人でちゃんと聞いたなんて記憶無いよ」
「な、何で、そんな大事なこと忘れられるんだ、お前?」
「いや、だって……」
「だって、じゃないだろう。由希だって憶えてるはずだぞ」
 そうは言われても、妹と一緒に聞かされた、なんて記憶はどこにも無かった。
「お前はあのとき泣きながら『血は繋がってなくても、僕はお父さんとお母さんの子供だよね?』って聞いてきたんだぞ」
 憶えてないよ。
「それに、そのときに由希が『由希がお兄ちゃんのお嫁さんになれば、お兄ちゃんはお父さんとお母さんの本当の子供になれるんだよね?』って言ったんだぞ」
 そんなの知らないよ。
 何で、今頃そんな話をされなきゃならないんだよ。
 ダメだ。……何か泣きたくなってきた。
「本当に憶えてないのか?」
「うん」
「そうか。……ま、いいや」
 よくねぇよ!冗談じゃないよ。そんなに軽く先に進もうとするなよっ!
「とにかくそう言うわけだから。まぁ、その……あれだ、由希を泣かすんじゃないぞ」
「え?」
 いきなり話を変えられ、僕の目が点になる。
「え?じゃないだろ。由希は物心付いたときから、お前のお嫁さんになるって頑張って来たんだから、受け入れるにしろ、断るにしろ、大事に扱えって言ってるんだよ」
「いや、でも……」
 僕のお嫁さんになるとか言ってたのは知ってるけど……。
「家にいるとき、お前の身の回りの世話とかもしてただろうが」
 言われてみれば、僕の部屋の掃除とか妹がしていたし、母さんがいないときの炊事とか全部任せっきりだった。
「俺はお前達のことに口出しする気はないが、娘の父親として由希を泣かせたら絶対に許さん!と言っておく」
「泣きたいのは俺のほうだよ」
「はっはっはっ。まぁ、そう言うな」
「……チクショウ」
「あ、それと……たまには飯でも食いに家に帰って来い。母さんも寂しがってるしな。じゃぁな」
 ぷつん、と軽い音を残し、電話は一方的に切られた。
 何て言うか……いつも通りの親父だった所為か、自分が両親の子供じゃないって実感が湧かなかった。
 目をゴシゴシと擦り、前を見る。
 夕方の赤さがまだ残る公園は静かだった。
 昼間は、小さな子供を連れたお母さんとかがよく集まってる公園だった。
 そんな光景を見てたら、間違いなく僕は泣き出していただろう。
 今は誰もいない。
 ほんとうの親とか肉親とかは、どうでもよかった。
 僕は両親が好きだった。
 感謝してるとか大事にしないとダメだと思ったことは無い……が、ただあの二人が好きだった。
 だから、血が繋がってないってことが、とても切なくて寂しかった。
 僕はもう一度、家に電話を掛けた。
 何がしたいのか、何が言いたいのか、自分でも解らなかった。
 今度は、親父が出た。
「……もしもし」
「お?なんだ、まだ何かあったか?」
「うぅん……」
 僕はそこで黙ってしまった。何を言いたいのか、自分でもさっぱり解っていなかったからだった。
 親父も何も言わない。
 長い沈黙の後、親父がようやく口を開いた。
「あのな……浩司」
「うん」
「血は繋がってなくても、お前は俺と母さんの子供だ。……思ってるとかじゃなくて、子供なんだよ」
 親父の声は、ほんの少しだけ震えているように聞こえた。
「だから……その……あれだ。こう言う事は言いたくないが、お前のことを愛している」
 言いたくないのかよっと、心の中でツッコミを入れつつ、いつもどおりの親父の言いように、くすりと笑みが零れる。
「もちろん、母さんも、だ。……母さんと話するか?」
「うぅん。また……今度でいいよ」
「そうか」
「色々と思うことがあるだろうが……いや、何でもない」
「なんだよ?」
「…………お前、泣いてるのか?」
 電話越しだから見えるはずが無いのに、僕は慌てて涙を拭いた。
「泣くわけないだろっ」
「……そうか。悪かったな」
 そして、また沈黙が訪れた。
 今度は、親父が口を開くのを待たず、僕から話すことにした。
「今度……」
「ん?」
