進藤コースケ君の受難の日々:01
 
 
 唐突に周囲の雑音が消え、僕は立ち読みしてた週間マンガ雑誌から顔を上げる。
 そのときには、すでにコンビニ内の他の客も店員の姿も消えていた。
「フィールド?」
 小さく呟いたはずの声が、さして広くない店内に響く。現実世界との差異はほとんど感じられないから、それほど大きな物じゃない。ってことは、このフィールドを展開しているジョーカーは近くにいるはずだった。
 迂闊だった。ジョーカーが近付いているのに気付かないほど、むっちりした萌絵に夢中になっていたとは……。
 僕は読み掛けの雑誌を棚に戻し、コンビニの外へ出る。もちろん、周囲の警戒も怠らない。
 大通りには、違法駐車の車の姿はあったが、走っている車は一台も存在しない。それだけで、妙に道路が広く感じるから不思議だ。
 すでに自分を中心にフィールドを展開している。が、それでも僕は道路に出ずに歩道を歩く。
 この互いにフィールドを展開するのは、不用意に道路に飛び出したときに、フィールドを解除されるのを避けるためだ。
 だって、現実世界に戻った瞬間車に跳ねられ、再び展開されたフィールドの中で殺されるなんて格好悪いからな。
 とにかく、この異空間『フィールド』で行われる殺人ゲームでは、ジョーカーとターゲットが互いにフィールドを展開するのは常識だった。
 歩道をゆっくりと歩く僕の前で、ブレザー姿の女子生徒が横路地から、ふらりと出てきた。
 プレイヤーがそれぞれ持つ自分専用の武器『アームズ』は、まだ出していない。けど、路地からの奇襲を狙わなかったってことは……小回りの利かないアームズってことか?
 いや、戦闘マニアの可能性もあるな。
 殺されても、現実世界で死ぬまで三日間の猶予のあるこの殺人ゲームでは、好き好んで戦闘を繰り返す、通称:戦闘マニアが存在していた。ヤツらはジョーカーを見れば狩り出し、また戦闘能力の低いプレイヤーから条件付きでジョーカーを受け取ったりしている。狙いたいプレイヤーがいたら、そういうこともするらしい。けど、僕は個人的に狙われる覚えは無いので、彼女は戦闘マニアである可能性は低いと思われた。
「……見ない制服だね」
 僕の言葉を聞き、彼女は僅かに眉を寄せる。
「地元は、どこ?」
「篠山」
 彼女が、ぼそっと小さな声で呟くのが聞こえた。けど、えらく遠くまで来たんだな。
「ふぅん……地元じゃ戦えない理由でもあったの?」
 この余裕のある振りは、もちろんポーズだ。僕のアームズは決して強くないし、出来ればアームズ自体出したくなかった。
「別に」
 彼女がまたぼそっと呟く。この話し方は緊張しているからなのか、それとも元々こういう話し方をする子なのか……判別付かなかった。
「場所を変えないか?向こうに公園があるから、そこで殺り合おう」
 出来れば、ここで逃げ出して欲しかったが、彼女は小さく頷き、僕に近付いてきた。
 互いに緊張したまま、誰もいない町中を並んで歩く。無意識に、僕は小柄な彼女に合わせて、歩調を遅らせていた。
 ちらっと彼女が僕を見上げる……けど、それには気付かない振りをした。
 
 見た感じ、普通の真面目そうな女子だけど、こういうヤツがめちゃくちゃなアームズ出したりするから、出来れば戦闘は避けたかったんだけどな。
 公園の奥の芝生の中で、僕と彼女は距離を置いて向かい合っていた。
「……始めます」
 その言葉に僕は意識を右手に集中し、アームズを出現させる。もう出したくないとか言ってる状況じゃなかった。
 泡のような光が収束し、僕の右手の中にアームズであるトゲトゲのいっぱいある金属バットが握られる。
 それを見て彼女が、
「え、えすか……」
「違う!」
 呟くのを僕は必死の叫びで止めた。
「これは違う!僕はちびっ子の巨乳の天使なんか知らない!読んでないし、アニメも見てないし!!」
 はぁはぁと息を切らす僕を、同情的な目で彼女は見ている。
「やめろ!そんな目で僕を見るな!!殺るんだろ!!?出せよ!さっさとお前のアームズを出せよ!!」
 羞恥に赤くなりながら、僕は叫び……一瞬で後悔した。
 僕とは比べ物にならない収束速度で出現した彼女のアームズは――ロケットランチャーだった。
 冗談じゃねぇえ!!。
 叫ぶ間も与えず、彼女は照準を僕に合わせ、ロケットを発射した。
 一瞬、失速したように落ちたロケットが、
 どひゅん!
 と、火炎を吐きながら僕に向かって来る。
 ちょ、マジですか!!?
 バックステップで、その場を下がり、僕は反射的にアームズである金属バットを大きく振りかぶっていた。
 あ、僕……中学まで野球部の四番バッターで活躍していました。
 考えるより先に体が動いていた。
 左足を後ろに下げ、右足を強く踏み込む。腰の回転でバットを振りながら、身体に染み込んだ習慣で、ロケットの先端にバットの真芯を持っていく。
 ジャストミート!!!
 って、あれ?
 僕は巨大な爆発に包まれ、粉々に砕け散った。
 
 目を覚ますと、世界は喧騒に包まれていた。プレイヤーのどちらかが死ねば、フィールドは強制解除され、通常空間に引き戻される。
 僕の横に膝を着いて座り、心配そうにさっきの彼女が顔を覗かせていた。
 ちっ……やっちまったぜ。ロケット弾を金属バットで打ち返したヤツは、世界で僕だけだろう。そりゃ、死ぬっての。
「なんだよ?」
 僕は起き上がりながら、面倒臭そうに呟く。どっちみち、バカな死に方をしたから、おもしろがって見てたんだろう。
「あ、あの……ちょっと心配だったから」
「え?」
 僕はほんきで驚き、彼女を見る。
「あ、その……」
 彼女は、もじもじと恥ずかしそうにすると、
「粉々になっちゃったから、ちゃんと元に戻るのかなって?」
 と笑いながら言った。
「大丈夫だよ。フィールド内で受けた傷や怪我は、こっちに戻ってきたら消えるの知ってるだろ?」
「うん」
 彼女はにっこりと笑う。けど、笑うと、めっちゃ可愛いな、こいつ。
 そんな僕の感想に気付いていないのだろう。
「じゃ、ジョーカーよろしくね」
 彼女は笑顔でそう言うと、公園の外へと軽やかに出て行った。
 僕は芝生の上に座ったまま……また戦闘をしなくちゃダメなのか、と溜息をついた。
 マジで出したくないんだよな、あのアームズ。
 でも、三日間の時間切れで自殺させられるよりはマシか。もっとも、それも誰かに勝てればの話だけど……。
 確か、七組の坂本がプレイヤーだったから、隙を見て、後頭部をかち割ってやるか。
 立ち上がって、軽く伸びをして……僕は公園を後にした。
 
 彼女の連絡先を聞いておくんだったと気付いたのは……夜中、ベッドの中でだった。
 ジョーカーは、自分にジョーカーを渡したプレイヤーを襲えないんだし、聞いたら教えてくれたかもしれないのに。
 ま、縁が合ったらまた会うことになるだろう。ジョーカーになってるってことは、彼女はどこかで情報をリークされてる可能性があるし、僕がここに住んでいると知っているから、またジョーカーになれば殺りに来るかもしれないしな。
 もっとも、それも僕が生きていればの話だけど……。忘れずに、明日ちゃんと坂本を殺ろう。