夜想曲
 
 
 土を踏む音が夜に反響していた。
 空の月は白く、僕の後を追うように浮かび続ける。
 波のような秋の虫の音。思い出したように風が凪ぐ木々の葉の音。
 僕は時折、後ろを振り返り……また、足を進める。
 流れる雲は明るい月に白く照らされ、星の無い空をより蒼い物に変えている。
 ゆったりとした時間の中で、僕は歩き続ける。
 ここで時を刻むのは何なのだろう?
 風か?雲の流れか?虫の音か?土を踏む僕の足か?
 生活の中とは違う時間……そこに僕はいる。
 
 
 夜の駅はひどく寂しく見えた。木造の小さな小屋に似た駅舎だった。
 駅から洩れる光と公衆電話のボックスの電燈。それに傘のある小さな街灯がそれぞれ光の輪を重ねている。
 僕は空を振り仰ぎ、月から逃げるように駅に入る。
 湿気を帯びたコンクリートの床が小さく鳴る。
 誰もいない無人の駅は、優しく僕を受け入れた。
 ゴミ箱とベンチ。それと切符の自動販売機があった。
 壁に掛けられた祭りのポスターは夏の物であり、過ぎた季節を思い出させるように陽に焼けている。
 駅の入り口から改札まで、ほんの数歩の距離しか無かった。その改札の上に時刻表と、運賃が書かれた停車駅のマップが並べて掛けられている。
 僕は終点までの切符を買い、それを手に改札を抜ける。
 ただ一つのプラットホームと線路。その向かいに木の柵があった。柵の向こうには、桜の木が静かに眠っている。ここには、微かに、焼けた鉄の匂いが残されいた。
 葉桜は、その深い緑を月に晒し、濃い影を落とす。
 ……自らの捻れた身体を隠すように。
 遠く見える山々は影となり、薄い霧をより白く浮かび上がらせていた。
 ここから月は見えない。
 その白い光に照られた銀色の雲と蒼い空だけがあった。後は、木造の屋根が僕の上にあるだけだった。
 短いホームに一つきりのベンチに腰を下ろす。
 小さな木の軋みが耳に残る。
 僕は目を閉じ、微かに頬を撫ぜる風を楽しむ。
 静寂に似た闇が僕を包み、押しては引く虫の音が眠りを誘う。
 切り離された時間を呼び戻したのは、遠くに聞こえる汽車の音だった。
 
 
 無人の汽車は微かに振るえ、停車した。ホームと汽車の間に、霧のような蒸気が立ち昇る。
 赤茶色の汽車は、車体の大半に木製の部品を使った、見るからに古い感じのする物だった。
 手動の搭乗口には、錆の浮いた鉄の取っ手が付いている。僕はそれに手を伸ばし、ゆっくりと横に引いた。
 明るい車内灯が、僕の影をホームに長く残す。
 夜の風が僕の背を追い越し、先に車内へと滑り込んで行った。
 車内に足を踏み入れ、扉を閉めると低い警笛が空気を振るわせた。
 身動ぎをするように走り出す汽車の中で、僕はゆっくりと視線を廻らす。
 二両編制の汽車の中には、他の乗客の姿は無かった。
 両壁に備え付けられた座席に腰を下ろし、僕は窓の外に目を向ける。
 蒼く染まった夜の風景に、白い車内灯の光が走って行く。秋の実りを待つ稲穂が風に揺らされ、波のようにさざめいていた。
 黒い影の塊になった雑木林。白く土を浮かび上がらせる畦道。時折見える民家の明かりは、燭台を思わせる優しい物だった。
 幾つか駅を迎えたが、他の乗客がこの汽車を選ぶ事は無い。
 それでも、この汽車は一つ一つの駅で止まり、扉を開かれないまま、また走り出す。
 