「また家にご飯食べに行くよ。こっちにいるとコンビニの弁当ばっかりだし」
「あぁ、そうだな。母さんに伝えとくよ」
「じゃぁ……」
 そう言って、僕は電話を切った。
 気持ちが落ち着くのを待って、僕はベンチから立ち上がった。
 辺りは、すっかり暗くなっていた。
 
 
 アパートに帰った僕を迎え入れてくれたのは、暖かい味噌汁の匂いだった。
「おかえり」
 料理の手を止め、その場で笑みを見せる妹は、とても小さく見えた。
「ただいま。……親父と話してきたよ」
「うん」
「何か……いつも通りだった」
 照れ臭そうに笑いながら、僕は妹の横に立つ。妹は、料理をするのに軽く纏めた髪が妙に似合っていた。
「ん〜……いい匂い」
「お腹空いてるなら、すぐに用意するけど。……どうする?」
「うん。お腹空いてる」
 僕が言うと妹は、いつもの笑顔を見せてくれた。
 
 久々に食べる妹の手料理は美味かった。
 妹は自分が食べる合間に、手塚さんに先に冷ましていたご飯を食べさせていた。
 食事が終わると、「食後のお茶ですよ?」とか言いながら、妹は紅茶を僕に前に出した。
 手塚さんはベッドで丸くなって寝ている。
 妹は僕に告白したことを意識しているみたいで、家の中に奇妙な緊張感が漂っていた。……けど、今は手塚さんの問題を先に片付けたかった。
 パソコンの前に置いた椅子で寛ぐ妹に、僕はずっと気になっていた疑問を口にした。
「ところでさ……手塚さんは、どうして俺のところに来たんだろう?」
 妹は紅茶を口に含み、「ん〜〜〜」と唸り、「多分」と前置きした後に、
「香織ちゃんは、お兄ちゃんが好きだったんだと思う」
 と、言った。
 モテモテじゃん……僕。
「香織ちゃんのお父さんとお母さんが外国行くときに、一緒に着いて行くって話だったんだよね」
「ふんふん」
「でも、どうしても日本を離れたくないって、駄々言って残ったって言ってたよ」
「その理由が……俺?」
「うん」
 う〜ん……そうだったのか。って、全然実感無いんですけどね。
「お前は手塚さんから、それ聞いてたの?」
「うぅん。でも、なんとなくわかってた」
「なんとなくって、何だよ?」
「お兄ちゃんが家を出たのと、香織ちゃんの両親が海外に行くって決まったの時期が重なっててさ……色々相談しあってたんだよ」
 どこか寂しそうに由希は顔を伏せる。
「だから……かな?」
「ん?」
「香織ちゃん、言い出せなかったんだと思う。あたしがお兄ちゃんのこと好きだって相談しちゃったから……」
「……そか」
「あ!でも、今すぐ返事欲しいとかじゃないんだよ。お兄ちゃん、今まで自分のこと知らなかったんだし……妹から、いきなり告白されても困るよね」
 言いながら、また由希は涙目になっていた。
 この話題は、あれだ……できるだけ触れないようにしよう。
 話題を変えよう。
「で、さ。あれ、手塚さんの猫化って、どうなんだろ?」
「え?あぁ、多分ね……狐憑きの一種だと思う」
狐憑きって、いつの時代の話だよ」
「…………」
「何だよ、その馬鹿を見るような目は」
「ま、普通の日本人はそんな物かも知れないかもね」
「どういう意味だよ」
「あのね……世間一般は科学、科学って言ってるけど、科学なんて知識のほんの一欠片でしかないの」
「……なに言ってんの、お前?」
 この妹はアニメかマンガの見過ぎですか?
「いいから聞いて。……知らないと理解できないかもしれないけど、一般的な科学のみを探求している人なんて、ほんの一部なんだよ」
「いや、だからって、いまどき狐憑きは無いだろう?」
「だ〜か〜ら〜〜、その『いまどき』を日本だけの感覚で捕らえてるのが馬鹿だって言ってるのよ」
 僕は妹の言葉に納得できず、唸りながら眉を寄せる。
「あのね、ヴァチカンは今もエクソシストの不足に頭を抱えているし、世界中で悪魔祓いは行われてるのよ」
「はぁ?」
「はぁ?じゃなくて、これは本当の話なの」
 騙されたくないときは……眉に唾を付ければいいんだっけ?
