薄紅
 
 
 都会の片隅の……そう、街とは言えないような片隅のアパートの一室で、私は出勤の準備をしている。
 小さな鏡の前で薄く化粧をし、口紅を引く。
 ティッシュを一枚、軽く唇に当て、母の手紙を思い出していた。
 
 
 新米と一緒に送られて来た手紙。
 今年の二月、無事に就職が決まった事を伝えに帰った私に「もう、一人前なんだから仕送りはしませんよ」そう言った母は、月に一度、宅配便で野菜や生活用品を送って来る。
 いつも感謝しているが、現金を振り込んでくれた方が無駄が無くて助かるのに……そう思ってしまう。
 でも、それをしないのは母なりのけじめだろう。
 
 
 手紙には「あなたが家を出たので、お米の減りが止まり、未だに古いお米を食べています」と書いてあった。
 一人暮しを初めて最初に驚いたのは、母の手紙の私を呼ぶ呼称が「あなた」になっていた事だった。
 その時は、古風な人だなと思っただけだったけれど、私の中に残る甘えを母なりに嗜めていたんだろうと思う。
 あまり、感情を表わさない母だった。
 優しそうに微笑み静かに話す仕草に、安堵と自分では理解出来ない嫉妬を感じていた。
 私は母に憧れていたんだと思う。
 
 
 身支度を済まし、私は薄い霧の中から射し込む陽射しをカーテンで遮った。
 今日の夜、母に電話をしよう。
 手紙を書くという行為そのものに照れがあり、書く気になれなかった。
 また母が達筆な所為もあるだろう。
 ただ気恥ずかしいだけなのかも知れない。
 電話をしても、母はいつものように「あら、元気そうね」とだけ言い、父と変わってしまうのはわかっているけれど。
 私は立ち上がり、もう一度小さな鏡に映った自分の顔を見た。
 そこには、薄く化粧をし、昨日よりほんの少し母に似た自分の顔があった。