第四話 春の祈願祭
 
 豊作祈願祭の当日、私は屋根裏部屋の窓が開かれる音で目を覚ましました。
「ふみゃ?」
 頭からシーツを被ったまま、ぼんやりを身体を起こします。
 窓際に、おばあさんがいつもの笑顔で立っています。
「あれ?」
 私……寝坊しちゃいました?
 そう思いながらも、まだ寝惚けた身体と頭は動いてくれません。
 ぺたんとベッドの上に座り込んだまま、ぽけ〜っとおばあさんの顔を見ています。……と、どやどやと女の人の声が聞こえて来て、大勢の村の女の人が屋根裏部屋に入って来ました。
「え?」
 突然の出来事に、私は驚いて部屋の入り口を見ます。目は一瞬で覚めたはずなんですが、予想外の展開に、今度は頭が動いてくれません。
「さ、行くわよ!」
「え?え???どこにですか?」
 状況が把握できないまま私はシーツを剥ぎ取られ、
「あらぁ、すっごい寝癖ね」
 と言われて、慌てて両手で跳ね上がった髪の毛を押さえます。
「大丈夫、大丈夫。そんなの禊をしたら直っちゃうって」
 剥ぎ取られたシーツが、ふわりと背中に掛けられ、私は小さく首を傾げました。
 禊って?
「毎年、毎年、懲りずに覗き来るバカタレがいるからね。今年は男どもが起き出す前に禊を終えるのよっ!」
 未婚の女性の中では最年長のヤハタさんが、元気に言いながら私の頬にキスをしました。
「え?あ、あの何の話ですか?」
 私は頬を手でゴシゴシと拭きながら、おばあさんに聞きます。
「祈願祭の水汲みの娘は、巫女みたいなもんだからねっ!お祭りが始まる前に禊をするんだよ」
 答えてくれたのは、ヤハタさんでした。
「さっ!みんな、ティサを運んでっ」
 そんな、人を荷物みたいに言わな――
「わひゃぁ!」
 私はほんとうに荷物みたいに持ち上げられて、屋根裏部屋から運び出されました。
「待ってください。着替え!せめて着替えをさせてください」
「ダメダメ。どっちみち裸になって、その後、水汲みの娘の衣装を着るんだから、いま着替えたって無駄でしょう?」
 寝ていた格好のままシーツに包まれて、私はおじいさんの家から拉致されてしまいました。
 
 そんな私が解放されたのは、裏山の小さな滝の前でした。
 もっとも、解放と言っても地面に下ろしてもらえただけですけど。
 地面に座り込んだままの私を、村のみなさんは腕を組んで見下ろしています。
「あの……」
「禊って、わかるよね?」
 ヤハタさんに言われて、私はこくこくと頷きます。
「じゃ、脱いで」
「え?」
「え、じゃないでしょ?そんなの着たままじゃ、禊ができないでしょ」
「いえ、でも……」
 焦る私の前で、女の人たちはスカートをたくし上げ、上着を脱いで、あっと言う間に上半身だけ裸になってしまいました。
 もちろん、ヤハタさんもです。
「悪いけど、ぐずぐずしていると、ほんとに男どもが来るからね。さっさと終わらせてもらうわよ」
 そう言うと、ヤハタさんは私の両手を取って立たせ……後ろに立った女の人たちが、上と下を同時に脱がせました。
「ひぃぇえええっ!」
「変な声、出さないの!」
 ヤハタさんに両手を掴まれているので、自分の裸を隠すことも出来ないまま、私は滝壺の方に引き摺られていきます。
「ちょ、ちょっと待って。つ、冷たい!冷たいから、ほんとに待って……あ」
 水底の石で足が滑り、私はうつ伏せの状態で滝壺の澄んだ水の中に派手に倒れてしまいました。
 どばしゃっ!と派手に水が飛び散ります。
 反射的に起き上がり、私は水の中に座り込みます。が、すでに全身びしょ濡れでした。
 何でこんな目に合わないといけないんでしょう?
 ふるふると顔を振って水を切ると、私の一番近くにいたヤハタさんが、水飛沫の直撃を受け、頭から水を滴せていました。ちょっといい気味かもしれません。
「もう、危ないから気を付けなよ」
 苦い感じの笑みを浮かべながらヤハタさんは私を立たすと、派手な水音を立てながら落ち続ける滝の近くまで連れて行きます。
「さ、この辺でいいかな?」
 そう言うと、ヤハタさんは水に浸した布で、丁寧に私の身体を拭き始めました。
「あ、じ……自分で出来ますから」
「なに言ってんのよ。自分でしたら禊にならないでしょ」
 いえ、そんな話は聞いたことがありませんが?
「そうそう。あなたは大人しく立っていればいいの」
 他の人もヤハタさんと同じく、滝壺の水と布で私の身体を磨いていきます。でも、これって……すっごい恥ずかしいんですけど?
 頭の天辺から爪先まで……それこそ髪の一本から足の指の間まで磨き抜かれて、私はようやく滝壺の外に出ることを許されました。
 濡れた身体を真新しい木綿で拭かれても、もう成すがままです。信じられないところまで他人の手で洗われて、私は茫然自失状態でした。
 新しい下着の上に水汲みの娘の衣装を着せられていきます。
 真っ白なシャツと踝まである長いスカート。胸の下でボタン留めをする古いデザインのベスト。スカートの上から編み込まれた綺麗な布を巻き、長い腰布で留めます。そして、丈の短いジャケットを着せられ……レースで飾られたスカーフで髪を纏められました。最後に、革靴を履かされて終了です。
「んっ!完璧」
 ヤハタさんが宣言すると、周りの人たちは手を取り合ってきゃーきゃーと喜びました。
 私はというと、勧められるまま水面に自分の姿を映し……放心していました。
 誰ですか?これ。
 
