scene-04
 
 
 一本の橋の手前で、朽木はゆっくりと振り返る。 
「着いたぜ。この先が安全地帯……学園だ」
 それは片道八斜線ある滑走路のような巨大な橋だった。
 空はいつの間にか白々としていた。
 道幅は悠然と広く、橋はどこまでも長く伸びているように見える。
 徐々に青く変わっていく空には、白い雲が流れて行く。
 そして、その安全地帯である橋の中心に一人の少女が立っていた。
 何かを見ているのだろうか。少女は右の方を向いたまま動かない。その手に握られた短機関銃銃口も下を向いている。
 嬉しそうにコーギーが吠えた。
「あれが和さんだ」
 その紹介を聞き、僕は密かに眉を寄せる。人を紹介するのに、あれ呼ばわりかよ。
「そんな顔をするなよ。あれは人の姿をしているが人間じゃねえんだよ」
「人間じゃない?」
 僕の疑問につまらなさそうに朽木は頷く。
「着ている服が違うだろ。風紀委員の獄卒なんだよ」
「いやいやいや。獄卒ってあれだろ、地獄の鬼だろ?風紀委員だからって鬼扱いはあんまりだろ」
 だから、と朽木は溜息を殺し言う。
「あれは人間じゃないんだよ。風紀委員の獄卒、No.00753で略して和さんだ。ぱっと見は可愛い女の子だけど中身は……」
 何を思い出したのか朽木はぶるっと身を震わす。
「ま、とにかく中に入れてもらおうぜ」
 そう言って朽木は両手を上げて橋に向かって歩き出す。拳銃を持った手の指は引金から外されている。
 朽木の足が橋に踏み込むと同時だった。
 和さんは警戒する猫のように身構え、短機関銃銃口を僕らに向ける。
 足を止め、朽木は慣れた調子で和さんに話し掛ける。
「あー、高等部二年の朽木隆弘だ。後ろの二人は転校生だ。……照会を頼む」
 短機関銃銃口を朽木から僕に向け、和さんは無感情な声で言った。
「死体は転校生と認められません。死体をそこに捨てて進んで下さい」
「だってさ」
 朽木は振り返らずに言うが、僕は言葉を無くしていた。
 僕の背負っている少女が死んでいる事には気付いていた。だが、それを他人からこうもはっきりと言われるとは思っていなかったからだ。
「か、彼女が死んだのは……つい、さっきなんだ。いますぐ処置すれば助かるはずだ!」
 僕は反射的に言葉を発する。
「その少女は死後二時間十三分が経っています。Dead on arrivalは認められません。死体の搬入は認められません」
 機械的に和さんは……No.00753は繰り返し言う。
「いや、待ってくれよ。もし彼女が死んでいるなら、もう助からないなら……ここで埋葬するくらいいいだろう!?」
「Dead on arrivalは認められません」
 和さんは繰り返し言う。
「死体の搬入は認められません。そこから先は死体を捨てて進んで下さい。死者の搬入は認められません。死体は転校生と認められません。死体をそこに捨てて下さい」
 表情を変えずに言う和さんに、僕は徐々に苛立ちを覚え始める。
「Dead on arrivalは認められません。死体の搬入は認められません。そこから先は死体を捨てて進んで下さい。Dead on arrivalは認められません。死者の搬入は認められません。死体は転校生と認められません」
 くそっ、こっちの言葉は無視かよっ!勝手な事ばっかり言いやがって。
「……知るかっ」
 壊れたレコードのように繰り返し言うNo.00753を無視して僕は足を踏み出した。短機関銃銃口は相変わらず僕を狙っていたが、撃ちたければ好きにすればいい……本気でそう思っていた。
 さり気無く朽木が僕との距離を取る。コーギーが朽木の足元で身を小さくする。あ、マジで撃たれるな、これ。
 微動だにしない銃口を見ていられなく、僕は目を閉じ、橋に足を踏み入れる。さっき生き返ったって話だけど、そう考えると短い人生だったな。ま、朽木に言わせりゃ「生き返っても死んでるんだけどな」って感じか

な。
 いつ撃たれるのかと怯えながらも、くすっと笑う。笑いながら、また一歩踏み出す。二歩、三歩、と繰り返し足を運ぶ。
 そして、僕は…………いつまで経っても撃たれなかった。
 何で撃たないんだ?
