霜月の白さに見ゆる秋桜
 まだ見ぬ触れぬ君の肌。
 愛し恋しと鳴き唄う。
 
 
 わが身をなぞる指先が、終の逢瀬を待ち侘びる。
 狂えし想い果てぬと言ふ。
 
 
 いま愛しさを言葉にすれば罪となり。
 想い殺せば嘘となり。
 現の夢と耳を塞げば、この目に映る幽玄の月。 
 
 
 君想い、落ちる雫に爪を噛む。
 ひとり身の恋、いまだ終われじ。


 
 
 まだ青い空の下、ぼんやり浮かぶ、あの月を酒の肴に呑もうじゃないか。
 おいらとあんたの間には、徳利一つと盃一つ。
 
 
 浮世の愚痴でも言いながら、膝突き合わし、呑もうじゃないか。
 湿っぽいのは苦手だが惚れた女の話しもいいねぇ。
 月を浮かした盃を見て愛でながら、呑もうじゃないか。
 おいらとあんたの間には、徳利一つと盃一つ。
 
 
 すすきを揺らすあの風が火照った体を撫ぜて行く。
 ぽつりぽつりと呟きながら、おいらはあんたに酌をする。
 
 
 月に掛かったあの雲に惚れた女を思い出す。
 そらそら呑めと言いながら、あんたはおいらに酌をする。
 
 
 月とすすきと浮世と女。
 徳利一つと盃一つ。
 明日の夢も、昨日の愚痴も酒の肴に呑んじまう。
 あんたとおいらの間には何にも無いから飲み明かそう。

錆びた天使
 
 
 無様に散らばった星が輝いていた。
 空には雲は無かった。
 地平線を包み立つ雲は霞み、その彼方にある淡い光を呑み込んでいた。
 
 
 星は……重なり輪郭を無くした星達は、光の濃淡と化し、ここに星座の意味は無かった。
 風は凪ぎ、静かに天に帰ろうとしていた。
 草原に隠れ住む虫の音は、無秩序に夏の夜を歌い、波のような静寂を伝えてくる。
 
 
 背に当たる岩。
 ここに点在する岩達は雄弁である。 
 昼の太陽の激しさを語り、夜の静寂と厳しさを囁き、生と死の無意味を教えてくれる。
 星と空気に視線を置き、僕は背の痛みに生を感じ、死の使いを待ちながら目を閉じ歌う。
 
 
 白い少女。
 背の翼は鋼鉄の軋み、歯車の関節と鉄線の筋。
 錆びた羽は朽ち果てるように降りそそぐ。
 死は優しく誘う眠りに似ているのか。
 苦痛と懺悔に汚れた魂に安らぐ事を許すのか。
 黒き翼を持つ鳥―終焉を叫ぶ者―が空を舞う。
 
 
 少女の白い手が僕の頬に触れる。
 
 
 恐怖の叫びを殺し、自らの手で口を塞ぐ。
 狂ったように背を反らし、見開いた眼窩を、迫り出す眼球の中を、黒い虫が踊る。
 膨れ上がる腕。痙攣する足。のたうつ腹。奪われるように全てを吐き出す肺。
 毛細血管は破れ、骨格は質量を無くし、脳は白く沸騰し、細胞は砕け散る。
 
 
 唇を重ねた錆びた翼の天使は淫らに笑う。
 
 
 首筋を滑る指先。
 髪を梳き、胸元に顔を埋め、濡れた舌で這い、腹に頬擦り、不思議そうに腰に触れ、手は遊び、口腔の奉仕を楽しむ。
 唇に残る熱さを惜しむ少女は薬指を噛んだ。痛みに繋がれる喜び。
 濡れた音。獣の叫び。
 少女の牙は小さく、僕は空を見ていた。
 
 
 希薄なる意義に生の意味は無く、死を受け入れる理由も無い。
 孤独とは、生と死の狭間にある存在の無意味である。

めぐり逢い
 
 
 いくつもの偶然が重なり、僕等はここにいる。
 愛することが罪ならば、君とめぐり逢うことは無かったはずだ。
 
 
 道はいくつにも別れ、寄り添い、また離れて行く。
 僕はそれを運命と思わない。
 きっと どこかで君と出会っているのだから。
 
 
 君を愛してる今だからわかることがある。
 僕はずっと君を探していた。
 君を愛するために生まれて来たんだ。
 
 
 優しさも悲しみも喜びも怒りさえも全ては君と出会うためだった。
 そして、死を迎えるその日まで僕の命は君の為にある。
 
 
 求めあう事も許しあう事も傷付けあう事も必要ない。
 僕等は愛しあえばいい。
 
 
 君と僕の道は、どこまでも続いているのだから。

狂花
 
 
 桜。
 桜。
 春、マダ早イ。
 桜。
 桜。
 早咲キ桜。
 憑カレタ様ニ狂イ咲キ、淡イ陽ヲ浴ビ、ソノ身ヲ燃ヤス。
 
 
 桜。
 桜。
 春、マダ早イ。
 花凪、草薙ギ、鬼ガ追ウ。
 狂ッタ花ガ鬼ヲ呼ブ。
 
 
 陽の暖かさを知らぬ白い花は、美しくも有り、醜くも有り。
 其れを美しいと言えば……罪か。
 其れを醜いと背ければ……憐れか。
 
 
 コノ道行ケバ鬼ガ出ル。
 アノ道行ケバ鬼ガ来ル。
 
 
 「鬼さんこちら手の鳴る方へ」
 
 
 早咲キ桜ガ鬼ヲ呼ブ。
 草薙ギ鬼ガ君ヲ追ウ。
 狂ッタ僕ガ君ヲ追ウ。
 
 
 嗚呼、君に逢いたい
 
 
 桜。
 桜。
 春、咲ク花ヨ。
 咲ケヌ我ガ身ヲ憐レト笑エ。

言葉
 
 
 言葉。
 私の言葉。
 言葉。
 あなたの言葉。
 凸凹で不格好な言葉。
 凸凹で不格好な心。
 
 
 でも、凸凹だから、あなたの言葉が私の心に綺麗に重なるときがある。
 
 
 神様はそんな小さな奇跡の心と言葉を凸凹に作られたのだろう。