■
恋に咲く花があるなら
ごめんなさい。
もう、あなたの言ってること何も聞いてないの。随分、真剣に話してるのね。
あなたのそんな顔、初めて見たわ。でも、おかしな話ね。別れ話になって、やっと真面目な顔を見るなんて。
あなたのその真面目な顔を、もっと早く違う場所で見てたなら悲しくなれたのかしら。
何をイラついてるの。私が何も言わないから。それとも、泣いた方があなたの好みだったかしら。でも、あなたにもう可愛い女と思われたくないし。
怒ってる訳じゃないの。
ただ、あなたの今の優しさに感じると痛くなると思うから。
どうして追い掛けてくるの。私がレシートを持って立ったから。最後まで鈍いのね。意地になってる訳じゃないから、気にしないで欲しいのに。
もう、何もして欲しく無いし、あなたが出て行った店に一人でいたくなかっただけよ。
ねぇ、お願いだから私の身体に触れないでね。
あなたの頬を叩いてしまいそうだから。
……凄くいい音がしたわね。
あら、どうして横を向いたままなの。そんなに痛くなかったはずよ。それとも女に頬を叩かれたのが屈辱だとか思ってるの。
そうやって今の自分に酔ってるの。いつも思ってたけど、あなた自意識過剰よ。愛情が無かったら、ただの馬鹿にしか見えないわ。
もう、私は優しくできないのよ。
さよなら。
店の外は寒く、空の星を一段と輝かせる代償に吹く風が、人の足を速くさせていた。
ビルとネオンに隠れた月は、一人ゆっくりと歩く彼女を、昼の猫にように薄く覗いていた。彼女は、人の流れに逆らうように静かに歩いている。
時々、ウィンドーに映る自分の姿に目をやりながら。
わざとふらふらと歩く彼女は、地下鉄に降りて行った。
もう、帰って寝よう。嫌な日も寝てしまえば、明日になる。あの人にも、今日は嫌な一日だったろうし。
この次の休みは部屋を掃除して……。時間があれば、どこかに遊びに行くのもいいかも知れない。
やだなぁ。
どうして、地下鉄の窓って顔が映るんだろう。私、ずっとこんな泣きそうな顔してたのかな。あの人、心配して追い掛けてくれたのかしら。
でも、叩いちゃった。それなりに好きだったのに……。
好きだったけど、嫌いな人。優しくて、そばにいてくれた人。私の事ばかり気にして、いつも心配してた。
でも、愛情を手に入れても、恋しさは変わらないのに。当り前のように、一緒にいると思ってる人だった。
肩にまわされる手が冷たくても、寄り添いたくなるのは、弱さなのかしら。あの人に寄り添う私の頬も冷たかったのかも知れない。
だから、もう忘れよう。
あの人の愛情も、私の恋も、一日の終わりと同じように明日の為に終わったのだから。