 疑問に思いながら、ゆっくりと顔を上げる。
「こちら、No.00753……DOA搬入で……。……至急医……繰り返しま…………No.00753で……」
 No.00753は短機関銃を下ろし、大型の無線機のような物で連絡を取っていた。
「え?」
「傷口を確認するので、その少女を降ろして下さい」
 短機関銃を背後に回したNo.00753が僕に近付くが……僕は状況が理解出来ずにいた。
「彼女を降ろせよ。搬入は認められたんだよ。しかも治療するってさ」
「え?あ、あぁ……でも、」
 いつの間にか横に来ていた朽木が彼女に手を差し伸べる。
「でもじゃねえっよ、と。……重いな」
「あ、すまない」
 朽木に礼を言いながら彼女を降ろす。
 優しく地面に降ろそうとするが、物のような重さが邪魔をして、彼女は落としてしまったような音を立てた。
 彼女は……薄目を開けて死んでいた。
 だが、僕はその目を閉じさせようとはしなかった。それは彼女の死を認めるようで、僕にはどうしても出来なかった。
 コーギーが寂しげに彼女の手の平を舐めている。が、その指も動こうとはしなかった。
「アレックス!!!」
 不意に彼女が叫んだ。
「わふんっ!!」
 コーギーが驚いたように顔を上げる。
 いや、そうじゃない。違う誰かが叫んだんだ。と思うよりも速くコーギーが声の主に向かって駆け出していた。
 誰だ?
 橋の向こうから高等部の制服を着た少女が両手を広げ、コーギーを拾い上げる。
「アレックス、無事だったか?朽木にひどいことされなかったか?」
 少女はコーギーに盛大に顔を舐められている。
「アレックス?」
 いや、どうやらそれはあの犬の名前のようだけど……。
「どう言う事だ?」
 変わらず横にいた朽木に訊く。
「何がだ?」
「何で、あの女はコーギーをアレックスって呼んでいるんだ?それにコーギーだって呼ばれ慣れているみたいだし」
「いや、だって、あの犬の名前はアレックスだし?」
 しれっと朽木は言いやがった。
「何で疑問系なんだよっ!ってか、コーギーが名前じゃなかったのかよっ!?」
コーギーは犬種名だろうが。あ、ちなみにあの女はコーギーの飼い主な。ってか、そんな名前の犬がいるはずがないだろう。馬鹿か、お前は」
「お前にだけは言われたくないわっ!!」
 チッと露骨に舌打ちをしつつ、足元の彼女に視線を戻す。和さんが少女の服を捲り、腹部の傷を確認していた。
 彼女は変わらない。薄目を空に向け、アレックスに舐められていた手の平も広げられたままだった。
 顔を上げると、無音で近付いてきた救急車からストレッチャーが引き出されていた。
 和さんと同じ制服を着た女生徒が作業に従事している。基本的に彼女達の特徴は同じだった。
 風紀委員の制服。中肉中背の体格。ショートカットの髪。短機関銃を持っている者が多くいるのは、あの短機関銃が彼女達の基本装備だからだろう。
 死体はストレッチャーに乗せられ、無音の救急車に運ばれて行った。
 多分、彼女の死体はここで埋葬されるのだろう。
「結局、彼女の名前は分からずか」
 ぼそり、と呟く。
「そうだな」
 興味も無さそうに朽木が返事をする。いや、実際にもう興味が無いのだろう。
「じゃあ、俺はもう行くわ。迎えのバスが来てるからアレに乗って、適当にどこへでも行ってくれ」
 欠伸混じりにそう言うと、朽木は背後を銃口で指し示す。