 
 夜は続く。
 また汽車は駅に近付いたようだ。ゆったりと速度を落とし、咳をするように蒸気を吐き出す。
 僕は移り変わる懐かしい風景に目をやったまま、それに耳を澄ませる。
 悲鳴に似たブレーキの音が途切れ、「がっこん」と高い音を立て、汽車が止まった。
 僕を振り返らせたのは、小さな軋みを残した扉の音だった。
 そこには、この汽車に乗り合わせて、初めての乗客の姿があった。
 それは茶色い学生鞄を手にした制服姿の少女だった。
 少女は扉を後ろ手に閉めると、直ぐ傍の吊革に手を伸ばした。
 夏服の袖から見える腕は、白く華奢な物だった。
 近くの駅で降りるのだろう。そう思い、僕は視線を少女から離した。
 再び、汽車は重く走り始める。
 滑り、消えて行く風景。月が微かに視界に入って来ると、僕は外を見えるのを止めた。
 天井を見ると、動きを止めた扇風機の姿があった。錆色の鉄で覆われた銀の羽根が振動の為、ゆっくりと回っている。
 少女に目をやると、彼女は汽車の動きに合わせ、ゆったりと身体を泳がせていた。
 肩の上で切り揃えられた髪が、その動きを一瞬遅れて揺れている。何も見ていないような臥せ目勝ちな黒い瞳が、どことなく寂しげだった。
 しかし、いつまでも見詰め続ける訳にもいかないので、僕は目を閉じ、汽車の音に意識を向けた。
 心音に似た規則正しい音に、心が安らいだ。
 
 
 ふと、気付くと少女が僕の前に立っていた。
 いつの間にか眠り込んでいたようだ。
 汽車はその動きを止め、四つの扉は口を開いている。微かな振動も感じない事から、完全に止まっているようだった。
 戸惑いを隠しながら少女を見ると、彼女は変わらず悲しげな目で僕を見ている。
「……あたしと一緒に来てもらえますか?」
 少女は小さく掠れた声で、そう呟いた。
「え?」
 僕は思わず聞き返したが、少女はそれに答えず、背を向けて汽車を下りて行く。
 音の無い世界に残され、僕は車内をもう一度見返した。目覚めたばかりの所為だろうか、世界は黄色く色褪せて見える。
 汽車は一向に動き出しそうに無かった。僕は軽く息を吐き、腰を上げた。
 汽車を出て、プラットホームへと足を下ろす。
 木の柵で覆われたそこは短く、駅舎も小さな木造の小屋のようだった。
 振り返ると、立ち尽くしたような汽車と蒼い夜と銀色の雲の姿があった。肌に感じる風は無かったが、雲は微かに動いている。
 駅舎へと入り無人の改札を抜けると、電柱の近くで少女は僕を待っていた。僕はまだ少女に付いて行くかどうか決めかねていたが、他に行く当ても無いので彼女の言う通り一緒に行く事にした。
 少女が僕の姿を見て、微かに微笑んだように感じたからかも知れない。
 僕が追い付くと、少女は無言のまま歩き出した。ゆっくりとした、それでいて澱みの無い歩調だった。
 下向いたまま歩く所為だろう、彼女の細い首筋が月に照らされていた。
 彼女は駅を出ると左に曲がり、大通りへと足を向けた。
 道を渡り、商店街に入る。
 どの店も看板を下ろし、シャッターを閉めている。その内の何軒かは、もう商売をしていないようだった。
 少女は店と店の間にある小さな路地へと入って行った。少し距離が開いていたので、僕は小走りに追い掛ける。少女は僕が路地に入るのを確認して、また先に歩き出した。
 路地を出て、道路を渡り、民家の間を抜けると徐々に田圃の姿が多くなって来た。耕地整理のされていない歪な、それでいて優しい形の田圃だった。
 道も舗装されていた物から剥き出しの土の道に変わっていた。
 砂を踏む音が、小さく夜に溶けていく。
 道は大きな川に当たると、堤防にその姿を変えた。
 川縁を雑草で覆われた堤防を少女は静かに歩き続ける。
 何度か声を掛けようかと思ったが、彼女の後姿はそれを拒否しているように僕には見えた。
 空は相変わらず月を抱いている。
 流れの無い川は黒い鏡のように夜を映していた。
 堰がどこかにあるのだろうか?
 微かなせせらぎがあるだけの川は、深い闇を連想させ好きになれなかった。
 少女は堤防を下り、ススキがその脇を飾る畦道へと進む。その先には、大きな雑木林を背にした古い造りの家の姿があった。
 
