第二話 カッツェの想い
 
 目を覚ますと……窓を開けるのも忘れて、私はガラス器具が端に寄せられた作業机の前に走り寄ります。
 作業机には綺麗に洗われた木綿の布が広げられていて、その上には乳白色の小さな塊がいくつも並べられていました。昨日の夜、最後に見たままの姿です。
 寝る前にはまだ熱かったそれも、いまでは完全に熱が逃げ切った状態になっていました。
 広げられた布の上に転がるそれらは小さな長方形で、ちょっと歪な感じが可愛さをアピールしています。
「ふぅ……」
 私は長い溜息を吐き、腰に手を当てて、もう一度それらの姿をじっくりと眺める。
 見た目は完璧でした。
 製作の途中で茶色く変色してしまったので、どうなることかと思ったけど……ま、天才王宮錬金術師の私が失敗するなんて滅多にありませんからね。もっとも、いまは錬金術を使う村娘ってことになってますが。
 私は広げていた布でそれらの物を包むと、昨日の夜から用意していた革袋の中に入れました。
 着替えをする前に、部屋の空気を入れ替えようと木窓に近付き、私はいつものように大きく開き……言葉を失います。
 見慣れた風景はそこにはなく、真っ白でなにも見えなかったからです。
 辺りを包み込む白い粒子は這い進むように窓から零れ落ち、私の足元に広がりました。
 信じられないほど濃厚な霧が、カシィ村を覆い尽くしていました。
「すごい」
 呆然と呟き、私は慌てて窓を閉めます。
『霧の中に棲む魔物は、若い娘を連れ去ってしまう』
 と、聞かされたことがあるからです。
 別に迷信深いわけじゃないですけど、あんまり気持ちのいいものじゃないですからね。
 足元に近付いた霧を感触を払うように手で擦り、脱ぎ捨てていた服を掛けた椅子に近付きます。
 今日はアリエと約束してたのに……霧、大丈夫かな?
 
 着替えを済まして、屋根裏部屋から下ろされた階段梯子を降りるとおじいさんの家の二階に出ます。その部屋を出ると、細い廊下があり、その突き当りの階段をさらに下りると……一階の暖炉のある部屋です。
 その部屋の二つある扉の小さい方を開くと、いつもご飯を食べている食堂に出ることができます。何気におじいさの家は大きかったりしますので、居候としては気兼ねしなくていいので助かります。
「おはようござい……ま、す」
 扉を開けると同時に、元気いっぱいに口にした朝の挨拶が尻すぼみに小さくなりました。
「うむ。おはよう」
 険しい顔で言うおじいさんの視線を受け、私は小さくなります。
「よぉ」
 おじいさんの前に座った青年――カッツェさんが陽気に手を上げて言いました。
 私はぺこりと頭を下げて、おばあさんの横に小走りに近付きます。
「おはようございます」
「あら、おはよう」
 にこにこと笑いながら、おばあさんは私の背中を手をやって、食卓の前の……いつもの椅子に座らせます。
 遠慮せずに、いつもどおりにしなさい。ということなのでしょう。
 湯気の立つミルクの入ったコップが置かれ、私はそれをじっと見下ろします。
「……いただきます」
 カッツェさんは、エア・ボートを丸太から切り出すのを手伝ってくれたり、おじいさんの手伝いをしたり、といろいろとお世話になっている人だったりします。
 家が隣にあるってことで、何度も顔を合わせているんですが……いきなり食卓にいられるとびっくりします。
 そういえば、前にウサギ狩りに行ったときにお尻に火傷をしたらしいけど、もう治ったのかな?