 
 禊の後は、そのまま村の穀物庫の奥に隔離されてしまいました。
 水汲みの娘としてお披露目がされるまで、人目に付いたらいけないそうです。
 用意された朝ご飯を食べていると、少しずつ外が騒がしくなってきます。祭り見物の人を見越して、露天市場も開かれるそうなので、その準備が始まったのかもしれません。
 どっちかって言うと、賑やかなのが好きな私としては、外の様子が気になって仕方ありません。
 水汲みの娘をするより、あっちで遊んでた方が楽しいんじゃないでしょうか?
 そわそわしている私を見て、ヤハタさんがにんまりと笑いました。
「んふふふ。やっぱ、外の様子が気になる?」
「え?あ、はい。ちょっと……かなり」
 誤魔化してもしょうがないので、照れ笑いをしながら言います。だって、ほんとに気になるし。
「もう、しょうがないお嬢さんだねぇ」
 言いながら、ヤハタさんは穀物庫の上の方にある木窓をちょいちょいと指差します。
 見ると、その木窓の下には、階段のように藁が積み上げてありました。
「ちょっとだけ、だよ」
「はい!」
 私は大喜びで藁を乗り越え木窓に近付き……そうっとそれを開きました。
 外の眩しさに一瞬だけ目を細め、次の瞬間――
「わぁ……」
 私は自分でも気付かずに、感嘆の声を漏らします。
 人、人、人、です。びっくりするほどの人が麦畑の周りに集まっていました。揚げパンや珍しい果物を売っている露店や、よくわからないみやげ物を売っている露店も出ています。楽師や吟遊詩人っぽい人もいれば、一目で騎士とわかる甲冑姿や草原では珍しい冒険者、それに行商人風の人も多く見えます。
 でも、一番多いのは町服姿の人で、きっと近隣の町や村から来た祭り見物の人たちでしょう。
 その大勢では言い表せないほどの人たちが、祭りが始まるのを、今か、今か、と待っています。
「すっごいでしょ?」
「はい」
 いつまでも見ていると怒られるので、私は木窓を閉めて、ヤハタさんの前に戻ります。
「カシィ村は、平原の外れにあるけど、この地方じゃ小麦の名産地で、一番古い村だからね」
 ヤハタさんは誇らしげに言い、
「豊作祈願の祭りは神事でもあるんだよ」
 と、付け足しました。
 でも、それはおばあさんに聞かされていましたので、私は素直に頷くだけにします。
「この結果次第で、ヒルハ草原全体の収穫が決まると言っても過言じゃないしね」
 え?
 予想外の言葉に呆然とする私に、ヤハタさんは説明を続けます。
「だって、カシィ村が不作の年は、ヒルハ平原の草の具合が悪いんだよ。草が悪いと羊の毛や肉の質が落ちるでしょ?」
「あ、そう……ですね」
「それに村が不作ってことは、山の木の実も良くないってことで、冬に毛皮を獲るのにも影響するわね」
「あ、あの……それって……」
「だから、水汲みの娘はこの平原の一年を左右する神事なんだよね」
 私はその言葉に、全身がビキビキに固まるのを感じました。
「あ、でも、そういうのも昔の話だからね。いまはただのお祭りだよっ」
 ヤハタさんは明るく言ってくれましたが、そんな言葉で私の身体と気分が解れるはずがありません。
 そして、私が本気で後悔し始めたとき……穀物庫の扉が開かれました。
 