「もちろん、現在では現地の精神科医や学会とも連絡を取り合って悪魔祓いは行われてるらしいけど……」
「それって……ほんとに、そうなのか?」
「うん」
 当たり前のように、由希は頷いた。
「……何で、そんなこと知ってるんだ?」
「何でって……一般常識かな?」
 ほんとうに現在も悪魔祓いとかされてるのか?
 僕の悪魔祓いのイメージは、棒や箒で被害者を叩いて悪魔を追い出したり、ベッドに縛り付けて、横で聖書を読むとかいった物だった。
 いまでもそれが成されていると?それとも……現在の悪魔祓いは、もっと違った物なのだろうか?
「で?」
「でって?」
 不思議そうに、由希は僕を見返す。
「手塚さんは、どうやったら治るんだよ?」
「多分……2〜3日で治ると思うよ」
 説得力ねぇ!!
「根拠は?」
「香織ちゃんがここに来たのは、寂しかったからだと思うの」
「ん……むぅ」
「だから、一緒に暮らしてたら治ると思うよ」
「一緒に……ね」
 声音に、不満そうな色が出てしまったが、それは気にしないことにした。
「あたしとお兄ちゃんと香織ちゃんの三人でね」
 由希は、僕をにやにやと笑いながら見て言った。
 でも、三人で暮らせば、本当に治るんだろうか?
 ちらりと丸くなって眠っている手塚さんを見る。
 気持ち良さそうに、幸せそうに眠っている寝顔を見ているうちに、大事になる前に戻ってくるなら、それが一番だと思った。
 2〜3日で戻るのなら我慢してみるか。
「まぁ……好きにしろよ」
 そう呟いた僕の脳裏が、今日一日で見せられた数々のお宝映像に侵されていたとして、誰が責められようか?
 
 
 現実から目を逸らしても、問題はそこにしっかり存在している。
 香織ちゃんと一緒にお風呂しちゃったから、と言う妹を残し、僕はシャワーを浴びた。
 色んなことがあった一日だった。
 猫化した手塚香織、妹からの告白、自分の出生……一つ間違えたら、エロゲーになりそうな一日だった。
 制服から無防備な太腿を晒した手塚さん、ワイシャツ一枚の手塚さん、濡れた目で僕を見る妹、今日一日を振り返ると、そっち系ばっか思い出して仕方なかった。
 下を見ると、エネルギー充填120%のアレが激しくシャワーを弾いていた。
 溜まってんのか……僕は?
 シャワーを思いっ切り冷たくして、中心部の熱さを逃がすと、雑念が頭に浮かぶ前にさっさと風呂場を出ることにした。……が、そんな努力は無駄だと一瞬で悟った。
 パジャマ姿で布団の上に座ってる妹を見た瞬間、今まで感じたことが無い昂りを体の中心に感じた。
 やべぇ!!
 油断すると下半身に血が集まりそうになるのを堪えながら、僕はベッドに腰を下ろした。
 ベッドの上で寝ていた手塚さんが、ちらりと僕を見て、ゆっくりと目を閉じる。
 開いたワイシャツの胸元から乳房の上半分が丸見えだった。
 こっちもヤバイじゃないですか!
 そんな僕の焦りを知っているのか、いないのか……妹は、
「お兄ちゃん、どっちで寝る?」
 と、聞いてきた。
「ど、どっちって」
「あ、なんか噛んでるし」
「う……うるさいっ」
「ん〜〜〜えっちなこと考えてた?」
 考えていたが、素直に考えていたなどと誰が言うだろうか?