 ちらっと見ると普通に座って足を組み替えたりしてるから、もう痛くはないみたいでした。
 私はパンを取り、小さく千切ると口の中に入れ、もぐもぐと食べます。ウサギの干し肉とチーズの絶妙の味わいも……何て言うか、複雑な気分です。
 おじいさんとカッツェさんの話題は春が近いこともあって、今年の春小麦の出来具合を予想するものでした。
「今年の冬はよく冷えたから、きっと土が良いに違いない」とか「そのくせ雪が少なかったから水の具合に不安がある」とか、私にはよくわからない話題でした。  
 だから、ただ単に黙って食べていただけなんですよ。別に他意があったわけじゃないんです。なのに……
「ん?今日はずいぶんと大人しいな」
 おじいさんがにこにこと笑いながら私に言いました。
 その言葉に、カッツェさんが不思議そうに私を見ます。
「べ、別に大人しくないですよ」
 私はぷいっと横を向きたいのを我慢して、ヤギのミルクを飲みます。おじいさんを睨みながら。
「ほっほっほっ」
 おじいさんが愉快そうに笑うのもわかります。だって、自分でわかるほど顔が赤くなってますからね。
 あ、一応念のために言っておきますが、私は別にカッツェさんが好きとかじゃないんです。ただ単に、人前で食事をするのに慣れてないだけなんです。……嘘じゃないですよ。
「そうだ。ティサは錬金術を使うんだよな?」
 急に話題を振って、カッツェさんがにっこりと笑いました。
 私はそれに小さく頷きます。それは口の中にパンが入ってからです。緊張して声がでないわけじゃないです。
「じゃぁさ……その、あれとか」
 あれって?
 首を傾げながら、私はミルクの入ったコップを手にします。
「よくいうじゃないか、ほ……惚れ薬とか。ああいうのってさ、やっぱ錬金術で作れる?のかなっとか思っちゃったりして。あはははは」
 明るく笑うカッツェさんを、私は呆然と見ます。
「ね、ホロイさん?」
 同意を求められたおじいさんは、私の様子を見て、
「ふむ」
 とだけ言いました。
「ほら、旅の呪い師とか売ってるようなヤツで、飲むと飲ませた相手を好きになっちゃう薬とか……あると嬉しいなぁ」
 あっはっはっはっと、後頭部を掻きながらカッツェさんは大笑いをしました。
 私はコップを置き、大きく深呼吸をして怒りを抑えます。
 そう、世間の人の錬金術に対する認識は、この程度なのです。だから……呪い師扱い程度で、怒りに我を忘れるほど、私は子供ではありません。
「カッツェさん。錬金術は怪しげな呪いと全く違う物です」
「そうなのか?」
 本気で驚くカッツェさんに、私は微笑みながら頷きます。
 おじいさんが、よっこらせと椅子を立ち、おばあさんに目配せをして、二人で部屋を出て行きました。
「そもそも錬金術は真面目な学問であり、人を惑わすことを生業とする呪い師とは、むしろ相容れないものなのです」
 ほぉほぉと感心したように頷きながら、カッツェさんは私の話を聞き……
「でも、あるんだろ?惚れ薬」
 と言いました。
「あるわけないでしょ!」
 気が付くと、私はテーブルを叩きながら叫んでいました。が、もう止まりません。
「さっき真面目な学問だって言ったでしょ?言いましたよ。なのに、なんで惚れ薬が出て来るんですか?そもそも、そんな薬を人に飲ませて、どうするつもりなんですか?薬で人の心を奪って、いったい何をする気なんですか?そんな卑怯で、卑劣で、下賎な真似をして、あなたは男として恥ずかしくないんですか?」
 私は怒りのあまり涙が滲んでくるのを感じ、歯を食い縛ります。
「な、なに怒ってるんだよ?」
「怒って当然でしょう!自分が何を言ったのかわかってないんですか!」
 カッツェさんは、ぽりぽりと頭を掻きながら私を見ています。……不思議そうに。 