 
 子供の狼神であるフェルルに扮した男の子に手を引かれ、カッツェさんが麦畑に出ると、次は私の番でした。
 普段よりも着飾り、薄く化粧をしたフィーナさんに手を引かれ、私は村の人や見物人の拍手を受けながら穀物庫から麦畑へと歩いて行きます。
 確かに、神事と聞いて思い浮かべる静粛さはありません。でも、どこか……何て言うか、何かを期待されているのだけは伝わってきます。
 それが寸劇としてのおもしろさか、豊作祈願としての神事の成功かはわかりません。ですが、普通じゃない期待を背中に、いえ、全身に感じます。
 水汲みの娘として、フィーナさんに紹介された私は村の人たちや旅人に扮したカッツェさんに頭を下げて挨拶をします。
 当時はスカートを持ち上げて挨拶をする習慣は無かったそうで、そこは事前に注意されました。
 カッツェさんは泉で水を汲んで、自分が耕すところに巻いて欲しいと私に頼みます。
 それらのやり取りに言葉は無く、ただ身振り手振りで進められていきます。
 私は旅人の願いを理解したことを示すと、大きな水瓶の横に置かれた小さな水瓶を手に取ります。そして、それを頭の上で支え、カッツェさんとフィーナさんに背中を向けて歩き出しました。
 ここで私は気付きました。
 あの大きな水瓶は、水を汲むための物ではなく、汲んできた水を入れるための物だったのです。
 騙された悔しさに歯切りしたいほどでしたが、私はにこやかな笑みを浮かべたまま、麦畑の間の道をゆっくりと進んで行きました。
 
 泉までの道順は、村の中を通らず、山裾をぐるりと回る傾斜が緩やかな方の道です。……が、結果として、祭り見物の人たちの前を通り過ぎることになります。もちろん、私が進んで行くのを邪魔するような人はいません。でも、静かに見つめてくる視線が痛いです。
 ざわざわと騒がしかったのも、いまではときおり誰かが囁く程度になっています。
 緊張を解すため、私は何度かゆっくりと深呼吸をする必要がありました。
 坂道に入ると前で、お母さんと一緒にいるアリエを見つけました。にこにこと笑いながら小さく手を振ってくれてます。
 私はそれに笑顔で答え……アリエの横にいた若い男の子の集団が一気に盛り上がりました。自分に向かって笑ったんだと、ちょっとした小突き合いになっています。けど、あなたたち全員、違いますから。私はアリエに微笑んだんです。
 道を曲がり、坂道に入る頃……ちょっと水瓶のことが重く感じられ始めました。足を止め、位置を直して、もう一度歩き出します。
 見物の人が入れるのは、坂の途中までなので、そこを過ぎれば普通の胸に抱いていて大丈夫だとヤハタさんが教えてくれました。
 坂を上り切り、私はちらっと後ろを振り返ります。……誰も見えません。
「ふぅ」
 私は溜息を小さな声にして、水瓶を胸に抱きます。
 軽く頭を振ると、コキコキと小気味よい音がしました。
 さぁ、泉で水を汲んで来よう。
 私の足は元気いっぱいに歩き出します。
 