「あ、朽木……」
「んー?」
 背中を向けて歩き出していた朽木は、本気で面倒臭そうに、頭を掻きながら振り返る。
「あんだよ?」
 そのいい加減な態度に出掛けていた言葉を飲み込みそうになる。……が、僕は気を持ち直して、強くはっきりと言う。
「ありがとう。ここまでこれたのは、お前のお陰だよ。だから、その心から礼を言うよ。それから、僕の名前だけど」
「やめようぜ、そう言うの。めっちゃ、面倒臭いしな。……じゃ、な」
 朽木は気障ったらしく、そう言うと背中を向けて歩き出した。いや、そうじゃなくて……名乗らせろよ。
 そう思ったが、僕がもう一度声を掛けようとした瞬間、アレックスの飼い主の少女が割って入って来た。
「朽木ぃ!!!あんた、またこの子の名前を適当に呼んだわねっ!!!!」
 ビクッと朽木が大きく震える。ギギギ……と音がしそうなほどぎこちなく首がアレックスの飼い主の方に向く。
「え?あ、その……いや、ってか何でそんな事が分かるの?」
「この子の名前はアレックス!!!A・L・E・Xでアレックスなの。Ok?アレクサンドロス3世でもアレクでもないの!!」
「いや、俺はそんな妙な名前でなんか呼んでないよ?面倒臭がって、ちょっとコーギーって犬種で呼んだだけ」
「く〜つ〜き〜」
 飼い主の少女は半笑いのまま目を閉じ、やや小首を傾げて動きを止めた。
「あの、もし?もしもし?須藤、梓さん?」
 恐る恐る朽木は飼い主の少女に声を掛け、
「やっぱ適当な名前で呼んでたんじゃないっ!!!!」
 爆発的に怒り出した少女から脱兎の如く逃げ出した。
「逃がすか外道めっ!!」
 拳銃を抜き出し、アレックスと共に駆け出す少女。だが、朽木の姿はもうどこにも見えなかった。
「追うわよっ!アレックス!!」
「バウッ!」
 了解、と言わんばかりにアレックスは元気に走り出す。少女もアレックスの後を追って、街中へと走り出した。
 ……何なんだ、あれは。
 バタン、と後部のドアが閉じられ、ゆっくりと救護車は走り出す。
 気付くと、この場に残されているのは僕と和さんだけだった。
「他の転校生を待つ間、バスで休んでいて下さい」
 いつの間にか背後に立っていた和さんが言った。
「そうだな。遠慮なくそうさせて貰うよ」
 ちょっと疲れた、と言いつつバスに向かって歩き出す。
 それはスモークの窓に鉄格子がされている、ちょっと灰色の囚人護送車のようなバスだった。
 古い映画だと、あの手のバスは砂漠か荒野を走るんだよな。んで、囚人の仲間に襲われるんだ。あ、でも……囚人の仲間に襲われたと見せ掛けて、その囚人を殺すってのもあったな。
 そんな、どうでもいい事を考えながら、僕は待っていたバスに乗り込んだ。
 
 
 バスの内装も、外装と負けず劣らずなほど囚人の護送車のようだった。座席の色はモスグリーンで床や柱はグレイで……見ているだけで憂鬱になってくる。
「明るい学園生活が待ってる……とは、とてもじゃないけど思えないな」
 ふざけた調子で言ってみたが、自分の言葉が冗談に聞こえなくて、言ってて落ち込んできた。
 しかし、何でこんなに憂鬱な内装にしてるんだ?それに他の転校生は、どこにいるんだ?
 バスは運転手もいなくて、僕以外は全くの無人だった。
 そういや、橋にも他の転校生の姿は見えなかったよな。僕達がここに着いたのが早かったのか?