 私は諦めの溜息を吐き、食べ掛けていた朝食の残りに手を伸ばします。
 もう、最低だ……こいつ。
 黙って食事をする私を、カッツェさんはずっと不思議そうに見続けていました。
 
 食事を終えると、私はおばあさんのところに行き、昨日の夜に作ったものを見てもらいました。
「あらあら。これを作るのに、夜遅くにヤギのミルクが欲しいなんて言ったの?」
「はい。おばあさんに味見をしてほしいんです」
 私が差し出した革袋から、おばあさんは乳白色の小さな塊を摘み上げます。懐かしそうにその形を眺め、目を閉じて口の中にそれを含みました。
 おばあさんは、小さなミルクキャンディーをじっくりと味わっています。
 どきどきとしながら、私は感想の一言を待ちます。
「うん。美味しいわよ」
 私はその場で飛び上がりそうになるのを我慢して、
「ほんとうですか?」
 と、聞き返してました。
「もちろんよ」
 昨日の夜、自分で味見をしたときも美味しかったのですが、おばあさんが美味しいと言ってくれたのなら間違いはありません。
「これも錬金術で作ったの?」
 私が料理を出来ないことを知っているおばあさんが、不思議そうに聞いて来ました。
「はい。その……錬金術の応用です」
 実は、ほんとうにそうなのです。
『ヤギのミルク』『砂糖』『ハチミツ』と、この沸点と凝固点の違う三つの材料を混ぜ合わせて熱することで、それぞれの味を持った一個の固形物を作成する――これは錬金術の初歩を使ったお菓子作りだったりします。
「うふふ。あなたは、ほんとうに何でも出来るのね」
 そんなことはありませんが、おばあさんが嬉しそうに褒めてくれるので、私はにっこりと笑いました。 
 その後、おじいさんにも一つ食べてもらいました。
 でも、まだ家にいたカッツェさんにはあげませんでした。勿体無いからです。
 
 
「霧が出るのは、春が近付いてきた証拠じゃよ」
 と、おじいさんが教えてくれましたが、今日はその言葉どおり暖かい日でした。
 私はいまヒルハ平原で、アリエと一緒に座り込んで小さなスコップで穴を掘っています。
 あ、でも、穴を掘るのが目的ではないのです。用があるのは、穴じゃなくて土のほうだったりします。
 地平線が見えるほど、どこまでも平らなヒルハ平原の土の中から、貴重な鉱石を掘り出す!
 これが今日の私とアリエの目的でした。
 ま、実際のところ鉱石が欲しければ山に行ったほうが早いんですけどね。
 今日のほんとうの目的は、家を出たがらないアリエを暖かいヒルハ平原で日向ぼっこさせるのことだったりします。おばさんに頼まれたんですよね。
「ね、これなんかいいんじゃないかな?」
 丸っこい小さな石を持って来たアリエの手から、それを受け取り……私はそれを手の中で転がします。
「ゴミ」
 ぽいっと後ろに捨てます。
「えぇー」
「だから、さっきも言ったけど、宝石ってのは滅多に外に出てこないの。表面に見えるのは、その結晶の一部で青や緑や黄色、たまに赤いのがあるけど……それらの欠片だけなの。だから、小さな色が混じっているゴツゴツした石のほうが、価値のある鉱石の可能性が高いわけ」
 私の説明を聞きながら、アリエは拗ねたような目を私が石を投げたほうに向けています。
「さっきの石、可愛かったのになぁ」
 可愛いとか関係ないの……と、思いながら、私はくすっと笑ってしまう。
 私より小柄で可愛い顔をしたアリエがそう言うと、どこから見ても女の子にしか見えないからでした。でも、こう……何か納得いかないものを感じます。
 夜にちゃんと眠れるようになったアリエは、前よりも線が柔らかくなって、健康的っていうより女の子っぽくなっちゃってます。こう……短く切った髪を伸ばせば、美少女として近隣の町や村に名を馳せるんじゃないでしょうか?