 湖は今日も荘厳な美しさを湛えていました。
 その風景を胸いっぱいに満たし、私は水瓶を抱いたままスカートの裾を腰帯に入れます。 足を振って靴を脱ぎ、湖の畔に近付き……水瓶の中に水を満たします。
 が、ここでもヤハタさんのアドバイスがありました。
『水瓶の中を水で満たしてはいけない』
 これが、そうです。
 麦穂に掛ける水は、ほんの少しで良いので、水瓶の中の水も少しで十分なのだそうです。でないと、麦畑まで水瓶を支え切れずに、途中で水を零してしまったり、手を滑らせて水瓶を落としてしまう可能性が出てきます。
 ちなみに、水を途中で零すと……その年は水に悩まされることになり、水瓶を落とすと凶作になると伝えられているそうです。
 それだけは絶対に避けなければいけません。
 私は水瓶にほんの少しだけ水を入れ……思い直して、もう少しだけ足しました。だって、水を零すのに水瓶を逆さまにしないとダメだったら、ずるをしたのがバレちゃいますからね。
 爪先を振り、水を切って靴を履きます。
 スカートの裾が落ちないよう、もう一度腰帯を確かめ、私は湖に小さく頭を下げてから、水瓶を抱いて来た道を戻り始めました。
 
 道が緩やかに坂から平らになり、私は小さく息を吐いて、身体の向きを変え歩き出します。
 水の入った水瓶はしっかりとした重さを持ち、頭の天辺が痛いけど、それもまだ耐えられないほどじゃありません。まだまだ余裕がありそうです。腕の方もかなり疲れて来ましたが、震えるほどじゃないし……この調子なら、無事に麦畑まで歩き通せそうでした。
 ときおり上がる声援に笑顔を向ける余裕だってあります。
 まぁ、でも……半分は痩せ我慢ですけどね。
 すいません。頭、痛いです。手もだるいです。背中もけっこう辛いです。
 きっと後から入れ直した分の水が重いんだと思います。
 何であんなことしちゃったんだろ?
 と、自分の見栄を後悔しつつ、笑顔で平気な不利をする見栄っ張りな私だったりします。
 畦道から麦畑に入ると、小さな木の棚の上に麦穂が置かれているの見えました。
 あれの前に行き、さり気なく水を零せば私の役目は終わるはずでした。
 いつの間にか、静まり返っている見物の人たちが見守る中、私は麦穂の置かれた棚の前に行き、僅かに身体を倒し……
「あっ!」
 声が漏れたときには、水瓶は私の手の中から滑り、麦穂と棚の上に落ちようとしていました。
「――っ」
 必死に抱き止め、水瓶の落下は何とか避けましたが……水瓶の中の水を全て掛けられた麦穂は水浸しになり、棚の上から流れ落ちていました。
「……」
 私はその場にぺたんと座り込み、呆然と地面に落ちた麦穂を見ます。
 何も聞こえません。誰も彼も予想外な展開に声を失くしているんでしょう。
 どう……しよう?
 そう思っても、どうしようもありません。
 私は取り返しの付かない失敗をしていまったのです。
 痛いほどの静寂の中、私は水瓶を抱いて座り込んだまま、逃げ出すことも出来ず……ぽろぽろと泣き出しました。
 
 ざりっと土を踏む音が聞こえ、顔を上げると、カッツェさんが濡れた麦穂を持って立っていました。その優しいけど悲しい笑顔に私はしゃくり上げながら言います。
「ご、ごめんなさい」
 謝ってどうこうなる問題じゃないのは解っています。でも、謝ることしか出来ないこともあるはずです。私は何度も同じ言葉を繰り返しながら、カッツェさんを見ます。
 けれど、カッツェさんは何も言わず……ぽんぽんと私の頭を優しく叩いてくれました。
 気にしなくて良い。
 くすん、と小さく鼻をすすり上げ、私はぼんやりと目を祭り見物の人たちに向けます。
 と、一人の青い服を着た女の子がその中から走り出してきました。
 その手には、新しい麦穂が握られています。
「え?」
 元気いっぱいの笑顔で、女の子がカッツェさんに麦穂を渡し……耳を塞ぎたくなるような喝采がカシィ村全体から上がりました。
「え?あれ???」
 村のみんなが、見物に来ていた人たちが、次々と麦畑に入って来ます。
 バン!と勢い良く背中を叩かれ振り返ると、新しい麦穂を持ったカッツェさんが嬉しそうに笑っていました。
 座り込んだままだった私は、引っこ抜かれるように恰幅良いおじさんに高々と持ち上げられます。
「水汲みの娘だ!」
 おじさんは周りの人全てに自慢するように、大きな声で叫びました。
 水瓶を胸に抱いたまま、私はおじさんに振り回されます。
「ちょっと、待っ……きゃ、きゃぁ!」
 私の悲鳴に歓声と笑いが広がり、酒樽の蓋が割られる音が次々と聞こえてきました。
 スパーン!と派手な音と共に痛みが走り、
「きゃぁっ!」
 私は悲鳴を上げながら、おじさんの手の中で跳ね上がりました。
 思いっ切りお尻を叩かれた痛みに涙を浮かべながら後ろを見ると、ヤハタさんがにやにやと笑っています。
「やったね、ティサ!」
 その言葉を合図に、私を抱き上げていたおじさんがタコのように唇を突き出しながら引き寄せてきました。
「ひぃ」
 私は咄嗟に水瓶を差し出し……おじさんは、水瓶に熱烈なキスをして、また笑い声が上がります。
「ほらほら、いつまでも水汲みの娘を独り占めしてたら恨まれるよ」
 ヤハタさんが奪い返すように、おじさんから私を引き剥がします。
 恰幅の良いおじさんの後頭部を拳で殴り付けているのは、たぶん奥さんでしょう。
 振る舞いのお酒が回され、お祭りは一気に最高潮に達しました。
 