「考えるわけ無いだろう」
「そかぁ。……あたし、魅力無いのかな?」
 自己主張の激しい胸の上に、両手を重ねて、由希は僕に問い掛けてくる。
「え?」
「お兄ちゃんは、あたしと……え、えっちなことしたいとか思わない?」
 ちょっと待て!と思いながら、僕は何も言えず、パジャマ姿の妹を見ていた。
「あたしのこと好きじゃなくても……お兄ちゃんになら、何でも……ゆ、許せるよ」
 耳まで真っ赤になりながら、妹は小さな声でそう言った。っていうか、もう半分泣きそうになってるし。
 妹の視線が僕の顔からやや下に降り、ぱっと横を向いた。
 あーはいはい。
 そうですね。前屈みに座ってても、これだけギンギンになってればバレますね。
 由希がゆっくりと身体を近付けてきた。
 その手が太股に置かれ、僕はびくん!と反応してしまった。が、その手を振り払うことはできなかった。
 恥ずかしそうに唇を歪め、妹は手を僕の中心へと伸ばしてくる。
「こうすると……き、気持ちいいんだよね?」
「……うん」
 もう僕には、妹の手を優しく握り締め、「そんなことしなくてもいいんだよ」と言うだけの理性は無かった。
 ベッドから布団に移ると、妹は僕のパジャマを脱がし、僕の中心を慣れない手付きで握り締めた。
「……熱い」
 由希が不思議そうに呟く。……が、逆に、僕にはひんやりと感じる手の感触が気持ちよかった。
「…………うん」
 曖昧な返事を僕は漏らす。
「それに……なんか……すごい形だよね?」
「そんなに見るなよ」
「恥ずかしい?」
「……馬鹿」
「ね、もっと……気持ちよく……なってよ」
 ぎこちない手付きで触りながら、妹はぽつりぽつり呟いていた。荒い息遣いが、妙にいやらしかった。
 静かになったな。……そう思ったら、舌先でちろり、と舐め上げられた。
 手とは全く違う快感に、僕の中心が激しく脈打つ。
「あ、すごい動いた」
 面白がってるのかと、顔を上げて妹を見ると、僕の堅くなった物を前に恥ずかしそうにしている妹の顔があった。
「これ……気持ちいいんでしょ?」
「どこで、そんなの憶えてくるんだ?」
「ん……ない……しょ。……でも、ほんとに……するの……お兄ちゃんが……初めて……だよ」
 確かに慣れてないのはわかる。っていうか、実際に詳しい知識がないのは、すぐにわかった。
 両手はただにぎにぎと握るだけだし、口のほうも舌先でぺろぺろ舐めるだけだったからだ。だけど、その不慣れな手付きと舌使いに、これ以上は無いほどに愛しさを感じた。
 妹が身体を起こす気配を感じ、僕は顔を上げる。
「ね……お兄ちゃん」
 手は今もにぎにぎと繰り返し、握っている。
「……したい?」
「したい……けど、ゴム無いぞ」
「ゴムって?」
「コンドーさん」
 コンドーさんと聞いて、妹は一瞬で真っ赤になった。
「な、無いと……ダメかな?」
「うん。やっぱ、ちゃんとしないとダメだと思う」
「そっか」
 にぎにぎとしながら、ちょっと項垂れてる妹の前に僕は胡坐で座った。
「由希は……したいのか?」
 僕の質問に妹は何も答えず、ただこくん、と小さく頷いた。
「ね、お兄ちゃん。……キスして」
 由希の肩に手を置き、ゆっくりと僕は唇を重ねる。
 小さく震えてる肩が愛しかった。
 さっきまでと違う興奮が身体の中にあった。
 心臓の音がうるさかった。
 唇を離すと、深い溜息を漏らしながら、由希は僕の肩に額を当て、
「……大好き」
 と呟いた。
 線をなぞるように由希の身体を愛撫する。
 パジャマの上から胸に触れると、そこには堅くなった乳首の感触があった。
 僕を握り締めていた妹の指が、ゆっくりと離されていく。
 息を殺し、恥ずかしそうに横を向いたまま、妹は僕の手を感じている。
 震える指先で、パジャマのボタンを一つずつ外していく。
 肩からパジャマの上着を落とし、僕は妹の乳房に顔を埋めた。
「お、お兄ちゃん……だめ……」
 左手で妹の背中を支え、右手の掌全体で包み込むように乳房を包み込む。
 目の前にある堅くなった乳首にキスをする。
「――ふぁっ」
 妹の身体が激しく震えた。
「あ、だめ……だめだってば……ぁん」
 僕は妹の言葉が聞こえないかのように、小さな背中を抱き寄せ、唇を重ねる。
「んっ……いやっ、待って……お願い……香織ちゃんが……香織ちゃんが見てる」
 妹の首筋から顔を上げベッドを見ると、丸くなって眠っていた姿勢のまま、手塚さんはじっと僕らの様子を見ていた。
 それは静かな、感情の無い目だった。
 
 その夜、下半身の堅さが抜けるのを待ちながら、僕はぼんやりと闇の中で天井を見ていた。
 妹は僕の傍らで小さな寝息を立てている。
 ベッドの上で寝ていた手塚さんは、布団の上に降りて来て、僕らの足元で丸くなって寝ていた。