 
 その家は背の高い塀に囲まれ、近くに立つと雑木林の姿も見えなくなった。
 古い屋敷特有の重さがそこにある。ふと思い出したように梟が鳴く。虫の音に重なり、微かな声が耳に届いている。
 その声に、僕は戸惑いを覚えた。
 淫らな、快楽にその身を溺れさせた女性の声だった。抑えようと言う慎みも無い嬌声が、どこからか聞こえて来る。
 ガラガラと音を立て、木の門扉が開かれ、少女が僕を招き入れる。
 敷地に入ると、嬌声はより高く甘い物に変わった。だが、僕の足を止めさせたのは、月に照らされた庭園の美しさだった。
 手入れが行き届いている庭ではなかったが……いや、だからこそ自然な調和がそこに生まれていた。
 無彩色の庭園の中で、白い月が生む黒い影が重なり、それを背に少女は僕を待つ。
 虫の音が長く糸を引き、途切れる。
 狂おしい矯正が、月の雫が落ちる音のように甘く静かに流れる。その声を避けるように少女は庭を抜け、古く厳しい玄関へと足を向けた。
 擦り硝子で飾られた引き戸が、がらがらと音を残し開かれた。
「……どうぞ」
 僕は軽く頭を下げ、少女に先立って敷居を跨ぐ。
 田舎特有の広い玄関がそこにあった。
 広くはあるが、全く飾り気の無い……単なる土間に思えるほど、飾り気の無い玄関だった。
 その土間の匂いの中に、微かな香の薫りがある。壁に掛けられた一輪挿しに、百合の花が飾られていた。
 少女は身を屈め靴を脱ぐと、先に家に上がり膝を付いて僕を待つ。
 靴を直し、先に立つと「……こちらに」と小さく呟き、家の奥へと歩き出した。
 
 
 僕が通されたのは広い畳の間だった。三方を閉ざす襖と開かれた障子があり、障子の向こうには先程の庭園が窺えた。
 室内に灯りは無く、目の頼りとなるのは煌々と庭に落ちる月明かりだけだった。
 淡い月明かりと波のように続く虫の音と少女の点てた茶の湯の薫り。今、それらが満たす室内で僕は黙ったまま少女を見ていた。
 制服から柔らかい青を基調にした和服に着替えた少女は、美しくもあり儚げでもあった。長い間、僕が口を開かなかった所為かも知れないが、少女は顔を上げ、ぽつりと呟いた。
「あれは……」
 そう言い掛け、僕の視線を避けるように庭へとその顔を向けた。
「あれは、姉が男としているんです」
 顔を庭に向けているので、少女の表情を見る事はできなかったが、「している」と言う言葉が何故か心に突き刺さった。
「姉は……何時も男としているんです」
 少女は繰り返した。
「同じ男と続けてする事もあります。でも、いつもは違う男を家に呼び、……しているんです」
 少女は顔を戻し、視線をさ迷わせながら言葉を切る。虫の音が途切れ『姉』の嬌声が纏わり付くように耳に届くと、少女は再び庭に視線を戻した。
「姉は……男の血が無ければ生きて行けないんでしょう」
 そう言うと、少女は軽く身を引き、静かに立ち上がり、囁くような声で「……失礼します」と残し奥の襖へと消えた。
 