 水汲みの娘として、近隣の村や町の人たちに挨拶をして回り、私が腰を下ろせたのはお昼過ぎになってからでした。
「お疲れ様」
 そんな私にカッツェさんがミルクの入ったコップを渡しながら言いました。そういや、この人、挨拶とかしてませんでしたね。
「カッツェさんは、挨拶とかしなくても良いんですか?」
「ん?あぁ、そうだよ。祭りの主役はあくまで水汲みの娘だからな」
「なんかずるくないですか?それって」
 カッツェさんは、一瞬だけ間を置いて、はっはっはと胸を反らして笑いました。
「まぁ、しょうがないさ。収穫祭の後も水汲みの娘は必要だからな」
 え?
「収穫祭の後って?」
「あれ、聞いてないのか?」
 聞いてないのかって……何も聞いてませんけど?
 私が首を傾げると、カッツェさんは困った顔をして耳の穴をぐりぐりと指で穿り出しました。頭の次は耳ですか?
「えっとな、水汲みの娘は、豊作祈願の祭りの後は……春小麦の収穫祭、秋小麦の豊作祈願、それに秋の収穫祭と一年を通じて、村の……あれって何だっけ?」
 私に聞かれても答えようがないんですけど?
 カッツェさんは早々に考えるのをやめて、「とにかく」と言葉を繋ぎました。
「水汲みの娘は、村の看板としてあっちこっちに顔を出さないとダメなはずだぞ」
「え?」
「その辺は、ヤハタさんかフィーナが詳しいはずだ。俺は男だから、あんまり詳しくないんだよ」
「じょっっ……冗談じゃありませんよ、一年中だなんて。そんな話、一言も聞いてませんよっ」
 私の剣幕に驚きながら、カッツェさんは後ろに下がりながら言いました。
「いや、だから……俺は詳しくないから、ほんとに知らないんだ。すまん」
 と、そのまま背中を向けて逃げ出しました。
 これって、どういうことなんですか?
 
 結局、私に詳しい話をしていなかったのは、「村の人なら誰でも知っていることだったから」らしいです。みんな、誰かが話してると思ってたそうです。
 話によると、水汲みの娘は収穫された小麦の看板みたいな存在で、小麦と一緒に商会に挨拶に行ったりしないといけないそうです。
 今年一年収穫される小麦は、『カシィ村の水汲みの娘ティサの小麦』として売られるってことらしいです。
 小麦に自分の名前が付くのは変な感じですが……まぁ、その程度なら協力してもいいんじゃないでしょうか。
 っていうより、今年の小麦の出来が悪ければ、本当に私の責任になるんですね。
 豊作祈願のお祭りが終わる頃、カッツェさんがフィーナさんを誘って、湖の方に歩いて行くのを見掛けました。カッツェさん、何かすごく変な歩き方をしてたけど……ちゃんと言えるのかな?
 陽が沈み、ゆっくりと色を失って行く麦畑を振り返り……今年の小麦が、最高の出来になればいいのに。と、私は心からそう思いました。
 だって、なってくれないと困りますよ?