 疑問に感じたが、事実、他の転校生の姿が見えないんだから早かったんだろう。
 僕はバスの一番後ろの席に座り、誰かが来るまで少し仮眠でもしていようと思った。
 冷静になって考えてみれば、徹夜でゾンビから逃げて来たことになる。今は気分が高揚して眠気を感じないが、実は疲れているはずだ。
 バスの座席は硬く、冷たかった。……本当に囚人護送車みたいだな。
 朽木には僕の名前を告げる事が出来なかったな。しかし、名前を告げると早死にする、か。ありそうなジンクスだ。馬鹿馬鹿しいような気もするけど……眩しいな。
 ビルの谷間から顔を出した太陽が目に刺さる。
 カーテンかシャッターでも無いかと思ったが、窓は鉄格子で固定されているだけだった。
 窓の外、和さんの様子でも見ようかと思ったが、バスの中からは彼女の様子は見れなかった。
 まぁ、銃声も聞こえないし、平和な証拠だろう。
 僕は目を閉じ、体を休める事にした。
 
 
 微かな振動。バスが……動いてる?いや、走ってる、のか?
 だけど、他の人の声が聞こえない。何故だ?
 目を閉じ、眠気の中で僕は考える。
 バスは揺れ、動き続けている。
 なのに人の気配が……無い?いや、そんなはずはない。でも、何故、誰の声も聞こえないんだ?
 転校生同士が集められているんだから、全員が初対面の可能性もあるんじゃないのか?
 いや、初対面でも誰も話さないなんてあり得ないだろう。なら、なんで?
 その微かな疑問が、僕の目を覚まさせる。と、自分が奇妙なポーズを取っている事に気付いた。
 目の前に自分の両手がぶら下がっている。正しくは、視線のやや下に両手をぶら下げられていた。
 僕の腕は、手錠で前の席の後部に繋がれていた。
「なっ!?」
 顔を上げると、他の転校生の姿は見えない。バスの座席に座っているのは僕だけだった。
 バスに乗っているのは、僕とバスの運転手……それにバスガイドのようにフロントガラスに背中を向けている高等部の制服を着た男だけだった。
 騙された?
 反射的に浮かんだ言葉だった。だが、僕を騙して何の得があるんだ?
 ガチャッと手錠を鳴らすが、僕の腕に強固な雰囲気が伝わって来ただけだ。
 くそっ、どうなってるんだ?
 見ると、自分の座っている横に拳銃が置かれていた。
「お早う御座います」
 両手を後ろ手に組んだ男が静かな声で言った。
「野々宮省吾さん」
 はぁ?いや、名前が違うし。ってか、人違いで僕は拘束されたのか?
「誰だよ、それ?」
 苛立たしげに僕は言う。
「おや?違いましたか。じゃぁ……迂都孝則さんでしたか?」
「違う!」
「藤島功治さんか高田陽介さん?」
「違えよ」
 胡散臭そうに高等部の制服を着た男を見る。
「井之上さん?それとも……田井中さん?」
 僕は黙って首を振る。ってか、いい加減にしろよ。
「すみませんが、あなたをここまで連れて来たのは誰でしたか?」
「朽木隆弘って胡散臭そうな男だよ」
 あんたほどじゃ無いけどな、と心の中で呟く。
「あぁ、彼でしたか。じゃ、あなたが吉田幸一さんですね?」
「違う。ってか、誰だよ吉田幸一さん?僕の名前は――」
「北条芳樹さん、ですね」
 僕はあっさり名前を呼ばれてゆっくりと口を閉じる。
「分かってるなら、さっさと言えよ」
「すみません。軽い冗談です」
 軽く頭を下げ、男は言葉を続ける。
「私の名前は藤堂史郎時貞と言います。こう見えても学園の生徒会長をしています」
 藤堂史郎……時貞?
「藤堂、史郎、時貞、十二代目……好きに呼んで下さい」
「十二代目?」
「ま、お気になさらずに好きに呼んで下さって結構ですよ」
 いや、普通は気になるだろう。特に十二代目が気になるだろう???