 小麦の穂のような金色で綺麗な髪をしているから間違いありません。ちょっと悔しいです。っていうか、複雑です。
 アリエはまた土の中から小さな石を探しています。その横顔を見ながら、私は少しだけ嬉しくなります。今日はまだ一度もアリエの咳を聞いていないからです。
『冬の間だけ咳が出て止まらなくなる』
 以前、アリエがそう教えてくれました。だから、もうすぐそこに春が来ているのかもしれません。
 
 お昼になったので、私たちは持ち寄った干し肉とチーズをパンに挟んでお昼ご飯にしました。
 アリエは、ヒルハ平原にたまにある大きくて平らな石に腰をおろしています。私はいつものようにエア・ボートに座っていました。 遠くで草を食む羊たちと同じく、私とアリエはのんびりとパンを食べます。
 簡単な食事が終わると、私は革袋からミルクキャンディーを出し、アリエと食べながらお喋りの時間です。……が、ミルクキャンディーを見て、私はあの一件を思い出しました。
 そう、惚れ薬の一件です。
 私はアリエにカッツェさんの悪行をバラしてやることにしました。みんなで注意して、二度と不埒な考えを持たないようにしてもらわないと困りますからね。
「へぇ〜そうなんだ」
 目を丸くして、アリエは驚き……
「でも、そんなことしても意味が無いのにね」
 と言いました。
「だよね。だいたい薬で人の気持ちをどうこうしようってのが気に入らないし、そんなのほんとの好きって言えないと思う」
 私がぷりぷりと怒ってるのを見て、アリエは笑っています。
「そうじゃないよ」
「え?どういう意味?」
「カッツェさんが惚れ薬を飲ませたいには、フィーナさんなんだよ」
「???」
 フィーナさんって、確か……村長さんのところの娘さんだったはずだけど。
「わかんない?」
 アリエに言われても、私は首を傾げるだけでした。
「あの二人は幼馴染で、フィーナさんはずっとカッツェさんのことが好きなんだよ」
「え?」
 くすくすと笑いながらアリエは私を見てます。
「ね、ティサ。好きな人から惚れ薬を飲まされたらどうなるのかな?」
 どうなるって……どうもならないはずです。最初っから好きなんだから。
「え?でも、それじゃ……」
「うん。カッツェさんはあのとおりの人だから、フィーナさんの気持ちに全然気付いてないんだよ」
 しかも、怪しげな惚れ薬に頼りたくなるほど好きなんですか?
 普段のカッツェさんは、絶対にあんなこと言う人じゃないです。真面目で快活で働き者で……優しいけど、ちょっと馬鹿?って感じの人だから。
 そっか。フィーナさんが好きなんだ。
 私はなぜかほっとして……くすくすと笑い出しました。
 アリエもにやにやと笑っています。
「でも……」
「うん」
「あの二人ってお似合いだと思うよね?」
「うんうん」
 フィーナさんは優しい話し方をする綺麗な人で、絵に描いたような美人だったります。ちょっと大人し過ぎるところもあるみたいだけど、明るさだけなら誰にも負けそうにないカッツェさんとは確かにお似合いかもしれません。
 ま、カッツェさんも黙っていれば、それなりに男前ですしね。
 
 
 昼からも鉱石の採集はしましたが……結果は散々でした。
 まぁ……この平原そのものが海と川から運ばれた砂が長い年月の間に集められたものみたいなので、当然の結果と言えなくありません。
 夕方になる前にアリエと別れ、家に帰ると……まだカッツェさんはおじいさんと話をしていました。
 飲んでいるのが、ヤギのミルクから麦酒に変わっています。
 酔っ払いは嫌いなので、私はぷいっと横を向いて素通りです。
「よぉ、おかえりぃ」
 朝の出来事を忘れたのか、それとも全くに気にしていないのか、明るい声でカッツェさんが手を振りながら言いました。単に酔っているだけかもしれません。
「ただいま」
「うむ。おかえり」
 おじいさんは微かに頬を引き攣らせながら言いましたが、私はおじいさんに怒っているわけじゃないんだから、そんなに緊張しなくてもいいと思いますよ。
 奥の部屋に行くと、おばあさんは椅子に座って縫い物をされていました。
「あら、おかえりなさい」
「ただいま」
 私はおばあさんの横に座り、今日の出来事を話します。
 鉱石探しと、アリエの咳が出なかったこと、それにカッツェさんとフィーナさんのこと……と、不意に手を止め、おばあさんが言いました。
「あなたは、ほんとうにアリエのことが好きなのね」
 一瞬で自分の顔が真っ赤になったのを感じましたが、私は必死になっておばあさんの言葉を否定します。
「す、好きとかそんなんじゃないです。だって、その……わた、私はまだそんな歳じゃないし、アリエだって、私のことをそんな風に見ているはずがないんです。そもそも男の子とか興味無いし……だから、私とアリエはただの友達で……だ、だいたい何でそんなことを急に言うんですか?」
 焦りながら言う私を、おばあさんは驚いたように目を開いて見て……くすっと笑いました。
「はいはい。わかりました」
 その言葉に、私はぐっと喉を詰まらせます。
「アリエは、あなたの大事なお友達。そうでしょ?」
 おばあさんの言い方が何か引っかかりましたが、私は渋々頷きます。
 だって、ほんとうにそんなんじゃないんですよ。
 
 さすがに夕食までご馳走になるわけにはいかない。と、カッツェさんは自分の家に帰って行きました。
 夕食のときにおじいさんが教えてくれたんですが、春の豊作祈願のお祭りで、旅人に扮する人にカッツェさんが選ばれたそうです。
 だから、長々とおじいさんと話をしていたのかな?