 
 一人残された僕は、庭を見る為に縁側に出ていた。
 銀の盆に似た白砂が月光を反射し、静かに眠る木々に独特な陰影を与えていた。
 空に目を向けると、いつもより大きく見える月がそこにいる。遠くの山を滑るように降りる霞は百鬼夜行を想わせた。
 また虫の音が引き……梟が鳴く。
 微かに耳に届く、『姉』の嬌声は甘く切なく……苦しげでもあった。
 朧のように流れる雲が月を隠し、より深い闇が庭園に落ちる。静寂が優しく僕を包み、時間さえもゆったりとその歩みを休める。
 その時間を呼び覚ますような叫び声が、僕を……僕を包む全てを震わせた。
 突然の事に声の方向は理解出来ず……いや、僕は思考する事さえも忘れ、呆然としていた。
 次に聞こえて来たのは、重い割れたような断末魔だった。最初の叫び声が無ければ、獣の声と聞き違えただろう。
 誰かが何事かを叫んでいる。女性の声なのは確かだが、その内容までは聞き取れない。
 そして、高く切り裂くような悲鳴が夜を再び震わせた。
 ……どれくらいの時間が立ったのだろう。
 僕は呆然と立ち尽くし……雲が月を晴らし、また月を隠すのを感じていた。
 梟が鳴く。虫の音も繰り返される。
 それでも静寂は重く僕の心と身体を強く縛り付けていた。
 あの悲鳴は『姉』と男の物だろう。
 ならば……少女は?
 僕は、あの悲しげな少女の顔を思い出し、ふらふらと歩き出した。
 長い縁側は開かれた障子と共に続いていた。どの部屋もただ畳が敷き詰められているだけで、室内には何も無かった。
 足を進める度に床板が軋む。どの部屋も同じだった。
 何も無い空間に月明かりが落ち、隅に深い影を残しているだけだった。どこまでも部屋は続き、その全てを月は照らしている。
 拒絶するような家鳴りに、僕は歩みを止める。
 そこには、黒い染みを飛ばした障子が閉じられていた。
 
 
 甘い錆びたような匂いが、香の薫りの中に混じっていた。僕は、ゆっくりとその染みに指を重ねる。
 その指を滑らし……静かに障子を開けた。
 夜気と共に月明かりが滑り落ち、生温かい血の匂いが流れ出す。
 最初に目に入ったのは、部屋の隅で崩れ落ちる男の背中だった。深い傷が背中の中央に残されいる。その傷から流れ出した血が体の影と闇に重なり輪郭を溶かしている。
 部屋の中央に乱れた布団が残されていた。
 その前に少女は背中を向けて立っている。
 手にした包丁は血と脂で汚れている。……その手もまた血で汚れていた。
 乱れた布団の枕元に、しどけなく開かれた女の脚が見えたが、その姿は少女の影になって見る事は出来なかった。
 少女は、つぃと振り返り……その手から包丁を落とした。
 感情の欠落した、それでいて悲しげな顔がそこにあった。その表情と、この場の惨劇を重ねて見る事は、僕には出来なかった。
 僕は少女の横に立ち、その力を無くした肩を抱こうとした……が、横たわる『姉』の姿を見た瞬間、僕は何も出来ず、何も考える事が出来なくなっていた。
 投げ出された腕の白さ。虚ろに開かれたままの目と何も映さない瞳。血に濡れた微かに開かれた唇。切なげに寄せられた眉。
 伸びた喉は折れそうなほど細く……その肩もそれに似合う華奢な物だった。
 痩せた胸は淫らな表情と相反し、なだらかな腹部は苦悶の為に捩じれている。その胸と腹部にある無数の傷から流れ出した血は、白い襦袢を赤く染めていた。
 立てた膝とその奥へと続く柔らかな曲線を描く太腿。濃い翳りはしとどに濡れ、秘められた場所の全てを月に晒していた。
 『姉』の死体を前に、僕は腰の奥に粘るような欲情を感じていた。
 少女の指先が僕の喉に触れる。
「姉は……男の血が無ければ生きる事が叶わなかったのです」
 その手が胸元と滑り、肌を愛撫するのを感じても、僕はただ『姉』に魅せられていた。
 少女は僕のシャツの胸を開き、冷たくなった頬を重ねる。
「……あたしも姉と同じなのでしょうか?」
 背に回した少女の手が震えている。
 いや、震えているのは僕だろうか。
「お願い……あたしを見て……」
 そう囁くと、少女は背伸びをして、ゆっくりと震えるその唇を重ねた。
 