 ふふん、と楽しげに含み笑いを隠し藤堂は言う。
「さて、今回の転校生は……あなた一人でした」
「いや、ちょっと待て。その前に……」
 不思議そうに目を瞬く藤堂の前で手錠を軽く鳴らす。
「これ。手錠を外せよ」
「お断りします」
 にっこりと藤堂は微笑む。
「はぁ?……ふ、ふざけるなっ!何で僕が拘束されなきゃならないんだ!!?」
「私は拘束された美少女が大好きなんですよ」
「そんな理由で僕は拘束されたのか?ってか、美少女じゃないぞ、僕は」
「見れば分かりますよ。勿論、美少年でも無い。……残念ながら、ね」
 藤堂はいやらしい目で僕を見る。その目に、ぞっと寒気を覚える。
 駄目だ。こいつは変態だ。け、拳銃を取らないとヤバイ。
 僕は拳銃へと手を伸ばしガチャガチャと手錠を鳴らす。
「焦ってますね。大丈夫ですよ。いくら私でもあなたのような普通の男子に何かしようとは思いません」
 にんまりと微笑み藤堂は言う。
 嘘だっ!と僕は心の中で叫ぶ。心の中で叫んだのは、声に出すと本当に藤堂が襲って来そうな気がしたからだ。
「さて、冗談はこの辺にして……学園への転入を心から喜ぶ、と言ったら嘘になりますが、喜んでいると形だけでも言って置きましょう」
「いや、いま嘘って言ったよな?ってか、手錠を外せよ」
 ふざけるな、と本気で叫びそうになる。
「お断りします、と言ったはずですが。一応、話が終わるまで我慢して下さい。話の途中で射殺されても困りますからね」
 それでは、と藤堂は続ける。
「今回の被害の状況から説明させてもらいましょうか」
 古めかしい手帳を懐から出し、それを見ながら藤堂は説明を始めた。
「エリア、学園を中心に円を描くように…A、B、C、D、E……と続いていますが、今回はエリアDまでの地域に25チームを派遣しました。
 
 内訳は、エリアAに10チーム。エリアBに8チーム。エリアCに4チーム。エリアDに3チーム。エリアEは無しです。
 各チームは1名から7名で構成され、犬、猫、鳥、などの訓練された動物がサポートに入っている場合もあります。
 あなたの救援に来た朽木隆弘のチームなら人間が一名と犬が一匹の混成チームとなります。
 勿論、人だけのチームも存在します。
 そうそう、桃児達彦さんと言う人のチームが今回の私のお気に入りだったんですが……このチーム、人、犬、猿、鳥、という桃太郎一行様みたいなチームだったんですよ。
 ただ惜しむらくは……猿はオランウータン。犬はチワワ。鳥は鶏。と、まぁ……桃太郎とは似ても似つかないチームだったんですがね。
 そのチーム桃児も鶏を除けて全滅です。何故、鶏だけ無事だったのか。言葉を解さない生存者では謎は深まるばかりです。
 ま、もっとも今回は遠征に出た72名の生徒の内、無事に帰ったのは朽木隆弘、1名だけなんですけどね。
 転校生も、あなただけです。
 皆、無事に成仏したという事でしょう。おや、不思議そうな顔をしてますね。
 ここに居るという事は、あなたは生前の記憶がありますよね?死の記憶は?
 無い?無いはずは無いでしょう。ある筈ですよ。え?あるけど、おかしい?おかしいのはあなたですよ。何を言っているのですか?
 なになに、あー、それ。それは死後の記憶です。死後、あなたは地獄に落ち、そこで女生徒に撃たれ、更に下層の地獄に落ちたのです。
 あ、ちなみにここが地獄の最下層なので心配は無用です。ここから更に落ちる心配は無いです。後は、成仏するだけですから。
 ここで精一杯抗い、もがき、苦しみ、そして……死ぬ、のがあなたの罰です。
 ただ死ぬのではないですよ。精一杯生きて、死ぬのです。死ぬ、その直前まで必死に生きて、生きて、生きて、生き抜くのです。
 そして、死という安息を迎えるのです。
 ちなみに、私は後の時代で言うところの江戸時代の終わりに生きていました。よほど重い罪を背負っているのでしょう。未だに生きて、罰を受け続けています。
 あなたはいつの時代を生きていましたか?
 へいせ、い?
 西暦2016年?