「まぁ旅人の役に扮する者は、ただ麦穂の前で座っているだけみたいなものじゃからの」
 ふんふんと頷きながら、私はおじいさんの話を聞きます。
「問題は……水汲みの娘の役じゃな」
「なにか大変なことでもあるんですか?」
「うむ。カシィ村の奥にある湧き水から水を汲んでの、それを麦畑の真ん中まで運んで来ないとだめなんじゃよ」
「へぇ〜」
 カシィ村の奥の泉は、村の生活水や麦畑に使われている水が湧き出しているところだと聞かされたことがありました。確か……けっこう遠かったはずです。
「あそこから水瓶で水を汲み、麦畑までそれを零さずに歩いて来なければいけないのじゃ」
「それは……大変そうですね」
 私には絶対に無理なお仕事です。っていうか、そんな苦行をさせられる人に同情します。
 私が目を閉じて、その人の無事を祈っていると、おじいさんが言いました。
「なにを他人事みたいに言っておるんじゃ」
 え?
「今年の水汲みの娘は、お前なんじゃぞ」
 目を開けたまま、私は固まりそうになりました。
「あ……あはは。それって冗談ですよね?」
「ふんっ。冗談など言うわけがなかろうが。春の祭りの旅人はカッツェで、水汲みの娘はお前じゃ」
「ぜ……絶対に無理ですよ、そんなこと」
 私は立ち上がって抗議しました。
「うむ。わしも最初は無理だと言ったんじゃがの。……病弱なあの子には絶対に無理じゃ、とな」
「そ、そうです。私、病弱な女の子なんですよ。そのはずなんです」
 おじいさんは、私の顔をしっかりと見て、こう続けました。
「しかし、の……いまのお前はどこから見ても、元気いっぱいの娘なんじゃよ」
「ぐっ」
 確かに、その言葉を否定するには私のいまの容姿は健康的過ぎます。……が、そこを何とかしてくれるのが祖父の優しさなんじゃないでしょうか?
「でも……」
「それに、の」
 私の言葉に、おじいさんが重ねて言いました。
「ティサもカシィ村に来て長いんだから、祭りの主役として、みんなと一緒に楽しんでもらたい。……そう言われたら断るわけにもいかんじゃろ?」
 それって……私は村の人間として受け入れられたってことですか?
 私は心の中で、そう呟きました。
「どうじゃ?……大役ではあるが、引き受けてくれんかの?」
 おじいさんのこの言い方なら、まだ本決まりではないようです。私がどうしても嫌だと言えば、誰か代わりの人が水汲みの娘をするということなのでしょう。
 泉から水を汲んで麦畑まで歩くなんて、自分にできるとは思えません。豊作祈願のお祭りなんだから、途中で「やっぱり無理でした」なんて、ことがあっては許されないはずです。
 そうです。そんなことがあってはならないのです。なのに、私は……
「わかりました」
 と、おじいさんに告げていました。