 
 肌蹴た着物の上で、少女はその肌を隠すように身動ぎをした。
 押さえ付けられた腰は快楽に震え、引き攣るような足の指が畳を掻く。
 少女は唇を噛み、漏れそうになる声を殺す。
 僕の手を避けるように身体を返し、淫らに腰を上げ、またその肌を隠す。
 貪るように僕の舌を味わい、喉を鳴らし悦びを表す。
 『姉』と男の死体を照らす月の下で、僕らは獣ように交じり合った。
「……あたしを見て……」
 その言葉だけが僕の心を満たしていた。
 行為の後、僕らは手を繋ぎ何も言わず、ただ静かな天井を見ていた。
 波のような虫の音も、夜を走る緩い風も、永遠に落ち続ける月の雫も、虚ろになった魂に届く事は無かった。ただ、今は遠く感じる血の匂いと、闇に溶けるような天井と、重ねた少女の手の暖かさを漠然と感じていた。
 その指をゆっくりと立て、少女の手が離れていく。手の中に夜の冷たさが滑り込んでも、僕は何も言えなかった。
「……もう、帰って下さい」
 少女の囁くような声に感情は無く、情事の後の気だるさも無かった。
 僕は目を閉じ、全てを闇に落とした。途切れがちな衣擦れの音が、何故か悲しかった。
 掌に少女の指先の重さだけが残されいる。
 逃げていく。
 しかし、逃すまいと握り締めれば、それは砕け散るだろう。
 閉じた目の奥に……心の奥に微かな痛みがある。
 それは嫉妬だろうか?それとも、ただ純粋に悲しいだけなのだろうか?だが、僕は何を悲しんでいる?
 何に嫉妬している?
 少女が、初めてではなかったという事実に、胸を痛める理由が彼女を抱いた僕にあるのか。
 この長い夜の中で、繰り返し男に抱かれ、『姉』と同じかどうか知りたがる少女。
 自分だけを見てくれる男を捜し続ける少女。
 小さな家鳴りのような少女の足音を、僕は遠くに感じる。一人残された僕は、ゆっくりと身体を起こし、庭園に目を向ける。
 そこに射るような視線を向ける月がいた。
 淡く浮き上がった木々の長い影が、触手のように古い家に覆い被さるのを感じる。
 それでも、月は開かれた障子の奥を……僕を……死体を……『姉』を照らす。
 少女の顔をした『姉』の死体を……。
 
 
 帰り道、僕等は何も話さず、ゆっくりと距離を置いて歩いた。お互い、肌の触れる距離に相手を置くことが怖かったのだろう。
 振り返ると、少女は遠く月を見ながら立ち止まっていた。
 霞むような銀色の雲と、深い闇に似た影を残し、月は地平線に近く浮かんでいる。
「もう、帰らないと……」
 長い沈黙の後、少女がぽつりと呟いた。それに答える言葉は無かった。
 僕は何も言わず、ただ少女を抱き締めていた。
 この長い……気の遠くなるように長い夜の中に帰る少女を、抱き締める事で癒せるとは思えなかった。それでも、腕の中で人形のように動かない少女が悲しくも愛しかった。
 もし、連れ去る事が出来るなら、少女をこの繰り返される宿業から救えるのだろうか?
 
 
 月が蒼く染める夜、銀色の雲が流れ、波のように虫の音が繰り返される。
 時折、思い出したように梟が鳴き、静寂を取り戻すように風が凪ぐ。
 互いの存在を確かめるように寄り添い、僕等は歩き続ける。
 手の中にある暖かさを逃がさぬように重ねながら。