 ん〜〜、よく分かりませんね。その西暦ってのが理解し難いです。
 あ、それはどうでもいい?そう仰っていただくと、こちらも楽です。
 しかし、生前の記憶があるのに死の記憶が無いというのは珍しいですね。よほど酷い死に方をしたんでしょうか?
 ま、思い出せないものは仕方が無いとして……。
 話を戻しますが、今回の転校生はあなた一人です。その意味をよく考えて下さい。よく、ね。
 あ、そうそう、あなたが連れて来た女生徒ですが、生き返ったそうですよ。
 何を驚いているのですか?生き返る可能性があると考えて、学園まで連れて来たんでしょう?
 本当に意外そうな顔をしますね。
 ま、深くは聞かない事にしましょう。
 ただ……彼女は再生不可能な臓器が多かったらしくて、その部分は風紀委員の肉体をパーツとして使ったそうです。
 具体的には聞いていませんが、脳を初めとした脊髄及び内臓系は駄目だったらしいです。だから、脳や眼球など腐敗しやすい場所は再生出来なかったという事でしょうね。
 そうですね。脳が壊れていては記憶の維持も不可能です。だから、彼女の名前も謎のままです。
 せめて生徒手帳でも残っていれば、と思いますが……彼女はコンビニの制服を着ていたそうですからね。
 ふむ、では……そのコンビニに行けば彼女の着ていた制服があるはずだ、と。
 …………ですが、やはりその為だけに人を学外に出すのは認められません。例え、あなたが志願してもです。
 彼女には悪いですが、やはり別の名前を名乗って頂きましょう。今までの記憶も無いし問題無しでしょう。
 それと彼女の寮なんですが……寮です、寮。この学園は基本は全寮制で、特別な事情がある場合だけ下宿が認められています。
 彼女とあなたは、そう、あなたもです。この特別な事情に当て嵌まるので、下宿が認められました。
 当然です。あなたと彼女は兄妹として登録されています。私がしました。
 落ち着いて下さい。
 記憶も無い少女を想像を絶するほど裏表の激しい女子寮に入れようというのですか!?鬼ですか?悪魔ですか?外道ですか?
 あ、いえ……女子寮に関しては適当言いました。はい、すみません。
 兎に角!記憶の無い少女を女子寮に入れる事は出来ません。勿論、男子寮もあり得ません。
 あ、な、た、が責任を持って彼女の世話をするのです。彼女をこの世界に戻したのは、あなた自身なのですからね。
 さあ、着きましたよ。
 勿論、病院ですよ。ここに彼女が収容されているそうです。
 さあ、行きましょう。
 あ、あなたの生徒手帳は左の胸ポケットに入ってます。細かい規則などは、それを読んで下さい。基本的に生前の学校と同じですから……
 
 と、忘れることろでした。と言いながら藤堂が自分の胸ポケットから鍵を出す。
「今から手錠を外しますが……拳銃とかで撃たないで下さいね」
 にこやかに藤堂は微笑みながら言うが、この男の笑顔を見せられる度に、僕の中の何かのリミットが振り切れそうだった。
「撃たれたくないなら、拳銃を隠せばいいだろう。寝てた僕に手錠をはめられたんだ、それくらいは簡単に出来ただろう」
 手錠に鍵を差し、藤堂は微笑んだまま顔を左右に振る。
「それが出来れば良いんですけどね。生憎と拳銃をあなたから離す事は出来ないのです。無理に離そうとすると、あなたは目を覚ましたはずです」
「そうなのか?」
「ええ。ですから、撃たないで下さいね」
 藤堂にそう頼まれると……Noと言いたくなるな。なんで撃たないでくれと言いながら神経を逆撫でするような事を言うのか。
「……分かっ、たよ」
 僕がそう返事をするのと藤堂が鍵を外したのは、ほぼ同時だった。
 藤堂はにっこりと微笑み、背を向ける。
「さぁ、病院は私も初めてです。……楽しみですねえ」
 エアーが抜ける音と共にバスの後部のドアが開く。
 自由になった手首を揉みながら、楽しげにバスを降りる藤堂を僕は見ていた。